第41話 魔物言語

 

 気づいたらベッドの上だった。


 フェル姉ちゃんが帰ってくるまで起きていようと思ったのに、睡魔には勝てなかったみたい。待ってる間、おかあさんにアンリのゴッドハンドを使ったのがまずかったのかも。あれで体力を使ってしまった可能性が高い。


 それに剣のことはあまり考えられなかった。こんなんじゃいけない。グラヴェおじさんが本格的に鍛冶を開始する前にちゃんと決めておかないと。


 洗面所で顔を洗ってから大部屋へ入る。おじいちゃんが椅子に座ってお茶を飲んでた。おじいちゃんはお茶が好き。毎日飲んでる。苦いからあまり好きじゃないけど、大人になると苦いのが好きになるのかな。


「おじいちゃん、おはよう。フェル姉ちゃんは戻ってきた?」


「おはよう、アンリ。まあ、気になるだろうね。それじゃ朝食を食べながら昨日のことを話してあげよう」


 おじいちゃんの話だと、大きな狼をヤト姉ちゃんが倒したらしい。でも、殺したわけじゃなくてちょっとボコボコにした感じ。それと呪われてたみたいで、それをフェル姉ちゃんが解いてあげたみたい。フェル姉ちゃんもヤト姉ちゃんもすごい。


 でも、その狼はロミット兄ちゃんを襲った狼じゃないとか。昨日の時点ではそこで終わりで、夜は魔物の皆やノスト兄ちゃんが交代で村の見回りをしてくれたみたい。


 アンリが寝ている間に、村の安全を守ってくれたなんて、ちゃんとお礼をしに行かないとダメかも。ちょうど朝食も食べ終わったし、お礼を言いに行こう。


「おじいちゃん、アンリは皆にお礼をしに行く。止めないで」


「止めるよ。ヤトさんが倒した狼以外にも大きな狼はいるかもしれないからまだ危ないんだ。それに勉強の時間だろう? 昨日できなかった分、今日はみっちりやらないとね」


「それじゃ昨日休んだ意味がない。昨日は昨日、今日は今日の精神でお願いします」


 なしくずし脱出作戦は失敗。お礼をしながら一日ぶらぶらするつもりだったのに。


 仕方がないからお勉強をしてからお礼をしに行こう。あ、でも、まだ危ないから、勉強が終わってもお外に出れないのかな? フェル姉ちゃんなら勉強している間に解決してくれるとは思うけど。


「それじゃ今日は宮廷作法について勉強しようか」


「それは大丈夫。こう言えばいいはず。『ひれふすがいい』、あとは扇子で口元を隠して『おほほほほ』って笑えば完璧」


「アンリが全然理解していないことはわかったよ。でも、それは誰から聞いたんだい……いや、一人しかいないか。ディア君にはちゃんと言っておかないとダメだね」


 ディア姉ちゃんから教わった宮廷作法は違うみたい。せっかく練習したのに。


 仕方ない、いつか人界を支配したときに必要になるかもしれないから、本当の宮廷作法を身に着けよう……アンリが人界を支配したら宮廷作法なんて廃止にしちゃおうかな?




「おじいちゃん、本は頭にのせるものじゃないと思うんだけど、本当にこれで宮廷作法を学べるの?」


「昔、メイドさんが姿勢よく歩くのを学ぶには、これが一番いいと言ってたんだけどね」


 頭に本を載せて落とさないように歩けなんて、おじいちゃんは騙されていると思う。まあ、普段の勉強よりも格段に面白いけど。どちらかといえば、この状態で本を落とさないように剣を振り回したい。


『キャー』


 悲鳴?


「おじいちゃん、今、外から悲鳴が聞こえなかった?」


「いや、聞こえなかったが……アンリには聞こえたのかい?」


「うん、女性の悲鳴」


 あ、また聞こえた。


 背伸びして窓の外を見ると、広場に誰かが座っているのが見える。叫ぶのが得意なバンシー姉ちゃんじゃない……というかロミット兄ちゃん? あれ? でも着ている服はスカート?


「おじいちゃん、ロミット兄ちゃんが女性の服を着て広場に座ってる」


「アンリ、おじいちゃんを担ごうったって騙されないよ。大体なんでそんなことに――」


「あ、フェル姉ちゃんとディア姉ちゃんが冒険者ギルドから出てきた……良く分からないけど、ロミット兄ちゃんをギルドへ連れてっちゃった。何をしてるんだろう?」


 おじいちゃんも気になったみたいで窓の外を見てる。もう、だれもいないけど。


「アンリ、本当にそんなことがあったのかい?」


「うん、アンリはしっかり見た。疑うというなら裁判をして。身の潔白を証明する」


「いや、そこまでするつもりは――あれはディア君かな?」


 ディア姉ちゃんが冒険者ギルドから出てきてこっちに向かってきてる。アンリに用事なのかな?


 家の入口からディア姉ちゃんが入ってきた。


「村長、いますか?」


 アンリに用じゃなくておじいちゃんにだった。


「ディア君、どうかしたのかな? アンリが言うにはロミットをギルドへ連れて行ったとのことだが……」


「そうなんです、あ、いや、違うかな? ロミットさんによく似た怪しい奴を捕まえて、ギルドの牢屋に入れたんです。今、フェルちゃんが見ているんですけど、村長にも来てもらっていいですか?」


「ふむ、ロミットによく似た怪しい奴か。分かった。すぐに向かおう。ウォルフ、アーシャ、ちょっと冒険者ギルドへ行ってくるから家を頼む」


 おとうさんとおかあさんが部屋にやってきた。そしておじいちゃんとディア姉ちゃんは冒険者ギルドのほうへ歩いて行っちゃった。


「アンリ、なにかあったの? また誰かが襲われたとか?」


「よくわかんない。ロミット兄ちゃんっぽい人を牢屋に入れてるみたい。なんだか怪しい人なんだって」


「ふうん? 一体何なのかしらね? あら、またディアちゃんが出てきたわ」


 何をしてるのかな? アンリも行きたい。ここは強行突破するべきなのかも。


「あら、ロミットならちゃんといるじゃない。オリエちゃんとディアちゃんに肩を借りながら歩いてきたわよ?」


 本当だ。ロミット兄ちゃんは普通の服を着て歩いてる。おかしいな、悲鳴直後に見た人はロミット兄ちゃんだと思ったんだけど。


 ディア姉ちゃん達はそのまま冒険者ギルドへ入っちゃった。


 これは事件。事件が起きている。アンリも行きたい。何をしているのかこの目で見たい。でも、おとうさんとおかあさんを振り切って外に出るのは無理かも。こうやって窓の外を見ているしかないのかな?


 あれ? 今度は森の妖精亭からノスト兄ちゃんが出てきた?


 でも、扉を開けてから動かなくなっちゃった。


「ノスト兄ちゃんは何をしてるのかな?」


「ノスト兄ちゃん? ああ、リーンから来ている兵士さんね。そうね、宿の入口で棒立ちしているけど、どうしたのかしら? 村の入口のほうを見ているようだけど……」


 窓から村の入口のほうへ視線を向けると――大きな狼がいた。


 全長五メートルくらいで銀色の毛並みをした狼。すごく強そう。もしかしてヤト姉ちゃんが倒したっていう狼なのかな? あんな狼にもヤト姉ちゃんは勝てるんだ。すごい。


「あ、貴方!」


「アーシャ! 杖を持って、いつでも戦えるようにしておけ!」


 もしかして狼が報復に来たってことかな? これはアンリも武器を持っておかないと!


 あれ? でも、ノスト兄ちゃんが宿へ戻ったら、ヤト姉ちゃんが出てきた。ウェイトレス服で。そして狼の前に移動したみたい。


 ヤト姉ちゃんが狼と対峙して村に入れないようにしているのかな?


『何しに来たニャ。勝負はついたはずニャ。それにフェル様に呪いを解いてもらったはずニャ。それでも襲うつもりなのかニャ?』


 窓越しだから声が小さいけど、かろうじて分かる。やっぱり昨日ヤト姉ちゃんが倒した狼なんだ。


『そうではない。呪いが解けたのを確認したので礼を言いに来たのだ。フェルという魔族はこの村にいるのだろう? 呼んでくれないか?』


 どうやら狼は戦いに来たわけじゃないみたい。なら大丈夫かも。


「おとうさん、おかあさん、あの狼はフェル姉ちゃんにお礼を言いに来ただけ。暴れたりしないと思うから大丈夫」


 あれ? なんでアンリを見て不思議そうな顔をしているのかな?


「アンリ、なんでそんなことが分かるの?」


「え? さっき、狼が言ってたよね? 窓越しだから小さい声だったけど、呪いが解けたのを確認したから礼を言いに来たって」


 おとうさんも、おかあさんもさらに不思議そうな顔をしちゃった。


「えっと、貴方?」


 おかあさんが、おとうさんのほうを見る。さっきからどうしたんだろう?


「いや、俺は分からなかった。ヤトさんの声は聞こえたが、狼はうなり声だけだったはずだが……」


「そうよね……? アンリ、貴方、なんで狼の言っていることが分かるの? 本当にそんな風に聞こえたの?」


 あれ? もしかしてアンリはとうとう魔物言語を覚えた?

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