第14話「――挫折、それは試練」

 まさかの敗北……アスミはそれ以上の痛みに心をきしませていた。

 城に戻るや、リルケを抱き上げコクピットを降りる。

 出迎えてくれた仲間たちの表情は、その惨状を目に三者三様だった。


「お疲れ様ッス! いやあ、さすがゼルセイヴァー! 天下無敵のスーパーロボットなんスねえ。傷一つ付いてな……およ? リルケはどうしたんスか?」

「……アスミ、なにがあったんだい? ちょっと、説明してもらえないかな。ボク、こう見えてもリルケの部下、腹心だしね。あるじの一大事には平静でいられる自信がない」

「それより、なぜ撤退ですの? ……リルケになにかありましたのね」


 敵の大砲陣地は、それほど高度なものではない。

 砲も、地球でいえば十九世紀末程度の科学力で造られたものだろう。

 だが、惨敗だった。

 ゼルセイヴァーは、ウイの言う通り傷一つない。

 その痛みは全て、無敵の装甲を貫通してリルケに注がれたのである。有り余るマナを持ち、しかも自然にマナが回復するという魔女王ロード・オブ・ウィッチリルケレイティアは、ゼルセイヴァーの動力炉、心臓部だ。同時に、完全にリンクし一体化したゆえの弊害へいがいが現れたのだ。

 わずかに気色ばむナルが、ふところからなにかを取りだす。


「それとさ、アスミ。ああ、これはラジオっていう人間側が作った機械なんだけど」

「あ、ああ」

「歩きながら話そう。まず、リルケを寝室で休ませなきゃ」

「そうだな……ナル、みんなも、すまない。俺は」

「いいから、来て」


 ナルは怒りと憤りを冷静に処理していた。

 決して激することなく、女性然とした美貌を凍らせるにとどめている。

 だが、はっきりとアスミにはわかった。

 女装の麗人は今、必死で平常心を維持していた。

 そんな彼が歩き出しながら、ラジオのスイッチを入れる。

 足跡だけの沈黙に、ノイズまじりの声が響いた。


『王室より発表です、現在ジルコニア王国を脅威が襲っております! かの魔王の復活との噂もありますが、国民の皆様は虚言デマに惑わされず冷静に対処しましょう』


 どうやら、先程戦っていたジルコニア王国の放送のようだ。

 逼迫した空気が電波に乗って、アスミの肌を粟立たせる。

 両手にいだくリルケが、本来はない重みにずっしりと感じられた。


『突如として現れた黄金の大魔神は、我らがジルコニア王国軍が撃退しました! しかしながら、山麓の村や里に被害がでております。突如、黄金の大魔神が放った閃光は――』


 ラジオの声を遮るように、先頭を歩くナルが呟く。

 こちらを向きもせず、睨むのを耐えているかのような口調だった。


「ボクたちは魔王軍だったけどね、アスミ。無抵抗な一般人を戦争に巻き込むことは極力避けてきたよ。そういうのをリルケは嫌うからね」

「そ、そうか。俺は、じゃあ……さっき、村がって」

「七大魔王の中でも、リルケは極力一般人の被害を気遣い、時には人間たちが略奪した村を救ったりもしてきた。そんな彼女の想い、わかるよね?」


 痛感、文字通り痛いほどに感じる。

 腕の中の女性は、魔王でありながら優しいのだ。

 そんな彼女を、いっときとはいえ夢のスーパーロボットの動力源としてだけ扱ってしまった。そういう気持ちはなかったが、結果はこれである。

 ジルもナルの言葉尻を拾って、静かに語りをつなぐ。


「わたくしたちエルフが迫害していたダークエルフですものね、ナルは。そんなダークエルフの民たちを保護したのも、リルケでしたわ」

「まあね。ボクとジルの婚約は魔王たちの提案だったし、それで両種族が協調できればって……そういう人なんだよ、リルケって。まあ、人じゃなくて魔王だけど」


 アスミは、皆が語るリルケの大事なものを壊してしまった。

 他ならぬ彼女自身を、こんな目に合わせてしまった。

 人類共通の敵として、再び魔王をやると誓ったリルケ。その矜持きょうじとも言えるものを根こそぎ、アスミは台無しにしてしまったのである。

 だからこそ、アスミは前を向く。

 俯き落ち込むことなら誰でもできる。

 今のアスミには、アスミにしかできないことが求められていた。

 なによりアスミ自身がそれを欲して望んでいた。

 だから、ナルに追いつき追い越して振り向く。


「みんな、済まなかった! ごめんなさい。俺のミスだ」

「ん、そうだね」

「ナル、リルケを頼む……俺にはやらなきゃいけないことがある」

「……まだ期待していいってことかな?」


 なにか言いかけたウイやジルを手で制して、ナルは真っ直ぐアスミを見つめてくる。

 そこには、怒りと落胆に入り交じる希望が見て取れた。

 彼はまだ、アスミに完全に失望していない。

 なにより、立ち直ろうと決意したアスミを切望するようなまなざしだった。


「ナル、リルケを頼む。ウイもジルも、今は城の守りを固めてくれ。俺は――」


 ――俺は、ゼルセイヴァーに戻る。

 あのスーパーロボットには、明らかな欠陥がある。

 そして、それを改良するスキルをアスミは持っているのだ。

 勿論、スキルを発動すればMPが減る。

 アスミのMPは最大でも7しかない。

 それでも、命の具現化であるHPをも削って今は挑むしかない。

 リルケに負担がない、リルケの意志を尊重したスーパーロボットが必要だった。


「アスミ、キミがやろうとしてることはわからないけど……マナが足りるかな?」

「大丈夫だ、文字通り命がけでやるさ」

「命を捨ててでも?」

「命は使うもの、そして燃やすもの。捨てるのは、それは今じゃない。もとより捨てるべき命なんて存在しないさ」

「あ、そ……安心した、じゃあこれはボクから」


 リルケを受け取ったナルが、不意にくちびるを重ねてきた。

 驚きに目を見開き、アスミは思わず硬直する。

 大胆に舌で舌を舐めつつ、ナルは軽く甘噛みしてくる。

 同時に、リルケほどではないが少量のマナが注ぎ込まれる感覚があった。


「ぷあ、ふう。……しっかりやんなよ、アスミ。今度ヘマしたら、その舌噛みちぎるからね? ま、リルケは任せて」


 ナルは魔法剣士ルーンフェンサー、MPはリルケほどではないがかなりのステータスだった。

 その一部を、期待と不安がないまぜになった粘膜が伝えてきた。

 男同士とは思えぬほどに、涼やかなナルの美貌に身体が熱くなる。


「ああ! ……そうだ、挫折が負けじゃない。


 アスミはいま来た道を全力で走り出した。

 アムロ・レイだって、キラ・ヤマトだって……兜甲児かぶとこうじだって、藤原忍ふじわらしのぶだってそうだった。つまずきくじけても、アスミの知るヒーローたちはいつも立ち上がってきた。

 負けを知らない無敵のヒーローなんて、いない。

 敗北からその都度つど立ち上がり、最後に勝つからこそヒーローなのだ。


「待ってろよ、リルケ! みんなも! 俺は……みんなの、魔王軍のヒーローになる!」


 中庭に戻れば、そのための偉大な巨体が屈んでいた。

 闇夜にぼんやりと、黄金の機体が輝いて見える。

 大小二つの月に照らされ、ゼルセイヴァーがアスミを待っていた。


「まずは……リルケの負担を減らす。リルケのマナに依存しすぎてるんだ、今のゼルセイヴァーは」


 苦渋の決断だが、スキルを使って改良を施す。

 ゼルセイヴァーとリルケのリンク係数、同調の度合いを低く抑えるように設定した。いわば、リミッターをかけた形だ。リルケの有り余る膨大な魔力は、その放出と同等の痛みをダメージとして本人に突き刺してくる。

 ならば、リルケの力を最小限に使えば、反動も少なくなるのは道理だった。

 あっという間に、ナルのくちづけがもたらすMPが消費された。

 だが、それだけで作業は終わらない。


「ここからが本番だ……こんなに金ピカなロボができてしまうってことは、やっぱりな。俺は百式やナイト・オブ・ゴールドが好きなんだろうな。ってことは、うん。モーターヘッドの理論を拝借するか!」


 そっとゼルセイヴァーの装甲に触れる。

 ひんやりと冷たく、まるで磨かれた鏡のように金色の合金に顔が映った。

 自分でも見たことがない、酷くしょぼくれて落ち込んだ自分の表情だ。

 だが、今のアスミはベストを尽くすと誓った。

 汚名を返上し、名誉を挽回する。

 そのためにも、再びリルケと戦い、彼女を最後の魔王として全人類の共通の敵にするのだ。そのうえで、守り抜く……仲間たちとともに、この惑星ゼルラキオの崩壊を止めるのだ。


「うまくいけよ、イメージだ……俺の中のロボットスピリッツよ、イメージに……俺の理想に形をくれ」


 静かに思念を注ぐ。

 スキルを総動員して、ゼルセイヴァーに新たな機能を付与した。

 あっという間にMPが枯渇して、HPが削れ始める。

 アスミはよろけて、それでも抱きしめるようにゼルセイヴァーの装甲に全身を預けた。

 そうして、物言わぬ黄金の巨神に新たな力が備わる。

 パワーアップではない。

 むしろ、操縦者たるアスミの負担が一つ増えることになる。

 それでもよかった。

 それがよかった、最初からそうすればよかったのだ。


「く、ふう……ハァ、ハァ……男の娘オトコノコのチューでもらったマナも合わせて、なんとかまにあったか。サンキュな、ナル。あと、すまんリルケ……う、浮気になるだろうか」


 寒々しい月明かりの中、よろよろとアスミはゼルセイヴァーから離れる。

 最後に、リルケの元に行きたかった。

 見舞う気持ちで、せめて今夜は寄り添いたい。

 自分の代わりに痛みを引き受け、ゼルセイヴァーを無敵のスーパーロボットにしてくれた……たった一人の女性のために、そうする必要があった。

 ふらつく足取りで疲労感をひきずりながら、アスミは城内の寝室を目指してゆっくり歩くのだった。

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