第21話 もう朝かー

 光が、まぶしい。キラキラと目に痛いほど輝いた、爽やかな朝の光だ。朝の光を浴びて目覚める。そんな幸福。それはきっと、どんな世界でも変わらないのかも知れない。

 泰樹たいきはゆっくりと身を起こし、ぼさぼさの髪をガリガリかき回した。


 ――朝風呂、入りてぇな。


 この『島』では真水は貴重だと聞いたが、流石は幻魔。イリスの屋敷では、風呂に入ることが出来る。

 泰樹の部屋にも、小さなバスルームがあった。使用人に頼めば、バスタブにお湯を張ってもらうことも出来た。

 まだ少し、朝早い時間なのだろう。イリスもシーモスも、この部屋にやって来た気配は無い。

 使用人は、ベルで呼べばやって来てくれる。だが、こんな朝早くに彼らを呼びつけるのも気が引けて。泰樹は寝間着にスリッパのまま、使用人を探しに部屋を出た。


「おはようございます。タイキ様」

「はよー。なあ、すまねーけど、俺の部屋の風呂にお湯入れてくれねーか?」

「かしこまりました!」


 廊下を歩いていた、エプロンドレス姿の使用人にお湯を頼む。朝早くだというのに、彼女は笑顔で返事をしてくれた。

 この屋敷では、結構な人数の使用人が働いている。これだけの『お屋敷』なのだから、それを維持していくのにも、それなりに人が必要なのだろう。彼らは、泰樹を客として扱ってくれる。奴隷の証があるのにも関わらず。


「……俺も、そろそろ働かなきゃな。いつまでもぶらぶらしてるってのも、気持ち悪ぃしな」


 ――俺に出来ることは、何だろう?


 高校を出てからとび、それも大規模な現場一筋の泰樹には、こんな『お屋敷』で出来る仕事が思いつかない。掃除やら洗濯が得意な訳で無し、料理が出来るわけでも、書類仕事を手伝えるわけでも無い。なんだか、使用人たちに世話されてばかりというのが申し訳ない。

 イリスは「僕と遊んでくれたら良いよ!」と言うし、シーモスは「タイキ様はお客様ですから」などと言う。だが、こんな自分にもやれることは何かあるはずだ。




「おはよー! タイキ! 朝ご飯の時間だよ!」

「はよー! 今日も朝から元気だな。今日の朝飯はなんだ?」

「えっとね、トースト、とスクランブルエッグ、だよー!」


 この『島』には、食パンというモノが無かった。従って、それを焼くという調理法も無い。

 スクランブルエッグは、似たような料理があったようだ。卵炒めたのとかぐちゃぐちゃ卵とか適当な名前で呼ばれていたそれに、『スクランブルエッグ』と名付けただけ。もちろん、イリスの要望でケチャップをたっぷり添える。

 朝の食卓を囲みながら、泰樹はイリスに「働きたい」と申し出た。


「……レーキ……あ、タイキの前にここにいた『ソトビト』の子も、ね。『何かしてないと落ち着かないから、働かせて欲しい』って言ってたな。『ソトビト』さんたちは、みんなそうなの?」


 イリスの屋敷の使用人は、『ソトビト』の話題が出ても聞き流す。『ソトビト』について、話してはいけないと命令されているらしい。それをきちんと守っている。

 イリスは幻魔だが、使用人たちみんなに優しい。彼らはみな、イリスをしたっているようだった。


「さあな。俺は、タダ飯食うのが嫌いなだけ。何でも良いぜ。力仕事とか……あー屋根の修理とか、庭木の手入れとか、そんなのなら何とかなりそうだ」

「うーん。今の所、人手は足りてるんだよね。タイキがどうしてもって言うなら、その辺はシーモスと相談かなあ。……あ、とりあえず、僕を手伝ってよ!」


 イリスは何かを思いついたように、ぱっと顔色を輝かせた。


「ん? 俺は何を手伝えば良い?」

「あのね、こんど晩餐会ばんさんかいするでしょう? その時に出すお料理、みんなタイキが教えてくれたお料理にしようと思ってるんだ。だから、もっといろんなお料理教えて?」

「おう! わかった。俺が知ってる美味いと思うもの、みんなイリスに教える」

「やったー!!」


 手放しで、イリスは喜んでくれる。それが嬉しい。


「……何が、『やったー』なのでございますか? イリス様」


 遅れて姿を現したシーモスが、さりげなく泰樹の肩に手を置いて笑った。


「タイキがねー! またお料理教えてくれるって!」

「それは、よろしゅうございましたね」

「……っ」


 肩に置かれていた手が、ゆっくりと背中に回される。思わずぞくりと寒気が背骨を走って、泰樹は無言でその手のひらから逃れた。


「……なに、何気ない顔して触ってんだよ」


 低く、拒絶を示した泰樹の声にも、シーモスはめげた様子は無い。


「ああ、すみません、タイキ様。つい、そこに背中があった物で」

「だからって触るんじゃねえ!」

「? タイキに触ったらいけないの?」


 不思議そうに首をかしげるイリスに、泰樹は慌てて笑いかける。


「いいや? イリスは良い。俺が嫌がるような触り方はしねーからな。だが、アンタは別だ!」


 泰樹はびしりと、シーモスに向かって指を突きつける。


「……シーモス、タイキが嫌がるようなことしちゃ、ダメだよ?」


 小首をかしげてたしなめるイリスに、シーモスはしぶしぶと言った様子で、「はい。わたくし、タイキ様に喜んでいただけるような触り方を研究いたします」と微笑んだ。

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