7話:あの夏に乱された心は初恋
1️⃣
*
庭で気絶したマリアが目覚めるまでに、そう時間は掛からなかった。一時間しないかそのぐらいだろう、その間にマリアは、リーロンの手から本日のためにアインが用意して屋敷で待機していた侍女達に受け渡される。そして彼女達により、湯浴みを済まされた後、動きやすい室内着へと着替えさせられ、ツヴァイが手配した客間のベッドに寝かせられた。
あまりにも静かに死んだように眠っているから、彼女を湯浴みさせていた侍女達が「この子、死んでないわよね……?」「安心してよ、ちゃんと心臓は動いてるわ!」「でもほら触ってみてよ! この子信じられないほど身体が冷たい」「あら本当だわ」「どうしましょう」「アイン様に報告した方がいいわよね?」とヒソヒソ話し合っていた。ちなみにその現場にアインは居たので会話は丸聞こえである。アインが個人的に雇っている三姉妹の侍女は文句無しに仕事が出来るのだがそれ以上にお喋りが多い。まぁご愛嬌だろうと、アインはマリアが世話される様子を見ていた。「お嬢様の体調が心配ですわ」という侍女達には「大丈夫」の一点張りで通した。
その後はラウドを部屋に連れてきて少し
その後は静かに、ベッドに寝かせられたマリアを、アインは観察する。ピクリともせずに眠る、
“固有魔法”を持つことは誇らしいことだ。しかしその魔法の中身が破壊や破滅を暗喩させるものだと、一気に煙たがられる。リーロンも強力な“固有魔法”を持ってしまったせいで周囲から孤立し、またリーロン自身も周囲を拒絶するようになった。今は精神的に成長したためにそれを表には出さないが、彼は常に己の力に怯えている。たった一言、言葉を放つだけで大切な人の命すら容易に奪えてしまうその力を、だ。
なのにこの少女にはそれがまるで無い。彼女ははたしてどちらだ。己の力の強大さに気付いていない阿呆か、それとも気付いてなおその凶悪性が他者に向くことを一切恐れない狂人か。きっと両方なのだろうなとアインは考える。少なくともアインはリーロンは兎も角として、弟であるツヴァイやラウドよりも“マリア”という少女について
リーロンはどこまでアインの内情を理解しているだろうか。アインはリーロンを主として慕い王のように敬っているが、それはそれとしてアインは譲れない欲求がいくつかあった。そのうちの一つが……——
そんなことを考えていれば、寝台の毛布がピクリと動く。マリアの瞳が、薄く開いていた。
「んぅ……」
眠気に抗い懸命に起きようとしている呻き声と共に、彼女は毛布の中で蹲ると、また「うぅ……」と呻いた。産まれたての子鹿が立ち上がる時のように身体を丸めたマリアは、
「んぅ……メリー、のど渇いた……いつもののみたい……」
ズルズルと寝台の上を這いずって移動し天蓋を支える支柱に辿り着いたマリアは、その支柱を支えに何とか身体を起こしベッドから降りようとしている。そして、自分の言葉に返事が無いことに不思議がってまた「メリー……?」と彼女の侍女の名を呼んだ。
「つめたいロイヤルミルクティー……まりあの好きなやつ……もってきて……あたまが、くらくらするからぁ……」
アインは口元を抑え笑い声が零れないように努めた。リーロンの前で謁見した時ともあの殺し屋達と相対した時とも違う、幼子のような甘えきった愛らしい声でマリアは侍女を呼ぶ。その時にはもう、アインの頭の中にはこれをネタにどう揶揄ってやろうかという悪戯心しか無かった。だってあまりにも落差が大きい。こんな可愛いくて面白いもの、揶揄わずにいられない。
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