第30話 助けてくれ!誰でも良いから!

 隣町にたどり着いた。通信魔具のある町役場の扉は、当然のように閉まっている。泰樹たいきが必死に叩くと、当直の役人が欠伸あくびをしながら扉を開けた。


「こんな夜更けに、何のご用です?」

「通信魔具貸してくれ! 人の命がかかってる!!」

「え?!」


 慌てる役人を後目しりめに、アルダーを役場の中に運びこむ。大丈夫、まだ息はある。アルダーは、生きている。

 泰樹は、早速、通信魔具の前に立った。


「どこにつなぎましょうか?」

「『慈愛公』の屋敷に!」


 通信魔具は、丸い水晶玉のようなモノだった。

 それに向かって役人が「『慈愛公』のお屋敷!」と命令すると、魔具がキラキラと青く美しい光を放つ。


『はい。こちらは『慈愛公』のお屋敷です』


 どうやら使用人らしい、女の声がする。通信魔具では、残念ながら姿は見えないらしい。声だけが聞こえる。


「俺だ! 泰樹だよ! 上森かみもり泰樹!!」

『タイキ様?!』

『タイキ!』


 聞き慣れた、ぬめらかな声とどこか幼い柔らかな声。慌てているが、それは確かに。


「シーモス!! イリス!!」

『良かった! タイキ様、ご無事ですか?! アルダー様とご一緒ですね?』

「ああ! 俺は無事だ! でも、アルダーが……!」

『アルダーくんが?!』

「何とかしてくれ! シーモス!! アルダーを助けてくれ!!」


 魔具に向かって、泰樹は叫ぶ。魔法でもなんでもいい。この命の恩人を、助けてくれ!!


『落ち着いてお聞き下さい。そちらに『転移陣』はありますか? タイキ様』

「なあ、ここに『転移陣』ってのはあるか?!」


 役人にたずねると、彼は役所の床に書かれた丸い文様を指さした。


「あります!」

『解りました。ではその場所の名前を……』


 役人が町の名前を告げる。次の瞬間に。文様が光り出す。

 光の粒が、文様からふわりふわりと浮き上がった。光の粒は寄り集まって、次第に像を結ぶ。長い銀の髪、褐色のはだ。金縁の眼鏡に、華奢きやしやな身体。そこに現れたのは、確かに魔人・シーモスだった。




「……アルダー様は?! どちらに?!」


 開口一番、シーモスはアルダーの安否をたずねる。


「こっちだ!!」


 床に寝かせて置いたアルダーの顔は、青色を通り越して、白い。

 シーモスはそのかたわらにひざまずいて、アルダーの傷口に手を当てた。


「『智恵の王、癒やし手の女王、全ての水の王。人の母、土くれの女王、肉の守り手。鉤爪かぎつめの王、牙の王、皮革ひかくの織り手。肉を繋ぎ、皮を繋ぎ、失った力の全てをこの者に!』」


 うたうように。シーモスが呪文を唱える。その手のひらが淡く光り出す。すっかり虫の息だったアルダーの呼吸が、力強さを取り戻した。

 おそるおそる、傷口を覆っていた布を外して見る。無残に開いていた傷口はすでにうっすらと跡を残すのみ。

 アルダーは、今は静かに眠っている。


「……助かっ、た……?」


 へなへなと、泰樹は床にへたり込んだ。


「はい。アルダー様はこれで大丈夫、でございます。危ないところでございましたが」

「ありがとよ……シーモス」

「一体、何が起こっていたのでございますか? タイキ様」

「それは、ちょっと長くなる、から。はーっ! 今はちょっと、休憩……」


 安心で、張り詰めていた緊張の糸が切れる。泰樹はそのまま床に倒れこんで、目を閉じた。




 気が付いたら、ベッドに寝かされていた。見慣れた天井。ああ。ここはイリスの、屋敷。


「……気が付かれましたか?」

「目が覚めた?」

「……っ……アルダーは?!」


 枕元には見慣れた顔。シーモスとイリスが、心配そうな顔をして並んで座っていた。

 その後に、黒い魔獣が一匹。


「……夜が、開けちまったんだな……アンタが無事で、本当に良かった……」


 ベッドに近寄ってきたアルダーを、泰樹はそっと撫でた。


「ああ。もうすっかり朝も過ぎて、夕方だ。お前は一日以上眠っていた」


 アルダーの低く優しい声が。はっきりと耳に聞こえる。


「?!」


 驚く泰樹に向かって、魔獣が歯をむき出す。それが、笑っているのだと、泰樹にも理解できた。

 泰樹の目の前で、魔獣が姿を変える。体毛と尖った耳と尻尾は引っ込み、四つの脚は二つの腕と脚に変わった。魔獣が、立ち上がる。そこには、濃紺を基調にした服を着たアルダーが、いた。

 真っ黒だった前髪の一房が、白っぽい遊色に変わっている。どうして、魔の者の印がアルダーに?

 前は確かに無かったはずだ。泰樹は呆然と、微笑む元魔獣を見上げた。


「お前を驚かそうとイリスが言った物だから……」

「えへへー! 聞いて驚いてね! アルダーくんはね、魔人になったんだよ!」


イリスが嬉しそうに笑っている。その横でシーモスも柔らかく微笑んでいた。


「アルダー様は『呪い』に長くさらされておいででした。ゆっくりと『魔』に浸食しんしよくされていたところに、私の治癒魔法がダメ押しした、と言う事のようです。こうして魔人になられて、『呪い』は魔獣に変われると言う『能力』に変わりました」

「なる、ほど?」


 良く解らないが、アルダーの命が助かって本当に良かった。それに、アルダーは何か吹っ切れたような、さっぱりした顔をしている。それが、泰樹には一番嬉しかった。

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