かけがえのない大切な存在

「それでは改めまして、ノエミ・アンヌンツィアータっす! 今年で花の十六歳! 王国軍での階級は少尉で、白鳩では傍付き筆頭を拝命してるっす! あっ、そういえば新任騎士殿も少尉なんすよね。お揃いっすね〜! ……ちなみにぃ、騎士殿は今、おいくつなんですかぁ?」

「……先日で十五歳になりました……」

「おー、ジュウゴ! 私がひとつお姉さんっすね〜っ! ……あ、でもでも私は傍付きなのでぇ、全然顎で使ってやってください! 私達の役目は騎士殿の露払いっすからねぇ、色々と払ってみせますよぉ?」

「いいえ、そんな、私などどうかお気になさず……。何かあってもお見捨てください、アンヌンツィアータ先任少尉殿……」

「いやいや、そんなことしないっすよぉ! 新任騎士殿はもう、白鳩の仲間になんすから!」

「仲間……。仲間、ですか……」

「だから私のこともかたっ苦しい呼び方じゃなく、気軽に名前で読んでくださいね! 私も新任騎士殿のことは、これから敬意を込めてアイラちんとお呼びするので!」

「あ、アイラちん。……そんな呼び方、初めてされました」

「確かにこの仕事してるとそうっすよねぇ。けど、ウチはその辺りかなり軽めの文化なんすよ。軍隊と言えど、若い娘ばっかりの部隊っすからねぇ。お堅そうな団長ですら団員のことは名前で読んでますしね」

「そうですか、団長も、団員を名前で……」

「そうなんすよー。ただまあ、ここの空気に慣れてしまうと他の隊の方々と話す時に色々と苦労というものが――」

「……私まだ、団長から名前で呼ばれてないです……」

「――あー。……まあ、今日着任したばかりっすし、それはそういうもんすよ! 気にするところじゃないっすよ!」

「私まだ、団員と認められていないんですね……。やっぱり私、団長に嫌われちゃったんですね……」

「うわあ、ナーヴァスすげぇ、聞いてねぇ。ドーバーで会ったときは目茶苦茶元気だったのに、急転直下っすねぇ。ていうか、ダメージ受けすぎでは? あれだけ派手にネフィリムとやり合ってた割には、繊細なお人柄なんすねぇ」

「あああ、もうダメだ……。終わった、全て終わったんだ……。あああ……、女王陛下、私はここまでです……」

「いやいや、いやいやいや、着任早々からこの世の終わりみたいな雰囲気出さないで下さいよ。私達、これから一緒に戦っていくんすよ? ……アイラちんは、アレですか。団長のファンってやつですか?」

「ふぁ、ファンといいますか、なんといいますか……。……シルバ団長は、私にとっての憧れであり道標であり、かけがえのない大切な存在なのです」

「――うーわおっも……っと失礼。まー憧れる気持ちはわかりますけどねー。ちょっと心酔し過ぎでは? 確かに団長は魔鎧騎士の最高峰にいますけど、どこもかしこも完璧ってわけじゃないっすよ?」

「はあ……。一応、参考までに教えていただいてもよいですか? そのシルバ団長の、完璧ではないというところ」

「そうっすねー。まず神経質でこだわりが強く口うるさい。些細なことでも根に持ちがち。寝起きは機嫌が悪いし就寝時間が遅れても不機嫌になる。アフタヌーンティーのスコーンにクロテッドクリームが付いてるかどうかであからさまに態度が変わる――」

「団長、可愛い……」

「――街へ買い出し行く時は一人だけやたら細かく注文付けてくるし……って、え? なんで俄かに元気になってるんすか。え?」

「やはり素敵です、団長。騎士として完璧な立ち居振る舞いも尊敬できますが、人間味溢れる内面も魅力的です。ああ、その外面と内面の狭間にいたい……」

「……。……やばい人来たなこれ」

「買い出し時の団長の注文、教えていただけますか? それを参考に、明日揃えてきます」

「い、いやぁ、あんまり小手先でご機嫌取りとか、しない方がいいっすよ? あの人そういうの、強めに嫌いみたいなんで」

「そういうつもりではありません。ただ、団長を怒らせてしまったようなのでそのお詫びをしなければと……」

「うーん、怒らせたねぇ……。それでさっき、あんな感じだったんすね、なるほど」

「このままでは私は白鳩にいられません。なんとか挽回しなくては……」

「けど、チラッと見た感じですけど、別にそこまで怒ってる感じはしなかったっすよ? 確かに団長は機嫌悪くなることこそ多いですけど、それを誰かにぶつけるようなことは滅多にありませんし。そもそもほんとにキレた時の団長は、あんなもんじゃないっすよ。周囲とか吹き飛びますからね。それこそ滅多にないっすけど」

「本当ですか? でも、執務室で入団関連の書類を書いている間、何か話しかけても返してくれるのは一言か二言だけで……」

「それは団長、元々そういう人なんで。ウチには度を越して無口な団員が一人いますが、その次くらいには口数少ないっすからね、あの人」

「でも、書類を書き終えてようやくお話しに集中できるぞって思ったのに、仕事に集中したいから後にしてって、それっきり何を話しかけても無視されちゃって……」

「いや、それは普通に、仕事に集中したかったのでは? 騎士団の団長って、けっこう忙しいみたいですし。一応、陸軍航空隊の部隊を一つ預かる将校っすよ? 色々あるんすよ」

「それはもちろん、わかっているんです! でも私も必死だったんです! 初めの挨拶で怒らせてしまったので、これ以上嫌われるわけにはいかないと! 少しでも印象を良くせねばと空回ってしまう私を誰が責められますか!?」

「なんでちょっと怒ってるんすか……。だから別に、団長は怒ってないと思うんすけどねぇ。ちなみに、その時はなんて言われたんすか?」

「……私みたいなやつは、嫌いだと」

「うわエグっ。容赦ねぇー……。すみません、やっぱ怒ってるかもしんないっす」

「ですよねぇ……。はぁぁ、やってしまった……。団長に嫌われてしまったら私、もう死ぬしかないんです……」

「いや、落ち着きましょう、考え直すんです! あの人は、自分が理由で誰かが死ぬのを極端に嫌がるんっす! 死んでまで更に嫌われることになりますよ!」

「……そういえば、そんなようなことを、その時も言われました」

「いやまあ、嫌われたからって理由で死なれるのは誰だって嫌だと思うっすけど、普通……。怖いし」

「この命は全て騎士団と団長へ捧げる覚悟だとお伝えしたら、私みたいに命を勝手に捧げてくる奴は嫌いだと……」

「……あー、なるほどね。……なんというか、まあ、嫌なんすよあの人は。自分の為に〜みたいな感じのが。これまで色々あったりもしましたし」

「……でも私は、ずっとシルバ団長の下で戦いたくて、団長に全てを捧げるつもりで、騎士になったんです……」

「はぁー……。なるほど……。それを団長に直接言っちゃったんすねぇ」

「…………」

「大体わかったっす。まああれっすね、私はアイラちんのそういう熱い想いは否定しませんけど――それで突っ走ってると、いつか本当に団長の為に死にかねないっすよ」

「私は別に、それで本望です」

「でも残される側は、本望じゃなかったりするんすよ」

「…………」

「……ま、仲間が死んで喜ぶ人間なんていませんよね。そんな奴にはハナからこっちだって命捧げようとは思わねぇわけですし。……確かにネフィリムとの戦争なんてやってると、自分が戦う目的とか、命を張る理由とか、信念みたいなやつが無いとやってらんなくなりますけど……。そういうのは、自分の内に秘めて闘志として燃やすのが、格好いい女ってモンなんじゃないっすかねぇ」

「……カッコいい女、ですか」

「そうっすよ! 実際、私なんてかなり格好いいと思いません? どう?」

「……どうでしょう。愉快な方だとは、思いますけど」

「えぇ〜? 辛口っすねぇ! 団長にしか興味無いから、理想が高いんっすよ!」

「でも、ありがとうございます。お陰で、少し冷静になれました。まだ団長に対してこれからどんな顔でお話しすればいいのか、悩んでますが……」

「それはほら、最初みたいに元気よく行っときゃいいんすよ! アイラちんは元気が一番! 辛気臭いツラなんかより絶対笑顔がよく似合うんすから!」

「……わかりました! 陰鬱なのはよくないですしね! 私らしくぶつかって、それで少しでも見直して頂けるように頑張ってみます!」

「よっしゃぁーッ! その意気っすよォ〜、ひゃっほーぅ!」

「やったるぞ白鳩ーッ! おぉーッ!!」

「あっはっはっはっ、なんすかその掛け声おもしろ! せーのっ、やったるぞ白鳩ーッ!」

「おぉーッ!!」

「あっはっはっは!」

 

「――あの、あなた達……。盛り上がっているところ悪いのですが、ずっと喋ってるから、全然施設の案内ができないのですけど……」


 着任したばかりのアイラへ駐屯地を案内するよう、ルシルから命令されてノエミと三人で歩いていたルート。

 どうやらアイラが立ち直れたようで何よりだと思いつつも、ルートの頭痛は解消されなかった。


「はっ! しまった、忘れていた!」

「し、失礼しました! 私ったら、お喋りへ夢中になってしまって……ッ!」

「いえ、いいんですよ……。私も、もっと早い段階で割って入ればよかったんです……」


 実際アイラの消沈に関してはノエミが上手いことやってくれて助かった。自分ではこうはいかなかっただろうと彼女は思う。

 駐屯地の案内については結局一箇所も満足に説明できないままタイムリミットである夕食の時間を迎えてしまって頭の痛い問題だが、致し方ない。

 長かった一日も終わろうとしている。

 いくつか残る懸案事項は明日以降に片付けるとして、今日はもうこれ以上何も起きなければそれでいい。


 しかし何事もそう上手くばかりいかないのが、この世界というものだった。

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