7️⃣

 応接間には二人がけのソファーが対になるように置かれ、その真ん中にローテーブル。ローテーブルの片側に一人がけのソファーが置かれている配置である。両親が片方の二人がけソファーに座り、レキャットはその対面に座り、マリアは両者の中間の一人がけのソファーに座った。


「それで? 娘の進学の話でしたっけ?」


 ドカリとソファーに腰掛け、不遜な態度の父親に、しかし教師は手慣れていた。


「はい。娘さんはこの国でも五本の指に入る程の実力を持っていらっしゃいます。しかもまだ14歳で。この力を伸ばせば、未来の可能性が大きく広がると一教師として考えております。優秀な魔女を求めている場所は多く、卒業後は引く手数多でしょう。我が校の卒業生はその魔法の才能を認められ王宮勤めとなった生徒も多くおります。マリアさんは男爵家のお嬢様で身分が清らかですから、王族も彼女を雇用したがるかと。

 また、必要ないかもしれませんが、マリアさんの場合魔法の才能が著しく高いため“特待生”の資格を取ることも容易かと考えております。“特待生制度”は我が校が設けている制度の一つで、一定の条件をクリアし続けるかぎり学校生活でかかる学費などが一切免除される制度です。私の見立てでは、マリアさんなら卒業まで特待生でいることが可能でしょう」


 おぉとマリアは心の中でレキャットに賞賛を送った。父親に文句を言う隙を与えず、かつ『無料で卒業できる』『王宮勤めになる可能性がある』という金がいくらあっても足りない上に名声が欲しい父親にとってこれ以上無い魅力的な提案をしたわけだ。おそらくダントルトン家の現状を事前に調べてきたのだろう。


 椅子の背もたれに身を預けていた父親は前のめりになってレキャットの話を聴き始めた。レキャットは入学時に互いに理解し合い同意の上で卒業まで婚約を結ぶ生徒の話もキチンと説明した。その婚約によって身綺麗でいられるという理にかなった制度だと。


「娘は幼い頃から魔法が使えて、その才能は伸ばしてやりたいと思っていたんですよ。ただなにぶん、私達は魔法に関してはてんで素人でして……クウィックレー先生でしたら、娘を任せても信頼ができる。そういう人に、是非教鞭を振るって頂きたいものです」


 父親が賛成派に近づいているのを感じ、マリアは内心嬉しくなる。だが厄介なのは父親では無い。


「学校の話は私も賛成しますわ、マリアの未来の為ですもの。でも婚約の話は、この子にはまだ早い気がしますの」


 そう、母親である。


 昨晩、夜の散歩に出掛けようとメリンダを言いくるめいそいそと屋敷の裏の森に出るために廊下を歩いていたマリアは、廊下まで響く姉のヒステリックな叫びを聞いた。


『あいつがあたしより先に婚約とかありえない!!』


 おそらくクッションを殴っているのだろう、姉は癇癪を起こすと物に当たる癖がある。母親は全てにおいて姉がマリアより優れていないと許さない。その考えに染められた姉もマリアは自分より格下でなくてはならないという固定観念に囚われている。もう訂正するのも面倒で放置していたのだが、やはり姉はマリアが自分より先に誰かと婚約することが気に食わないらしい。


 キンキンと甲高い姉の声に、答える母の声は低く冷たい。


『そうね。あの子は16になってからすぐに死にそうな変態ジジイに嫁がせて遺産回収役に使うって前から決めてるし、今更変わんないわよ。それぐらいしか金にならないんだから。第一魔法がなんか知らないけど、あの子にこれ以上金をかけるなんて御免だわ』


『じゃあママ、絶対にあいつの婚約話をぐちゃぐちゃにしてね!!』


 これが自分の母と姉かぁ……と気が遠くなったのをよく憶えている。心配したふりを装って婚約話を頓挫させる。我が母ながらやりそうな事である。マリアは聞かなかったことにしてそのまま屋敷の窓から外に出た。その日はもう、気が済むまで{フライ}の魔神から借りた翼を使い鳥のように空を飛び回った。それが昨晩のこと。

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