第27話 密航

 

 朝。今日はフェル姉ちゃんがリーンの町へ向かう日。これが最後のチャンスだと思う。ちゃんとアピールしないと。


 急いで朝食を食べて、お出かけ用の服に着替える。いつどんな時に襲われても対処できる服装。そして背中には魔剣七難八苦。アンリの準備は完璧だ。いつでもリーンに行ける。


「……アンリ? どこへ行く気だい?」


「おじいちゃん、アンリは別にどこへも行かない。これは一人言だけど、頼まれたら仕方ない事ってあると思う。アンリは義理と人情を大事にしたい。それを覚えておいて。それじゃ、朝の鍛錬に行ってきます」


 おじいちゃんがため息をついた。


 朝からため息なんて良くないと思うけど、今日はそれに構っている暇はないんだ。今のうちから広場でアンリが役に立つことをアピールしないと。


 朝だからまだ誰もいない。でも、広場なら目立つはず。素振りをしてフェル姉ちゃんにアピールだ。


 森の妖精亭の二階で窓が開いた音が聞こえた。多分、フェル姉ちゃんがアンリを見てる。でも、アンリは知らんぷり。あまりに露骨だとちょっと遠慮されちゃうかもしれないから、普段の訓練だと思わせる。


 ……フェル姉ちゃんから声がかからない。もしかしてアピールが足りなかった?


 ちらっと二階を見ると、窓は開いてるけどフェル姉ちゃんはいなかった。なんてこと。


 でも、まだチャンスはあるはず。最後の最後まであきらめない。


 素振りを再開させたら、スライムちゃん達がやってきた。荷台を広場に運んできたみたい。


「みんな、おはよう。その荷台はどうしたの? 何か運ぶの?」


 ジョゼフィーヌちゃんが地面に文字を書いた。


『おはようございます。これにフェル様が乗るのです。カブトムシが運ぶのですよ』


 そっか。エルフの森からここに来るのにカブトムシさんが運んでくれたんだった。


 ということは、これがリーンの町まで行くんだ。


 ……閃いた。今日のアンリは朝から冴えてる。


 これに乗っていたら、フェル姉ちゃんと一緒にリーンの町まで行けるんじゃないかな?


 たまたま乗っていた荷台にアンリがいただけ。あえていうならそれは不可抗力。そしてフェル姉ちゃんとリーンの町へ行っちゃうのは偶然の産物。今回は誰も巻き込まずにアンリだけが行くから、アンリの代わりに怒られる人もいない。


 もしかしたらフェル姉ちゃんが怒られるかもしれないけど、それは口裏を合わせて、アンリに気付かなかったことにしてもらえばいい。なんて完全犯罪。今日のアンリは一味違う。


『どうされました?』


 ジョゼフィーヌちゃん達がアンリを見て首を傾げた。


「アンリはこれから完全犯罪を実行する。この荷台に乗ったままフェル姉ちゃんについていくつもり。止めても無駄。人生にはやらなくちゃいけない時がある」


『なるほど、密航ですか』


「そう、それ。アンリはまだ前回のほとぼりが冷めていないけど、それはフェル姉ちゃんが悪いと言ってもいい。こんな面白いことを立て続けにやるなんて。アンリの事情も理解して欲しい」


 イベントは月一回くらいでお願いしたい。


『しかし、この荷台では隠れる事が出来ませんね』


「それが問題。アンリはちっちゃいけどこの荷台もちっちゃいからアンリが隠れる場所がない。荷台の下に秘密の空間とかないかな?」


 荷台の下を見たけど、そんなものはなかった。


『でしたらシーツに包まって隠れるのはどうでしょうか? フェル様はともかく、ヴァイアさんは荷物を荷台に乗せるかもしれません。それに紛れる感じで密航しましょう』


「ジョゼフィーヌちゃんは最高の参謀。それでいこう。アンリが荷物のようにシーツに包まっていればバレないはず」


 でも、アンリが隠れられるようなシーツがあるかな? 家に取りに行ってもいいけど、多分、おじいちゃんに捕まる。


 シャルロットちゃんが体内からシーツを取り出した。


『森の妖精亭で洗濯を依頼されたシーツです。これを使いましょう。シーツにはローテーションがありますから一枚くらい大丈夫です』


「ありがとう、シャルロットちゃん。そして、ごめんね。アンリのために悪い事の片棒を担がせちゃうなんて」


『家族ですから』


「うん。スライムちゃん達が悪いことに手を染める時はアンリも手伝うから。でも、本当の悪い事をする時は止めるつもり」


 みんなで頷いた。なんとなくだけど、絆を感じる。アンリはいい家族を持った。


 荷台に足をかけて乗り込む。その後、なぜかジョゼフィーヌちゃんがアンリを荷台にロープで固定させた。


「どうしてロープで固定するの?」


 荷台に文字を書けないから「スラスラ」って言ってるけど、危ないからって言ってる気がする。危ない? なにが危ないんだろう?


 そしてシャルロットちゃんがシーツでアンリを隠してくれた。このまま待てば作戦は成功だ。バレないように静かにしてよう。念のために魔剣は抱えておく。いざという時はこの剣を炸裂させるつもり。


 また、「スラスラ」って聞こえた。多分、「ご武運を」って言ってくれたと思う。うん、頑張ろう。


 スライムちゃん達がずるずると音をだして遠ざかるのが分かる。多分、カブトムシさんを呼びに行ったのかな。できれば、アンリがいることをカブトムシさんにも知っておいて貰いたい。いわゆる共犯。


 周囲がざわついている。そろそろだ。息をひそめないと。こういう時にくしゃみをするのは素人。鼻をつまんで軽く口呼吸するのが正しい。


 フェル姉ちゃんとディア姉ちゃんが近くで話をしているのかな? ギルドカードがどうこうとか聞こえる。


 今度はヴァイア姉ちゃんの声も聞こえた。


「フェルちゃん、お待たせ」


「随分と軽装だな? 売り物あったんじゃないのか? 荷物が全くないみたいだが」


「売り物? それなら収納の魔法を付与した魔道具を複数作って、その亜空間に全部入れてあるよ。その魔道具をさらにこのポシェットの亜空間に入れてあるんだ」


 え? 亜空間に入れてる? 荷物はない?


「ところで、カブトムシさんに連れて行ってもらえるんだよね? あ、この荷台かな?」


「なんだ、このシーツ?」


 フェル姉ちゃんの声が聞こえたと思ったら、ばさっとシーツをめくられた。フェル姉ちゃんと目が合う。フェル姉ちゃんはちょっと頭が痛そう。


「何をしている?」


 いけない。まずは言い訳しないと。大丈夫。アンリはシラを切ることにかけては百戦錬磨。騙しきる。


「不思議。気が付いたらここにいた。転移魔法を使えたのかもしれない」


「嘘をつくなら、もっとましな嘘をつけ」


 落ち着こう。ましな嘘をつけばいいんだ。


「リーンに連れて行って。おじいちゃんが危篤。薬が必要だから買ってくる」


 フェル姉ちゃんの視線が動く。その先にはおじいちゃんがいた。おじいちゃんもお見送りしていたなんて聞いてない。


「ましな嘘をつけば、連れていくという意味で言ったんじゃないぞ。まず、嘘をつくんじゃない」


 それならそうと早く言って欲しい。


「わかった。本当のことを言う。リーンの町に行きたい。連れて行って」


 予定変更。情に訴える。


「駄目だ」


 取り付く島もないとはまさにこの事。でも、ここはアンリの頭をフル回転させて交渉しないと。まだ終わりじゃない。


「どうしたら連れて行ってくれるの? 人質が必要?」


「やめろ」


 フェル姉ちゃんはため息をついた後に、何かを思い出したような顔になった。


 そして手を二回、パンパンと鳴らす。


 いけない。あれはおかあさんを召喚する儀式。おかあさんの前ではアンリは無力。家の方を見たら、おかあさんが扉をあけて外に出て来た。


 そしておかあさんはフェル姉ちゃんの方をみて頷いてから、アンリの方を見た。終わった。アンリの冒険はここで終わり。


 おかあさんはアンリの体を固定していたロープをほどいて抱きかかえた。今日は両手で抱っこじゃなくて、脇に抱えられる感じ。


「アンリ、今回はどういう状況なのか分かっていないから危険かもしれないんだ。行くなら別の機会にしてくれ。代わりにお土産を買ってきてやる。何がいい?」


 やっぱりフェル姉ちゃんは優しいな。アンリのために代案を出してくるなんて。


「ならブロードソードがいい。材質はミスリルかオリハルコン。大きさはこの木剣ぐらい」


 おとうさんにも同じお土産をお願いしているけど、二本あったっていい。二刀流とか最高。


「分かった。買ってくるから大人しくしていろよ」


「約束する」


 これはアンリとフェル姉ちゃんとの約束。なら破る訳にはいかない。アンリはフェル姉ちゃんが帰ってくるまで大人しくしていよう。


 フェル姉ちゃんが準備を始めてから、おかあさんがため息をついた。


「もう、駄目でしょ、アンリ。黙ってフェルさんについていこうとするなんて」


「アンリの冒険心に火が付いた。悪い事だと分かっていても泥を被らなくちゃいけない時がある。それが今だと思った」


「もう思っちゃダメよ。アンリの冒険心は封印ね」


 それは無理と言うもの。でも、危険かもしれないなら止めておこう。


 普通の観光とかだったら大丈夫かな? フェル姉ちゃんの事だから普通の観光でも、たぶん何かに巻き込まれると思うんだけど。


 そんなことを考えていたらジョゼフィーヌちゃん達に連れられてカブトムシさんがやってきた。


 ジョゼフィーヌちゃんと目が合う。作戦は失敗。アイコンタクトで連絡。


 どうやら分かってくれたみたい。一度だけ頷いてくれた。


 そういえば、最初から気になることがある。この荷台にはカブトムシさんが引っ張る紐がない。どうやって運ぶんだろう?


 ジョゼフィーヌちゃんがフェル姉ちゃんとヴァイア姉ちゃんを荷台にロープで括り付ける様に縛った。荷台から落ちないためにやってるんだと思うけど、そんなに揺れるのかな? 以前乗った時はそんなに揺れなかった気がするけど。


 フェル姉ちゃん達も不思議そうにしている。


「えっと、じゃあ、行ってくる」


 不思議そうにしながらもフェル姉ちゃんがそう言った。その言葉に皆もお見送りの言葉をかける。アンリも約束を守る宣言をした。


 ジョゼフィーヌちゃんが合図すると、いきなりカブトムシさんが荷台に覆いかぶさった。


 そして背中が開く。そしてちょっとだけ虹色に輝く綺麗な羽があった。すごい、格好いい。


 ものすごい羽音が聞こえて、カブトムシさんと荷台が飛び上がった。


 あ、カブトムシさんは飛べるとか言っていたかも。そっか、荷台を抱えて飛ぶんだ。


 ブーンって大きな音を立てながら、カブトムシさんは東の方へ飛んで行っちゃった。


 みんなが口を開けてそれを見てる。そして大騒ぎになった。


「相変わらずフェルさんは破天荒だね」


 おじいちゃんが独り言のようにつぶやいた。


「アンリも乗りたかった。あれだけでもものすごい冒険だったのに……残念」


「危ないから乗っちゃダメだよ。さて、いつまでこうしてても仕方ない。さあ、皆、それぞれの仕事に戻りなさい」


 広場に集まっていたみんながゾロゾロと家に戻って行った。


「さあ、アンリ。今日の勉強はみっちりやらないとな」


 おじいちゃんの笑顔からとてつもない威圧を感じる。


「覚悟の上。それに大人しくしているってフェル姉ちゃんと約束した。フェル姉ちゃんが帰ってくるまでいい子にしてる」


「アンリ。それはおとうさんとも約束したわよね?」


「……さらにいい子にする感じ。二倍いい子」


 おじいちゃんにもおかあさんもちょっと苦笑いしてる。うん、今回は未遂だし、お咎めなしかも。


 それじゃ、おとうさんとフェル姉ちゃんが帰ってくるまでしっかりいい子にしてよう。お土産があるならアンリも頑張れる。楽しみ。

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