第53話 断わられた舞踏会②

「まあ、お久しぶりですわね、エメリーヌ様」

「お久しぶりです。えぇっと……」


「ああ~、そうでしたわね。婚約発表のパーティー以降、あなたの記憶がないと、伺っていたんでした。私はレオナールお兄様の妹の、アリアですわ」


「アリア様。忘れてしまって申し訳ございません」


「今日は、お兄様はいらっしゃらないのに、エメリーヌ様は一人でいらしたのですか?」


「いいえ、私は兄と一緒に来たのですが、兄のダニエルはご挨拶回りに出かけてしまったので」


「ふ~ん、そうですか。だけど、こんな所に顔を出してよろしいのですか? 先日の事件で男に穢されているのを見た方から、噂が広まっておりますわよ」


「ぇ……。誰がそんなでたらめな話を広げているのでしょうか? あの日、私は何もされておりませんわ」


「ふっ──。やっぱりね。そんなところだと思っていたわ」

「なんですか……?」


 アリアが顎を上げてにやりとする。

 その得意げな顔から逃げたい気持ちに駆られる私は、兄が早く戻ってきてくれないかとの心境で、そぉーっと会場内を見回す。

 すると私の気が逸れているのが気に食わないのか、アリアが大きな声をあげる。


「あなたが記憶喪失という話は嘘なのね。私のお兄様を騙しているのでしょう!」


「いいえ、そんなことはないわ」


「嘘ばっかり。記憶がないはずなのに、盗賊から何もされていないと、どうして断言できるのかしら。あなたを屋敷まで送っていた我が家の従者だって、一度はあなたから目を離しているのよ。その間は何があったのか『知らない』と言っているのに、おかしいじゃない」


「それは……」

 ヒステリックに叫んだアリアの声が、会場に響いたせいで会場中の視線が集まり、周囲がざわつく。


 辺りの声に耳をそばだてていれば、婚約も、レオナールを騙して私が強引に迫ったのだろうという非難と、冷たい視線が突き刺さる。


「もう誤魔化さなくてもいいわよ。私の名前を知らないふりをなさっていたけど、私を見て嫌な顔をされていたから始めから分かりましたし」


 自信満々言い張るアリアに、これ以上見苦しい嘘はつけないなと観念する。


「記憶が戻ったのは最近ですわ」

「ふ~ん。それならどうしてお兄様にすぐに報告してあげないのかしら?」


「それは……」

「何か後ろめたいことがあるからでしょう」


「いいえ。次に会うときに言おうと思っていたのよ」


「記憶喪失なんて初めから嘘でしょう。前回のパーティーで『あなたは愛されないわよ』と教えてあげたから、お兄様の気を引くために演じたのでしょう」


「そうではないけど……」


 偽装婚約を誤魔化すためだとも言えず、言葉に詰まる。

「お兄様はあなたの記憶がないと知って、どれだけ心配しているか、分かっていないから、そんな自分勝手なことができるのよ」


「レオナールは特段、私の記憶がないことを心配なんてしていないわよ」


「いいえ。あなたは本当にご自分のことしか考えていないのね」


「そんなことはないわ」


「お兄様がお可哀想だわ。あなたとの婚約を発表してから、食事も喉が通らず、夜も眠れず悩み続けて、ずっと暗い顔をしているんですから」


「それは……」

 そのあとに何も言えなくなった。


 レオナールが悩んでいたなんて、気づいていなかった。意外にも、私が記憶喪失になったことに、責任を感じていたのかもしれない。


 だからかしら。疲れているにもかかわらず、無理にデートへ連れ出してくれたのだろうか。


 彼の気も知らずに騙すなんて、最低なことをした気がするなと、肩を落とす。


「あなたって人は、お兄様の注目を集めるために、記憶喪失のふりをなさる卑怯者だってことが、今日、みんなに分かっていただけましたわ」


「違うわよ」


「あなたってば、いかがわしい格好で踊っていたあなたの母親に似て、殿方を騙すのがお上手ですこと」


「だからお母様は関係ないでしょう!」

 カッと熱くなり、興奮気味に言ってしまう。


 うちの両親は頭に花を咲かせた相思相愛の二人だ。

 貴族でない母に心惹かれたのは父の性格だろうし、他人にとやかく言われる筋合いはない。


「あぁ~、怖い言い方ですわね。わたくし、エメリーヌ様に怒鳴られたと、お兄様に言い付けておきますから。お兄様にとって一番大事なのはわたくしなのよ。その私に怒鳴ったなんて聞けば、お兄様はどんな反応をするかしら」


「あっ、そう。アリア様のお好きなように、勝手にすればいいわよ」


「ふふっ、そういたしますわ。今日のことを全部お兄様に教えてあげなくてはなりませんわね。あなたが記憶喪失のふりをして、お兄様の気を引こうとしていただけだで、お兄様が悩んでいると知らせても、全く反省もなさらず、どうでもいいと仰っていたと、ちゃんと教えてあげますわ」


「言えばいいじゃない」

 

 すると、深いため息とともに、皮肉交じりの言葉が返ってくる。

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