過去を求めて
煤元良蔵
1.見知らぬ男
いつものように川に水を汲みにやって来たモロを待ち受けていたのは、川辺に倒れた灰色のよれよれのマントを羽織った男だった。
「おーい。大丈夫かー」
近くの石に水を汲むために持ってきた桶を置いたモロは男の近くで中腰になる。
「おーい」
体を揺するが一向に起きる気配はない。心地よさそうな寝息を立てながら、一定間隔で背中が上下に動いている。
こんな場所で寝るなんて誰なんだ?
村人の誰かだろうと思っていたモロは、一週間くらいはこのネタで弄ってやろうと考えながら、男の顔を覗き込んだ。
「え、誰だ?」
男の顔を見たモロは首を傾げた。右頬に傷跡がある彫りの深い、無精ひげを生やした中年男性の顔が目の前にあったからだ。
知らない男。いつもなら、観光客かもしれないと山に遊びに来ていたどこかの人かと……村に来ようとしていた人だと気にせずにいられた。しかし、今、、モロの住むゲッツ村では人狼による食殺事件が発生していた。
ゲッツ村の村民に人狼はいない。つまり、外から人狼は村にやって来て村民の一人を食い殺したのだ。
そんな事件が起こった後に見知らぬ男が村近くの川辺で倒れていた。モロの全身を恐怖が包み込むのは仕方のない事だった。
恐怖心に包まれながら、モロは一つのことを思い出した。それは、自分の父親が人狼キラーと呼ばれる人狼を屠る任務を請け負うハンターに依頼を出していたということだった。
まさかこの人が?
モロはうつ伏せで眠る男を見下ろした。そして、すぐに男の体を調べ始めた。
人狼キラーは、人狼キラー協会と呼ばれる組織が発行した身分証と人狼を殺す為に使用する銀色の拳銃を所持している。だから、眠る目の前の男が人狼キラーならば、それらを持っているはずだった。
「ない」
しかし、男はそのどちらも持っていなかった。身分証も銀色の拳銃の姿形もなかった。その代わり、胸ポケットに錆びてボロボロのメリケンサックのようなものがあった。しかし、そんなのは今は関係ない。
目の前の男が人狼キラーでないとするならば……。
怖くなったモロは村に向かって走り出そうとするが、足首を掴まれ、盛大に転んだ仕舞う。
「痛っ。え?あ、あああ。ああ。ななななな!?」
後ろを見たモロの目に、足首をガッチリと掴むゴツゴツとした手と自分を睨む男の顔が写る。
「ひ、ひい。は、放してください」
男の手を振り解こうと足をばたつかせるが、がっしりと掴まれた男の手が放れることはない。怖くなったモロは大粒の涙を流して懇願した。
「た、助けて……殺さないで」
泣きながら懇願するモロに向かい、男はようやく口を開いた。
「み、水をくれ」
「え?」
「み、み、みず……水を……」
男はその言葉を最後に再び、寝息を立て始めた。
「に、逃げないと」
自分の足を掴む手の力が緩んだことに気が付いたモロは勢いよく立ち上がった。そして、逃げるように走り出そうとした……が、一歩目を踏み出さず、地面に倒れる男を見下ろす。
「はあ、俺って本当にもう!」
モロは頭を掻き毟り、持ってきていた桶に水を汲み始めた。
自分を襲うかもしれない。
自分を殺すかもしれない。
危険かもしれない。
人狼かもしれない男を助ける必要があるのかどうか分からない……何が正解なのか分からない……ただ、目の前で水を求めて気を失っている男を放っておくことなどモロにはできなかった。
モロは男を抱え起こし、水を飲ませる。しばらくの間、ちびちびと男に水を飲ませていると、男が目を覚ました。男は、焦点の合っていない目で周りを見渡している。
「ここは?」
「ゲッツ村だ。次は俺の質問だ。あんたは誰だ?」
「俺か?……俺は………………」
「お、おい。大丈夫か!?はぁ、まずは村に連れ帰って父さんに相談だな。人狼と関係ない一般人かもしれないしな」
モロはそう言いながら、男を背負う。そして、村に向かって今度こそ歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます