第8話 ボス

 

 朝食の後、今日はどうやって勉強しないで済むかを考えていたらお客さんが来た。


 ロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんだ。二人ともすごく笑顔だけど、何かいいことがあったのかな?


「おはよう、アンリちゃん。村長はいるかな?」


「おはよう。うん、おじいちゃんなら書斎にいると思うから呼んでくる。そこはお客様用の椅子だから座って待ってて」


 部屋を出て、おじいちゃんの部屋の前に行き、扉をノックする。


「おじいちゃん、ロミット兄ちゃんと、オリエ姉ちゃんが一緒に来てるよ。なにかお話があるみたい。多分、いい話」


 部屋からおじいちゃんが出てきた。


「そうなのかい? ならちょっと話を聞いてこようか。アンリは勉強の用意をしておきなさい」


 しまった。勉強をしないで済むように考えてたのに、考えがまとまってない。おじいちゃんの部屋へ来るのは時期尚早だった。ロミット兄ちゃんたちはグルなのかも。


 仕方ない。なにも思いつかないから大人しく勉強しよう。早く終わらせて遊ぶ時間を増やすんだ。


 部屋に戻って色々準備。今日は算術がある日だ。計算ができないと買い物するときに大変とか聞いたけど本当かな。ヴァイア姉ちゃんにお金を渡すとちゃんと商品を売ってくれるけど。


 とりあえず準備は終わった。おじいちゃん達のお話も終わったかな?


 部屋に行くと、おじいちゃんしかいなかった。


「おじいちゃん、もうお話は終わった?」


「終わったよ。それじゃ、勉強を始めようか」


「ちょっと待って。何のお話だったの? ロミット兄ちゃんたちは、眩しいくらいの笑顔だった。多分、いい話だからアンリも知りたい」


「そうだね。二人は結婚するようだ。その報告に来たんだよ」


 結婚? 夫婦になるあれだ。お父さんとお母さんみたいな。


「それじゃ結婚式をやるの? 料理食べ放題?」


「はは、そうだね。そうだ、アンリもその日は花びらを撒く仕事があるからね」


 アンリは花の妖精にクラスチェンジして精霊様の前まで花嫁さんと花婿さんを先導する役目がある。やれやれ、アンリは暇じゃないけど、それくらいはやってあげないと。


「うん、分かった。アンリの愛くるしさに本物の妖精もタジタジになるくらい頑張る。当日はフェアリーアンリって呼んで」


 大事な時にしか着ないお気に入りの服を着よう。妖精王になるのも悪くない。


 そういえば、結婚すると赤ちゃんが生まれるって聞いたことがある。以前、村の人に聞いたら赤ちゃんはキャベツから生まれるとか聞いた。多分、アンリはトウモロコシから生まれたと思う。


 ピーマンから生まれた赤ちゃんなら仲良くできない。今度畑を確認しておこう。今日にでも行こうかな。


「そうそう、フェルさんも参加するからね。今度の結婚式は色々と楽しそうだよ」


「そうなんだ? でも、ロミット兄ちゃん達が来たのはさっきだよ? なんでフェル姉ちゃんが参加することは決まってるの? フェル姉ちゃんも結婚するってこと?」


「ついさっき来たんだよ。ちょうどロミット達と入れ違いでね。結婚式へ参加をお願いしたら、何においても参加すると言っていたからね」


 フェル姉ちゃんが来た?


「おじいちゃん、フェル姉ちゃんが来たのにアンリを呼ばなかったの? アンリはグレていいと言うこと?」


「そこまで気が回らなかったよ。フェルさんは仕事を探しに来ていてね、遊びどころじゃなさそうだったし」


「お仕事を探しに来てた? ウェイトレスの仕事をしていたんじゃないの?」


「ああ、それがね、どうやらクビになってしまったようだ。新しい仕事を探しているみたいだよ」


 クビ。お仕事が無くなることだ。ディア姉ちゃんはクビにならないとか豪語してたけど、本当かな? でも、それならチャンスかも。仕事がないなら、アンリと遊ぶ時間が増えると言うことだ。


「アンリは用事ができた。勉強している暇はない。出かけてきます」


「待ちなさい、アンリ。そうはいかないよ。さあ、勉強を始めよう。終わってから遊んでもらいなさい」


 ダメだった。アンリは捕らわれの身。またフェル姉ちゃんが来てくれないかな。




 勉強中に外から扉を叩く音が聞こえた。誰だろう? フェル姉ちゃんかな?


 でも、扉を叩くだけで入って来ない。村の人なら入ってくるんだけど。


 おじいちゃんが扉に近寄って開けると、赤いスライムちゃんがいた。エリザベートちゃんだ。


「エリザベートちゃん、こんにちは。どうしたの? アンリに用事? 遊びに来た? アンリはいつだって遊ぶ準備はできてるよ」


「エリザべートちゃん? アンリ、何で名前を知ってるんだい? このスライムはフェルさんの従魔だったと思うんだが……?」


 ジュウマってなんだろう? あ、木でできた看板をこちらに見せるように出してきた。


『ゴミを分解しマス 十キロ毎に大銅貨一枚 分別不要』


「もしかしてお金を払うと、いらない物を分解してくれるの?」


 エリザベートちゃんは笑顔になって頷いた。


 すごい。スライムだからそういうことができるんだ。これはお願いしないと。大銅貨一枚は大金だから、分割払いにしてもらおう。


「それじゃ、これの分解をお願いします。分割払いでもいい?」


「アンリ、それは勉強道具だから分解しちゃダメだよ」


 ダメだった。アンリとしてはこれはいらない物なんだけど。


「えっと、エリザベートちゃん、だったかな? 今のところゴミはないんだけど、それはいつでも引き受けてくれるのかな?」


 エリザベートちゃんは、コクンと頷いた。


「ふむ、結構便利そうだ。村の皆にも伝えておくよ。また今度来ておくれ」


 おじいちゃんがそう言うと、エリザベートちゃんは笑顔でお辞儀してから、外に出ていっちゃった。他の家も回るのかな。


「フェルさんはなかなか面白いことをするね」


「そうなの?」


「魔物を使って仕事をするのは人族でも良くやるんだよ。魔物使いという職業があってね、人族の代わりに仕事をしてもらうんだ。スレイプニルの馬車とか知っているだろう? あのような感じだね」


 スレイプニル。確か足が八本もあるお馬さんだ。多分、蜘蛛の親戚。すごく速いし、疲れないとか聞いたことがある。スレイプニルに馬車を引かせるのは魔物使いって人がやってるんだ。


「もしかしてフェル姉ちゃんも魔物使いなの?」


「どうだろう。魔族は魔物と意思疎通ができるし、従魔契約と言うものができるらしい。魔族なら魔物を従えるのは誰にでもできるのかもしれないね」


 またジュウマだ。ジュウマ契約?


「おじいちゃん、ジュウマってなに?」


「魔族が魔物を従える時に使う魔法があってね。その魔法で契約を結んだ魔物を従魔って呼ぶんだよ。字で書くとこうだね」


 おじいちゃんが紙に字を書いてくれた。従魔。魔って字が難しいけど格好いい。


「フェル姉ちゃんはスライムちゃん達と従魔契約を結んでいるの?」


「聞いたことはないが、そうだろうね。さあ、勉強を再開しようか。次は掛け算をしよう」


 アンリも従魔が欲しいな。アンリの代わりに勉強してもらう。これはナイスアイディア。あとでフェル姉ちゃんに従魔契約の魔法を教えてもらおう。




 勉強が終わった。アンリは自由の身。気持ちだけなら空を飛べる気がする。


「アンリはお出かけしてくる。お夕飯までには帰ってくるから安心して」


「気を付けてな」


 おじいちゃんに見送られながら外に出た。今日はまだ明るい方。まずはフェル姉ちゃんを見つけないと。こういう時は酒場で情報収集が基本。森の妖精亭へ行こう。


 宿の入り口付近にシャルロットちゃんがいた。エリザベートちゃんと同じように看板を持ってる。何をしているんだろう。


「こんにちは。何してるの?」


 看板にはこう書かれていた。


『洗濯、承りマス 一回 大銅貨一枚』


「お洗濯屋さん?」


 シャルロットちゃんが笑顔で頷いた。そういえば、昨日もお洗濯をしていた。


 お洗濯は川まで行かないとできないから大変。生活魔法で汚れを落とす泡は作れるけど、それだけじゃ綺麗にならないとかお母さんが言ってた。アンリもたまに川の水でゴシゴシするのを手伝ってる。


 シャルロットちゃんがそれをやってくれるんだ。いいお仕事かも。お母さんに教えてあげよう。


 あ、そうだ。ちょっと確認しないと。


「シャルロットちゃん達はフェル姉ちゃんの従魔なの?」


『はい、その通りです。もう契約して十三年くらいでしょうか』


「そんなに長い期間従魔契約をしているんだ?」


『そうですね、フェル様が五歳の頃からです』


 五歳。アンリと同じだ。ならアンリも魔物と従魔契約を結ばないと。フェル姉ちゃんに後れを取る訳にはいかない。


「ありがとう、参考になった。ところでフェル姉ちゃんがどこに行ったか知らない? 森の妖精亭にいる?」


『いらっしゃいます。今は自室で本を読まれているようです』


「本を読んでるんだ?」


 アンリもたまに本を読む。「人体の急所」とか。フェル姉ちゃんはどんな本を読むのかな。部屋に突撃してこよう。


「それじゃ、フェル姉ちゃんの部屋に行ってくる」


『アンリ様』


 森の妖精亭に入ろうとしたら、シャルロットちゃんに止められた。なんだろう、アンリに用事があるのかな?


『フェル様は本を読むのが趣味なのです。申し訳ないのですが、邪魔しないようにして貰えますか?』


 フェル姉ちゃんは本を読むのが趣味なんだ。アンリの趣味は修行。確かに修行を邪魔されたら怒るかもしれない。勢い余って紫電一閃が炸裂するかも。


 フェル姉ちゃんとは遊びたいけど、今日は我慢しようかな。遊ぶのは明日に繰り越し。今日、掛け算を習った。明日になると遊ぶ時間が倍になる計算。


「うん、分かった。趣味の時間を邪魔しちゃいけない」


 そう言うと、シャルロットちゃんは笑顔でお礼してくれた。


 でも、それならどうしよう。まだお夕飯まで時間がある。ここで家に帰ったら勉強させられちゃうかも。


 そうだ。畑に行こう。キャベツ畑に赤ちゃんがいるかもしれない。まだ、ロミット兄ちゃん達は結婚してないけど、前兆があるかも。


「それじゃ、アンリは別の場所に行く。またね」


 シャルロットちゃんが手を振ってくれた。アンリもそれに手を振った。


 次は畑だ。




 久しぶりに畑に来たけど、色々と変わったみたい。カカシが動いてる。急激な変化についていけない。アンリは時代に取り残されたのかも。


「おう、アンリちゃん、どうしたんだい?」


 ベインおじさんだ。首にかけているタオルで顔を拭きながらこっちに歩いてきた。ちょうど畑仕事が終わったのかな。


「うん、ロミット兄ちゃんとオリエ姉ちゃんが結婚するって聞いたから、ちょっと畑を見に来た」


「マジか! そっか、あの二人結婚するのかぁ。独身同盟から離脱するときは酒を奢るって決まりがあったな。よし、今日はアイツの奢りだ」


 よく分からないけど、ロミット兄ちゃんはベインおじさんにお酒を奢るみたい。お酒って美味しいのかな。アンリも大きくなったら飲んでみよう。


「あれ? でもアンリちゃん。ロミット達が結婚するからって、なんで畑に来たんだい?」


「うん、結婚すると赤ちゃんが生まれるから、キャベツ畑にその前兆があるかなと思って。ちなみにアンリはトウモロコシから生まれたと思うんだけど、合ってる?」


「お、おう。そ、それは、おじさんも知らないかな……。あと、キャベツ畑には変化ないよ、うん」


 残念、キャベツ畑に赤ちゃんはいないみたい。アンリのことは個人情報だからベインおじさんも知らないのかも。おじいちゃんに聞けば教えてくれるかな。


 あれ? 遠くだけど、畑にジョゼフィーヌちゃんがいる。踊ってるけど何をしているんだろう?


「ベインおじさん、ジョゼフィーヌちゃんは何してるの? 畑仕事のお手伝い?」


「ジョゼフィーヌちゃんって誰だい?」


「あそこにいるスライムちゃん」


 ちょっと遠くにいるジョゼフィーヌちゃんを指した。


「ああ、あそこはフェルに貸した畑だよ。あそこでなにか育てているみたいだね。なんかこう、形容しがたい物が蠢いているけど、まあ、大丈夫だと思うよ」


 なんだかうねうね動いてる。結構活発的。面白そう。ちょっと見てこよう。


 踊っているジョゼフィーヌちゃんに近づいた。


「ジョゼフィーヌちゃん、こんにちは」


 ジョゼフィーヌちゃんは踊りを止めて、地面に字を書きだした。


『こんにちは、アンリ様』


「そう言えば、シャルロットちゃんもアンリ様って言ってた。アンリでいいよ?」


『フェル様から一本取ってますので、アンリ様には敬意を払っております』


 敬意を払う? アンリに対して敬意を払う必要はないんだけど。どちらかというとお友達になってほしい。


 そうだ、ここは策略を使おう。堀を埋めるってヤツだ。


「アンリの事はボスと呼んで」


 ジョゼフィーヌちゃんは首をかしげちゃった。ちゃんと説明しないとダメかもしれない。


「アンリはいつかフェル姉ちゃんを部下にする。フェル姉ちゃんの従魔であるスライムちゃん達も私の部下ということ。だからアンリはボス」


 完璧な理論。


『フェル様以外の方に仕えると言うのは抵抗があります』


「大丈夫。そもそもフェル姉ちゃんは敬意を払うなって言ってたんでしょ? ならフェル姉ちゃん以外に仕えるのは敬意を払わない行為。何の問題もない」


『そうかもしれませんね』


「そして、いつかアンリがフェル姉ちゃんのボスになったら、ジョゼフィーヌちゃん達がフェル姉ちゃんに敬意を払っていいように命令する」


 ジョゼフィーヌちゃんが目を見開いて止まっちゃった。大丈夫かな?


「フェル姉ちゃんに忠誠を誓って仕えたいんでしょ? ならアンリがそれをフェル姉ちゃんに命令してあげる。スライムちゃん達に敬意を払ってもらうようにしろって」


『なるほど。それは面白いですね』


「うん。だからフェル姉ちゃんがアンリの部下になる様に協力して」


 腕を組んで考えこんじゃった。ダメかな? いい案だと思ったんだけど。


『一つ聞かせてください。アンリ様は私達魔物が怖くないのですか?』


 怖い? そんな風に思ったことは全くない。


「怖くないよ。フェル姉ちゃんの部下だから全然平気。それに――」


 これはおじいちゃんが言ってた言葉。アンリもそう思う。


「ジョゼフィーヌちゃん達はフェル姉ちゃんと同じように村に住んでるんでしょ? なら、ジョゼフィーヌちゃん達は同じ村に住む家族。家族は怖くない」


 どうしたんだろう? まったく動かなくなっちゃった。


「大丈夫? 心臓止まっちゃった? 背中さする? アンリの手はゴッドハンドって言われてるから安心だよ?」


 そう言うと、震える手で地面に文字を書きだした。よかった、大丈夫みたいだ。


『ボス、これからよろしくお願いします。エリザベートとシャルロットにも協力させますので、フェル様がボスの部下になるように頑張りましょう』


「うん、よろしくね」


 ジョゼフィーヌちゃんと硬い握手をした。ちょっとぬるぬるしてたけど硬い握手。気持ちは一つだ。


 アンリはフェル姉ちゃんを部下にする。スライムちゃん達はそれを手伝ってくれる。フェル姉ちゃんが部下になったら、スライムちゃん達にフェル姉ちゃんに忠誠を誓わせる。


 うん、みんな幸せだ。


 今日はもう夕飯の時間。明日からフェル姉ちゃんを部下にする方法を皆で考えよう。


「それじゃ今日はもう帰るね。アンリは勉強があるから中々来れないけど、いざとなったら抜け出してくるから」


『はい、お待ちしています』


「うん、それじゃ、バイバイ」


 手を振ったら、手を振り返してくれた。さあ、家に帰ろう。




「おかえり」


「ただいま」


 おじいちゃんが家の外で出迎えてくれた。アンリを心配して待っていてくれたのかも。遅くなっちゃったかな。でもそれだけの成果を得た。


「どこで遊んできたんだい?」


「畑の方でジョゼフィーヌちゃんと交渉してた。交渉は成功。アンリがボスになった」


「ははは、そうか。そう言う遊びなんだね。さあ、家に入ろう。お昼と同じように夕飯もカレーらしいぞ?」


「遊びじゃない。本気。でも、まずはカレーを食べる。ジャガイモ多めで」


 フェル姉ちゃんを部下にするために考えなきゃいけないけど、まずはカレーだ。


 いっぱい食べてから作戦を練ろうっと。

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