第13話 知識は力

 

「それじゃ行ってきます」


「遅くならないようにね」


「うん、なるべく早く帰ってくる」


 お母さんに見送られて家を出た。


 今日のアンリは嘘をつく悪い子。でも、あえて泥を被らないといけない時もある。それが今日。エルフの森へフェル姉ちゃんを助けに行く。そして将来、部下になって貰うための布石を打つ。


 ヤト姉ちゃん達にはおいて行かれる事になってるけど、ジョゼフィーヌちゃん達と一緒に後を付ける手はずだ。まずは畑に行って合流しないと。


 村の広場を抜けて畑へ足を踏み入れる。村の皆が畑仕事をしているけど、アンリには気づいていないみたい。今のうちに移動しよう。


 畑にスライムちゃん達がいた。


「おまたせ。もうお昼だけど大丈夫?」


 ジョゼフィーヌちゃんが頷いてから、地面に文字を書き出した。


『はい、問題ありません。シャルロットがヤト様達の後を付けております。それにマンドラゴラとアルラウネ、そしてヒマワリの精鋭を先に送りました。残りは我々と一緒に向かいます』


 仕事が早いって素敵。というよりもアンリが遅かったのかも。これはいけない。アンリは発案者だから大将なのに。


 それじゃ早速戦力を確認しよう。


 マンドラゴラちゃんは、歩くニンジンみたいな容姿でアンリよりも背が低い。でも、叫び声は凄く強いらしい。


 アルラウネちゃんは、アンリよりも大きい歩く花で、開いた花びらの中心に上半身だけが出てる感じ。血が好きとかいうちょっと変わった女の子だ。


 ヒマワリは……歩くヒマワリだ。アンリの知っているヒマワリとはかなり違うけど、見た目は一緒。うねうね動いてる。


 後はジョゼフィーヌちゃんが作ったというカカシのゴーレム。体を構成している材料がちょっと弱そうだけど、ワイルドボアとかを倒せるみたいだから強いのかも。


 そして、フェル姉ちゃんの従魔であるスライムちゃん。直接強さを見ていないけど、夜盗を倒した実績がある。かなり強いはず。


 それにヤト姉ちゃんが先行している。合流できれば、もっと強くなる。


 うん、これならフェル姉ちゃんを助け出せると思う。


「皆、アンリのために――ううん、フェル姉ちゃんのためにありがとう。これからエルフの森へ行ってフェル姉ちゃんを取り戻す」


 皆が力強く頷いた。


「本当はここで大きな声を出して士気を上げたいけど、今日のアンリ達はアウトローみたいなものだからそれはなし。見つかったら村から出してもらえなくなっちゃう」


 それも皆は分かってくれているみたいだ。


「それじゃ、村の皆に見つからないように村を出よう。そーっとね、そーっと」


 ちょっと遠回りになるけど、村を北側に出てそこから西へ向かう。南側の門をくぐったら誰かにバレちゃう。ここは抜け道を使って村の外へ出ないと。


 一気に皆がいなくなるとバレちゃうから、徐々に村を抜け出す。まずはアンリ達だ。


 アンリとジョゼフィーヌちゃん、そしてエリザベートちゃんが村の外に出る。そしてマンドラゴラちゃん、アルラウネちゃん、ヒマワリ、カカシゴーレムの順番だ。


 植物系の皆はまだ動けない子達もいるので、その子達は留守番と言うか、アンリ達が抜け出したのが分からないようにカモフラージュしている。それでもいつかはバレるかもしれないから、出来るだけ遠くへ行かないと。


『アンリ様。私の背中におぶさってください』


 ジョゼフィーヌちゃんがそんなことを地面に書いた。


「いいの? 重くはないと思うけど、色々持ってきてるから見た目よりは重いよ?」


 お母さんに作って貰ったお弁当とか、魔剣七難八苦を持ってる。


『問題ありません。昔はこうやってフェル様を運んだものです。評判は良かったですよ』


「そうなんだ? ならお願いします」


 ジョゼフィーヌちゃんが背中を向けたので、その背中におぶさった。そうすると、ジョゼフィーヌちゃんがちょっと変形してアンリが座りやすいような形になる。


 なんて格好いい。


 昔はドラゴンに跨ったドラゴンライダーという職業があったらしいけど、それよりも格好いい。今日からアンリはスライムライダーを名乗っていいかも。


「前から思ってたけど、ジョゼフィーヌちゃんは最高」


『お褒めに与り恐縮です。落としたりはしませんが、アンリ様もキチンと掴まっていてくださいね』


 地面に書かれた文字を見て、頷いた。


「まかせて。こう見えてアンリはおんぶにうるさい。長時間おんぶしてもらえるように鍛えてる」


 お父さんがもう放してくれって言っても放さないから最近おんぶしてくれない。それくらいアンリはおんぶにうるさい。おんぶマイスターと言っても過言じゃないレベル。


 ジョゼフィーヌちゃんは頷くと、ゆっくり動き出した。


 でも、徐々にスピードが上がる。


 すごい、木の間をスルスルと躱して高速で動いてる。景色がこんなに速く移り変わるなんて初めて。アンリも走ったりするけど、こんなには速くない。


 風になった気持ちでいたら、止まっちゃった。どうしたんだろう?


「どうかしたの?」


 ジョゼフィーヌちゃんの背中から降りると、エリザベートちゃんが地面に文字を書き出した。


『これ以上近づくと、ヤト様の探索魔法に引っかかります。後続もまだ追い付いていませんのでここで少し待ちましょう』


「そうなんだ。バレたら大変だから無理はしないでいこう」


 二人とも頷いてくれた。


 でも、ちょっと暇になっちゃった。なにかお話しよう。


「フェル姉ちゃんやスライムちゃん達の事を教えてもらってもいい? 魔界にいた頃の話を聞きたいんだけど」


 ジョゼフィーヌちゃんはちょっと考えた後に地面に文字を書き出した。


『私達はフェル様が五歳の頃に出会い、そこで従魔契約をしたというのはシャルロットから聞いていますよね?』


「うん、聞いてる。従魔契約して十三年とか言ってた」


『はい、当時私達はとても弱かったのです。なぜあのウロボロスの中で発生できたのか分からないくらいでした』


 弱かった? スライムちゃん達が?


『フェル様と出会った時、私達はワニの魔物に負けて瀕死の状態でした。そして瀕死の私達に言ったのです。「死ぬかもしれないけど、望むなら魔力を付与してあげる」と』


 詳しく聞いてみると、フェル姉ちゃんは魔力付与というスキルを持っているみたい。


 そのスキルで強制的に魔物を進化させる裏技があるとか。ただ、その成功率は低くて下手をしたら死んじゃうみたい。


「そんな危険な事をしたの?」


『魔界は生きるのがとても辛い場所なのです。力が無ければ、死あるのみ。このままでもどうせ死んでしまうなら、生きられる可能性に賭けたいとフェル様にお願いしたのですよ』


「そんなことがあったんだ。でも、今いるってことは進化には成功したんだね?」


『はい、スライムから進化しております。種族名がなんなのか分からないのですけどね』


「そうなの? なんて種族?」


『フェル様に見て貰ったのですが、虫食いになっていて読めないそうです。文字で書くと、「ベ〇ゼ〇ブの卵」ですね』


「種族名なのに卵ってついてるの?」


『はい。なんでついているのかは分かりませんが、エリザベートもシャルロットも同じですよ。「サ〇ンの卵」とか「レ〇ィ〇タ〇の卵」とかです。フェル様が言うには魔力付与で強制的に進化させたから完全には進化できなかったかもしれないとの話ですが』


 魔物って面白い。そういう進化があるんだ。アンリも進化しないかな。アンリが進化したら……勇者かな? 魔王でも可。


 今度はフェル姉ちゃんの事を聞かせてもらおう。


「フェル姉ちゃんはどんな感じだったの?」


『その頃のフェル様は、とても弱かったです』


「フェル姉ちゃんが弱い?」


『はい。あくまでも同じ年代の魔族の中でも、という意味ですが』


 フェル姉ちゃんとは木の棒で戦った。本気は出してなかったと思うけど、それでも強かった。弱いなんて信じられない。


『後から聞いた話ですが、私達に魔力付与をしようとしたのも従魔にするつもりだったらしいですね。その前に私達の方から申し出ましたけど』


 フェル姉ちゃんは魔族の中でも弱いし、魔力も少なくて、魔界では生き残れない程だとスライムちゃん達は思ってたみたい。


 でも、それは間違いだったとか。


『魔族が一人前と認められるには、マッドウルフという魔物を一人で狩る必要があるのです。そのために従魔にする魔物を探していたようですね』


「そうなんだ。だからスライムちゃん達を従魔にして戦おうとしたんだね……あれ、でもそれって一人で倒したことになるの?」


『はい、魔物を従えるのも本人の力ですから、大丈夫です。ですが、私達はほとんど何もしていません。フェル様は一人でマッドウルフを狩ってしまいました。しかも八歳で。魔族の最年少記録保持者です。普通は十二、三歳くらいなのですけどね』


 最年少記録保持者? やっぱりフェル姉ちゃんはすごい。


 あれ、でも変な気がする。


「おかしいよね? フェル姉ちゃんは弱かったんでしょ? それに魔物を狩るために従魔を探していたんじゃないの?」


『はい、それは間違いありません。ですが、フェル様は力ではなく知恵でマッドウルフを狩ってしまいました。簡単に言うと罠を使った狩りなのですが、私達はその準備を手伝っただけです。それと私達はいざという時の護衛でした。フェル様は二重三重に罠を張っており、最後の最後が私達の武力による狩りだったわけです。しかも、私達がマッドウルフを狩れるくらいの強くなるのを待っていたとか』


 武力じゃなくて罠で魔物を狩ったんだ。フェル姉ちゃんは策略家なのかも。


『正直なところ、そんなに早く狩る必要はないのですが、一人前だと認められれば閲覧制限のある本が読めるから、という理由だったらしいですね。後から聞いた時は驚きましたが』


「びっくり。本を読みたいという理由だったなんて。アンリなら考えられない。そういえば、森の妖精亭へ遊びに行こうとしたとき、フェル姉ちゃんは本を読むのが好きだとか聞いた気がする」


『はい、フェル様は本がお好きですね。いわゆる創作物が好みの様ですが、色々な知識を得るための本もお好きですよ。昔はよく食事を忘れて読み漁っていました。今はそんなことないですけどね』


「すごい。アンリには絶対無理。勉強に使う本も捨てたいくらい」


 本を読むのは眠る前だけがいい。ぐっすり寝れる。


『アンリ様は読書や勉強がお嫌いですか?』


「好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いなほう。もっと剣を振る様な修行をしたい。アンリは強くなりたいんだ」


 いつか最強と言われるくらい強くなりたい。


 ジョゼフィーヌちゃんがちょっとだけ笑顔になった。どうしたんだろう?


『フェル様になぜそんなに本を読むのかと聞いたことがあります』


 それは本が好きだからじゃないのかな?


『強くなりたいから、とおっしゃっていました』


「アンリと同じことを思ってたんだ。でも、その頃のフェル姉ちゃんはちょっとおかしい。本を読んでも強くなれない」


『私も最初はそう思いました。ですが、フェル様に言わせれば、知識は力だそうです。自分は魔族の中でも弱い。物理的に強くなるの不可能だろう。でも知識を得れば、いくらでも強くなれる。そうおっしゃっていましたね。そして見事にマッドウルフを一人で狩ってみせたのです』


「知識は力……フェル姉ちゃんはそんなことを言ったんだ? でも、フェル姉ちゃんは物理的にも強いよね? 修行したんじゃないの?」


『説明が難しいのですが、修行とは関係なく強くなってしまったのです。私達はそれを嬉しいと思う反面、なぜこんなことになったのかといつも思います』


 どういう意味かは分からないけど、スライムちゃん達にとってはあまりいい事じゃないのかな?


 そのことについて聞こうかと思ったら、急にジョゼフィーヌちゃんが東の方を見た。


 視線の先にある木の間からマンドラゴラちゃんやアルラウネちゃんが出て来る。どうやら揃ったみたい。


『追いついたようですね。それにヤト様も随分と先に進んだようです。そろそろ出発しましょう』


「うん、それじゃ出発!」


 フェル姉ちゃんの事が聞けて面白かった。フェル姉ちゃんを助け出したらまた聞いてみよう。


 でも、知識は力って言葉。


 アンリもちゃんと勉強したら強くなれるのかな?


 それは後で考えよう。今はフェル姉ちゃんを助け出すことを考えないと。


 よーし、気合を入れていこう!

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