第48話 今日は四人で。

 戴冠式の前日。明日は泰樹たいきを『地球』に返す儀式の日でもある。

 着替えもすんで、泰樹はベッドに入ろうとした。

 コツコツと扉を遠慮えんりよがちにノックする音がする。


「ん? 開いてるぜー?」


 泰樹がドアを開けると、そこに立っていたのは寝間着姿のシーモスだった。


「シーモス、何か用か?」

「タイキ様、明日の今頃は『儀式』のお時間です。貴方は『地球』にお帰りになる……その前にもっと、もっと貴方と仲良く……」

「具体的に言うと?」

「既成事実とか作ってしまいましょうかと」

「帰れ」


 泰樹は速攻で、部屋の扉を指さす。


「最後の夜なのですよ! ちょっとくらいよろしいではありませんか!」

「ちょっともたっぷりも、良いわけあるか! 帰れ!」

「せめてキスだけでも!」

「いやだ! 帰れ!」


 かたくなに断り続ける泰樹に、シーモスはため息をついた。


「……解りました。仕方がございませんね。この上は魔法で……」

「させるかぁー!」

「むぐっ!」


 魔法には呪文が必要なことを、泰樹はこの『島』での生活で知っている。とっさにシーモスの口を右手でふさぐ。シーモスが、切なげな表情で目をつぶった。ちろりと手のひらをなめられて、泰樹は慌てて手を離す。


「ぬあーっ! 手ぇなめるなよぉー! 気色わりぃ!」

「ふふふ。もっと別の場所を舐めて差し上げても……おや?」

「タイキ、起きてる?」


 きちんと閉じていなかった扉の隙間から、ひょいとイリスが顔を出した。彼は寝間着姿で、大きな枕を抱えていた。


「イリス! どうした?」

「うん。あのね、今日は最後の夜、でしょ? だからね、タイキと一緒に寝たいな、って思って。ダメかな?」

「そっか。……いいぜ、イリス! こっちこいよ」


 イリスの申し出に、泰樹は即答する。シーモスは自分を指さして、心なしかしょんぼりとした。


「え、あ、わたくしは? 先着でしたのに?」

「アンタは帰れ」

「そんな……ひどい……っ」


 シーモスは大げさに、泣き真似しつつ身をすくめてみせる。それを見てイリスが悲しげに眉を寄せた。


「ねえ、タイキ。シーモスも一緒じゃ、だめ? なんだか仲間はずれみたいだし……」

「うーん」


 流石にイリスが一緒なら、シーモスもおかしなコトはしてこないか。しぶしぶ泰樹はうなずいた。


「……じゃ、じゃあ、アンタもいいよ……」

「有り難うございます。誠心誠意ご奉仕いたしますね?」

「何を?!」

「……おい」


 不意に戸口から声がした。三人が振り向くと、次に姿を現したのはアルダーだった。


「イリスはいるか? 部屋に行ったらいなかったから、ここかと思ってな。明日の警備のことで話がある」


 流石に、アルダーは寝間着姿ではなかった。泰樹はほっと胸をなで下ろす。


「……まさかアンタまで『一緒に寝よう』とか言ってくるのかと思って、あせったぜ」

「……? いいのか?」


 アルダーは背後から、そっと枕を取り出した。


「……」

「……あ、いや、そのっ……イリスに伝達事項があるのは本当、で……そ、その、ついでに、聞いてみよう、かと……」


 うつむいていくアルダーの声が、次第に小さくなる。泰樹は観念して、ふっと笑みを浮かべた。




「……流石に4人も一緒だと狭いな」


 真ん中に泰樹を囲んで、右にイリスと着替えてきたアルダー、左にシーモス。客間のベッドは大きいが流石に大人サイズ4人は狭い。


「俺が、魔獣になろうか? そうすれば少しは空間が空くだろう」


 アルダーの申し出に、泰樹は首を振った。


「んー。良いよ。アンタ、魔獣になるのそんなに好きじゃないだろ?」

「……ああ。そうだ。有り難う、タイキ」


 ホッとしたように、アルダーが笑う。イリスがぎゅっと泰樹に抱きついて、「ありがとね!」と二の腕に顔を埋めた。


「ん? なんでイリスがありがとなんだ?」


 空いた手で、イリスの頭を撫でてやる。イリスは嬉しそうに、表情を崩した。


「だって、タイキはアルダーくんのことちゃんと見てくれてるでしょ? それがすごく、嬉しいんだ! だから、ありがと!」

「なるほど、そっか。それなら俺も、ありがとな! いろんなコトあったけどさ、アンタたちがいてくれて、アンタたちと出会えてホントに良かったぜ!」


 それが泰樹の本心だ。だから、素直に感謝の言葉を伝えられる。それが、嬉しかった。


「……タイキ……明日になったら、タイキは、帰っちゃうんだね……」


 ぎゅっとしがみついてくる、イリスの手にわずかに力がこもる。イリスが本気を出したら、泰樹の腕など簡単に折れてしまう。加減してくれている。こんな時でも、イリスは優しい。


「ああ、ごめんな、イリス」

「ううん。タイキは帰らなくちゃ。大好きな人たちが待ってるんでしょ? ……でも、ホントはさびしいよ……タイキとお別れするの」

「私も、でございます……とうとう直接『献血』していただけませんでしたし……」

「……お前がいなくなると……寂しくなるな……」


 イリスとシーモスとアルダーの三人は、それぞれに寂しげな表情を浮かべる。泰樹は一人ずつ、くしゃりと頭を撫でてやった。

 イリスは泣き出しそうな顔に笑顔を浮かべ、シーモスは驚いたように眼を見開き、アルダーは唇を噛んでから微笑んだ。


「……俺さ、あっちに帰っても、アンタたちのコト忘れない。絶対、忘れないから」




 夜が更けていく。残り時間はどんどん短くなっていく。とうとう語りたいことがすべて無くなって、4人の間に沈黙が降ってくる。


「……明日も早いから、さ。もう、寝るか」


 口火を切ったのは、泰樹で。泣き出しそうな顔で、イリスが「うん」とうなずく。


「明日は、戴冠式でございますし、ね」


 ぽつりとつぶやいたシーモスに、アルダーが「ああ、そうだな」と応じる。


「……おやすみ」


 そう、つぶやいたのは誰だったのか。4人は眼を閉じて、口をつぐんだ。残り少ない時の余韻をかみしめるように。

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