ソロ花見(中編)




 ポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。勝手に点いた画面には1件の通知。見ると、LINEの新着メッセージのお知らせだった。


 その通知に表示された見慣れたユーザーネームに、一瞬、僕は驚いた。送り主は高校の同級生(以下シゲ)だったからである。数週間前の卒業旅行も一緒に行動して回った仲だ。

 特に話しあう話題もなく、旅行後はLINE上でさえ会話もせずに少し疎遠になっていたのだが。(←陰キャの法則)LINE上でもいいから久々に会話できるのは普通に嬉しい事ではあるが、何かあったのだろうか。


 少しの疑問と喜びと共に、通知を押してLINEの画面を開くと、そこには簡潔で軽い調子のメッセージと十数枚の写真フォトがまとめられたアルバム。


「入学式の写真載せとくぜ(^^)」


 ふむ、入学式の写真とな。中々粋なことをしてくれるじゃないか。……なんて、この時の僕はそう思えていた。


 はじめの一枚を選択し、そこからざっと全ての写真に目を通そうとして――、このアルバムが二十枚以上あることに気付いた。いや、アイツが写真撮るの好きなことは昔から知ってるけど、これはかなり熱入ってるな……。


 なるほど、どうやら彼の学校では、今日の午前中に入学式が執り行われたらしい。入学式の会場らしき講堂や、シゲが合格した大学の校舎が写真に収められている。


 僕は純粋に興味を持って、画像をスライドする右手の親指に力を込めていた。


 写真には、それはそれは色々な場所や、数多の景色が鮮明に切り取られていた。どれも手ブレや逆光が微塵も入り込んでおらず、数年前から知ってはいたが、やはりその腕前には感心させられる。


 シゲが親らしき人と一緒に、「〇〇大学入学式」の立て看板の前で写っているものもあれば、満開の桜と晴れ渡る青空のみが収められた写真もある。それから、この写真は……授業を受ける中規模な講堂を写したものに違いない。こっちの写真は学生寮を写したものだろうか……?






 ……あれ?


 十枚ほど眺めた所で、不意に、心の中に今まで感じていなかった仄暗い「何か」が顔を出した。


 抑えきれずに一言。


「これ、普通、僕に送ってくるかね……?」


 ボク浪人生なんですけど……。浪人生に自分の入学式の写真を大量に送りつけるって……、なかなかな行為(語彙力)だと思うんスけど……


 まぁ、僕の考えすぎといえば、考えすぎかもしれない。僕の嫉妬羨望といえばそれまでだし。こんな事でいちいち思考を働かせている僕に非があると言えば、確かにその通りかもしれない。

 それに、あいつはこんな事で自慢してくるような性悪な奴じゃない。それは数年間一緒に学校生活をやっていた僕が一番分かっている。


 ただ、親しき仲にも礼儀というものはある訳で……。そういう所も含めてアイツらしい……のかなぁ?アイツ写真撮るの好きだったし……


 う〜〜〜ん、と一捻り。


 別に、激しい怒りを感じるとか、侮蔑の意を覚えるとか、そんなどす黒くて淀んだ負の感情ではなく。ただただ純粋に、シゲちゃんそれはちょっとなぁ……。と少々の呆れにも似た感情を僕は抱いていた。


 何だか居たたまれなくなったので、僕はスマホを元あった左のポケットの中に戻した。


 パンパンに膨らんだ袋から空気が漏れていくように、肉野菜炒めを食して全身にみなぎっていた活力が急速に抜けていくように感じる。数十分歩き回っても疲労などこれっぽっちも感じていなかった頭と筋肉に、じんわりと「だるさ」が染み渡っていく。


 全身に広がる虚無感に任せて、僕は力なく腕を後方に投げ出した。




 ――これまでの展開(ストーリー)を踏まえて次の展開を予想するとしたら、恐らく次のようになるだろう。


 僕は暫くその場に座ったまま、対岸の桜をぼーっと眺め続ける。それから、何だかモヤモヤとした気持ちを抱えて、最短ルート――即ち、当初の予定通りに歩いて家に直帰する。晩御飯まで布団に潜り込んだ後、夕食を少し食べ、風呂に入り、その日の課題をこなす。


 それで、その一日は終わり。僕は嫌なことはすぐに忘れる性分だから、次の日には前日起きたことなど綺麗さっぱり忘れているだろう。


 ……きっとこんな風に、何気ない日々というものは、取るに足らない程小さな「嫌な事」をどこかに内包して、だらだらと過ぎ去っていく。(浪人生がだらだらとしていてはダメなのだが)


 まだ十代の僕が、人生について偉そうにのたまうのも傲慢甚だしい事だが、一部の重大なイベントや転機を除いて、人生の大半は少しのプラスとマイナスの繰り返しなのだと、僕は思う。それ故に、毎日がドラマティックであるなど、絶対にあり得ない事なのだと。


 ……だが、「神様」はいつも気まぐれに「きっかけ」を起こす。それに巻き込まれた人々が今度どのような運命を辿るかなど、一ミリも吟味しないくせに。「きっかけ」は人を幸にも不幸にも転ばせる。そして、大概において人は「きっかけ」に付随するチャンスを掴み損ない、不幸になってしまうのだ。




 ――だから、この場合、僕はいささか幸運であったのかもしれない。なぜなら、その「きっかけ」は、少なくともその一日限り、僕にとって、小さな小さなプラスの影響を与えたのだから。


 その邂逅は突然に。


 不意に、頭上から声が降ってきた。


「あの……人違いだったら申し訳ないんですけど……」


 僕は上の段差(僕が座っているのは高水敷と水路の間に広がる階段の中程である。この堤防は全体が階段状に作られている)に寄りかかったまま、頭だけを動かして声のする方角――即ち真上を見た。


 どこかで見た事があるような、ないような。そんな曖昧な顔が、視界の真ん中に浮かぶ。


(だれだコイツ……?まさか、花見客を狙った保険勧誘とかじゃないだろうな……)


 だがその警戒も束の間、次に彼の口から発された質問で、僕の記憶は完全に蘇った。


「もしかして、〇〇中学校の出身だったりします?」


 それは、僕の出身校だった。



 ……えっ??



 えーっと……



 ………………。



 あっ。



 あっ!?



 ああああああーーーーッ!?!?!?!?(悲鳴)



「思い出した!! お前鈴木(もちろん仮名)か!? うわーー久しぶり!!」


 普段の僕からは、想像出来ない程のハイテンションな喜びの挨拶が飛び出す。


 しかし、急な出来事に動揺してハイテンションな僕と対照的に、頭上で構えているそいつは全く動揺していないようだった。何なら、寧ろ冷たい感触さえした。つい先程の丁寧な物言いとのギャップが、そら恐ろしく感じられる程に。


「やぁ佐藤(仮名)……、久しぶりだな。調子はどうだ?」



 ――こうして、僕にとってのソロ花見第二ラウンドが、幕を開けた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 『日記』とか銘打ってる割に更新が遅くてすいません(^_^;)


 ……後編に続く!!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る