託された者達

 結局のところ、私は彼女に何ができたのだろうか。

 彼女は私のことを随分と慕ってくれて、私が自分自身嫌いなところも含めて、受け入れてくれた。

 そして最後まで、私に文句の一つも言わずに死んでいった。

 後悔など無いと言いながら。


 けれど私が彼女にしてあげられたことなんて精々、幼い頃にそれっぽい台詞で格好つけて、彼女に死を思い留まらせたこと。

 それにしたって、ひょっとするとあの時死んでいた方が楽だったかもしれないような過酷な道に引きずり込んでしまったのだから、釣り合いは取れないだろう。


 つまるところ、私は彼女に何もしてあげられなかった。

 もし彼女がここにいればそれは違うとか何とか言って反論してくるのかもしれないけれどもう彼女はいないので。

 少なくとも私の視点ではこれが事実。

 私は彼女に何もできなかった。


 ただ、あくまでそれは現時点での話であって。

 今まで何もできなかったのなら、これから色々やっていけばいい。

 というよりも、それしかない。

 一足先に空の上まで旅立ってしまった彼女に対して今から何かをしてあげる難しさは並一通りではないけれど。


 例えば、彼女の見たがっていた景色を。

 白鳩が飛ぶ綺麗な青空を、取り戻すとか。


「……もう、落ち着いたか?」

「ええ……。ごめんなさい、待たせたわね」

「まったくだ。見てるこっちの涙が涸れたぜ」


 長かった夜は明け、遠くの空が白み始める。

 赤く晴らしたまぶたを向けてむくれている琴音の頭を軽く叩いて、気持ちを切り替える。

 白鳩騎士団の団長として。


「雷雪は? 出撃できる?」

「気が早い奴だな……。黎明の魔鎧機から受けた攻撃による損傷がまだ残ってる。修復作業はさせてるが、まだしばらくは無理だ」

「そう。なら――ブラックロードは?」

「……丁度お前達が戦ってた頃に、改修が完了した」


 アイラの乗騎、ブラックロード・リベレータ。

 あちこちにガタのあった型落ち品であったため、中破からの修復と併せ近代化改修が進められていた騎体。


 結局アイラはあと一歩、それを待つことなく命を落としてしまったわけだが――


「――ではあの子には、私が乗るわ」

「……雷雪がすぐ出せない以上、別にそれ自体は止めんがね。そもそもお前一人じゃ――」

「――もちろん、一人では行かせませんよ。白鳩にはまだ騎士が二人もいるんですから」


 現れたのは、ルートとロザリ。

 白鳩騎士団が誇る騎士の二人。

 先の戦闘で撃墜され昏睡状態に陥っていた二人だが……。

 少なくともその瞳に宿る闘志は十分に感じられた。


 ロザリが額に巻かれた包帯を毟り取って、強気に笑う。

 そしてルートが真っ直ぐルシルに向き直る。


「長らく戦線を不在にし、ご迷惑をおかけしました、団長。大体のことは、マルファ准尉から聞きました……。あの時私が墜とされず一緒に飛べていればと、思うばかりです」

「……飛べるの?」

「ここで飛ばねば、アイラ少尉にあの世で顔向けできません」


 強い決意を声音に宿すルートと、頷くロザリ。

 昏睡から目覚めたばかりの彼女らをすぐに戦場へ駆り立てるのは、団長失格の誹りは免れないような決断であるが――人には、無茶を承知で突き進まなければならない時がある。

 そして、今がその時だ。

 白鳩騎士団、全員にとって。


「……まあ、雲外には蒼天ありという。どうせなら思い切り雲を晴らしてくるといいさ。デュッセルドルフとゴールウェイも、寝るのにも疲れた頃合いだろうしな」

「……騎士総員での出撃になる。万が一ネフィリムが襲来すれば、防衛隊の負担は……」

「なに、どうかお気になさらず。ドーバーのことは、我々にお任せ下さい。いざとなれば、例えどんな手を使ってでも、任務を遂行いたします」


 防衛隊兵士はその大きな拳を握り締め、ルシルの懸案を遮るように誓う。

 彼らもまた白鳩騎士団と同じく、王国の最前線たるドーバーを任された鉄壁の砦。

 その矜持があるのだろう。


 ルシルはゆっくりと頷き、それから集まった一同を見回す。


「――今より数時間程前、黒の黎明と名乗る反政府武装組織の手によりロンドンの政府・軍関係の施設は陥落し掌握された。今なお司令部による統率は回復しておらず更に状況は不可測である。従って目下の特殊な情勢に鑑み我々白鳩騎士団は独断専行で進発、状況に介入する」


 一瞬で空気が引き締まり、騎士団員以外の防衛隊兵士達も彼女の言葉に傾注する。


「黒の黎明は国家滅亡を企図し武力行動のみならず国民への欺瞞工作をも周到に行っている。だが奴らが発信する情報は詭弁であり誇張であり事実ではない。正しき情報を伝え国民の混乱を鎮める為、女王陛下が遺されたお言葉をアルベルニアへ届ける事こそ、我々の使命である」


 今は亡き女王陛下がルシルへ遺したメッセージ。

 その中で語られた、血塗られた魔女の歴史と真実。

 それを国民達へ伝えることができれば、黒の黎明の論理矛盾を突き、目論見を砕くことができるかもしれない。


「私は、ルシル・シルバ・アルベルニア。白鳩騎士団の団長として、そして女王陛下の想いと血を継ぐ者として――この国の空に、光を灯してみせましょう」


 既に心は決まった。

 例えこの道が、これまで以上に険しく困難なものであっても。

 例えこの空が、暗澹とした雲にどこまでも覆われていたとしても。

 止まることなど、許されない。

 どこまでも進み続けるだけだ。


「各位、今一度己が空翔ける理由を思い出せ。白鳩騎士団――行動開始ッ!」


 かくして白鳩の騎士達は、決意を胸に赴く。

 未だかつてない戦いに。

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