第23話 どう言うことだ!?

 晩餐会の当日。泰樹たいきは新しい服に袖を通し、また認識を阻害するとかいう香水を吹いた。黒い小びんをポケットに突っ込んで、用意は完璧。

 ──よし。今日も男前ー!

 そんな軽口を心中で叩きながら、泰樹は頬を叩いて気合いを入れた。

 これを乗り切れば、しばらくはのんびり元の世界に戻るための方法を探すことが出来る。泰樹は、晩餐会ばんさんかいの会場になる広間へと向かった。




 晩餐会の会場には、すでに大勢の魔の者たちが集まっていた。

 泰樹はその間をどうにか通り抜けて、イリスの隣に立つ。


「ほほう。そちらが『ソトビト』のタイキ、ですな。今夜のメニューを考えたと言う」

「うん。今日のお料理はタイキが思い出した、タイキの故郷のお料理だよ!」


 イリスと客がやりとりする横で、泰樹はただ曖昧に笑って突っ立ている。

 もう何人目か数えるのも億劫になった客が、イリスに挨拶をし、泰樹はその隣で軽く会釈をする。

 たったの一、二週間で、泰樹の言葉遣いを矯正きようせいする事は難しい。それで、今日直接魔の者たちと会話をするのは、やめておいた方が良いという結論になった。

 シーモスみたいな調子で、話せば良いのでは無いか?と思ったのだが、それはそれで難しそうだ。

 シーモス。一昨日からあまり姿を見ていない。今回の晩餐会では裏方に徹していて、ずいぶん忙しくしているようだった。




 挨拶する客が途絶えたようだ。ぼーっと考え込んでいた泰樹の顔を、イリスがのぞき込む。


「お腹空いたの? ご飯、食べに行く?」

「え、あ……ああ、そうだな。今の内に食っとくか!」


 料理長は、結局何を用意してくれたのだろう。泰樹とイリスは、いそいそと食べ物が並ぶテーブルに向かう。


「あ! カレーあるよ!」

「おお! こっちにはカツも有るぜ!」


 料理長は、相当頑張ってくれた。カレーにカツ、ハンバーグ、オムレツ、ナポリタン……目移りするほど、様々な大皿料理がずらりとテーブルに並べられている。


「バイキングは、見た目とか気にしちゃ駄目なんだ。食いたいモノを、食える分だけ皿にのせるのがコツだ!」

「うん! タイキ先生!」

「いくぜー!」


 二人は大喜びで、食べたいモノを片っ端から皿に盛って行った。




「んぷ。ちょっと食い過ぎた……」

「タイキ、いっぱい食べてたからねー」


 三週目のバイキングを食べ終えて、泰樹はすでに満腹だった。


「僕は、もうちょっと食べようかな?」

「んー。それなら、俺はちょっと便所行ってくる」

「気を付けてねー」

「おうー」


 会場はイリスの家で、この廊下は何度も通った。馴れた通路だ。足取りも軽く便所に向かい、用を済ませて手を洗う。


「んー? これで後は美味い酒があればなぁ……」


 馬鹿でかいバスルームにある洗面台で、鏡に向かってつぶやく。念の為、飲酒は禁止とシーモスに言い渡されている。


「……よお。『ソトビト』ちゃぁん」


 不意に、声がした。泰樹は慌てて振り返る。

 そこに立っていたのは、『暴食公』と呼ばれていた幻魔だった。足音が、しなかった。泰樹の背中をぞくりと冷たいモノが撫でていく。


「……なんか、俺に用か? 迷ったんなら、会場まで案内しようか?」


 泰樹は『暴食公』と距離を保ちながら、じりじりとバスルームの出口に向かう。

 背中を見せたら駄目だ。そんな風に、直感する。


「オマエの匂いがしたからよぉ。たどってきたんだよぉ。今日の料理は美味かったなぁ。あれ、オマエがイリスに教えたんだろぉ」


 間延びした話し方をするが、この幻魔には隙が無い。油断したら、文字通り食われる。そんな恐怖が背中を凍らせる。


「ああ、そうだぜ。俺を食っちまったら、もう新しい料理は教えられなくなるなー」

「食う気はねぇよぉ。今はまだ、なぁ。……オマエ、イリスのとこで満足かぁ?」

「……どう言う意味だ? そりゃ」

「そのまんまの意味だよぉ。もっとたくさん飯食いたくないかぁ? オレならオマエをもっと生かしてやれるよぉ」

「……悪いけど、俺は満足してるよ。ここの料理長は腕が良いしな!」


 思わず声がでかくなる。逃げなくては、ここら逃げ出さなくては!


「ふうん。つまんねぇなぁ。まあ、いいやぁ」


『暴食公』は一人納得して、腕を伸ばす。ゆっくりとした動きにも見えるのに、気が付けば腕を捕まれていた。


「な……!」


 声を上げなければ。そう思った時にはもう、遅い。

 泰樹は、真っ暗闇の中に放り出されていた。

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