第4話 そのメイド 『援助』

「あの……大丈夫ですか?」

 屈んで声をかけて少年を気遣きづかいながらも、ミカコは道に散乱した上質な羊皮紙や羽根ペン、黒いインクが入ったガラス製の小瓶こびんなどをひろい上げて箱の中に戻していく。

 普通なら、あのくらいの高さから落下すれば小瓶が割れて石畳の道が黒いインクに染まっていただろうが、幸いにもミカコが拾い上げて箱に戻しているそれはかなり分厚いつくりのようで、中身のインクが飛び散らずにすんだ。

 インク瓶に目立った傷もないし、落として少々汚れた羊皮紙も、手でさっとほこりを払えばきれいに落ちるていどなので余計なことを言わなければ、少年は自身が仕える主人から大目玉を食らうことはないだろう。

「ありがとうございます、助かりました」

 少年は控えめに微笑み、申し訳なさそうに礼を告げる。

「いいえ」

 優しく微笑みながらも返事をしたミカコは手伝いを買って出る。

「もし良かったら、屋敷まで一緒にお持ちしましょうか? それだけ荷物が多いと、一人では大変なので」

「いや、これ以上のことは……」

 そう、困った顔で断りかけた少年はやや考え込むと、

「……そうですね。無理をして、ご主人様を困らせたくもないので……お手数ですが、よろしくお願いします」

 やがて考え直したように返事をしてミカコに頼った。申し訳なさそうに微笑みながら。



 遅いですね。

 ビンセント邸にて。ヴィアトリカお嬢様のお部屋の中で清掃とベッドメイキングをしていたロザンナが、やや浮ぬ顔をして一旦手の動きを止めると窓の方に視線を向けた。

「良かったら、僕が様子を見に行きましょうか?」

 不意に、窓から視線をそらしたロザンナが、気取った男の声がした方に視線を向ける。

 気品のある上下白のスーツを着用し、耳にかかるくらいの黄土色の髪に緑色の目をした青年が一人、気取った含み笑いを浮かべて扉が開いたままになっている部屋の戸口に佇んでいた。

 名を、エドガー。臨時のハウスメイドとしてミカコをこの屋敷に雇い入れてから間もないときに、とあるものを捜してここまで来た探偵だ。

 エドガーは、他に行く当てがないのでしばらくの間、ここに住まわせてくれと家主のヴィアトリカお嬢様に直談判。

 その後、お嬢様にとっては実の父親であり、悪魔によって命を奪われた前当主のゲイリー様と知人関係であることが判明し、お嬢様から許可を得て、客人として屋敷に住みついている。

「本来なら、上司に当たるこの私が、彼女を迎えに行くべきでしょうが……生憎あいにくとまだ、やらなければならい仕事がたくさんあります。お手数ですが、私の代わりにミカコをよろしくお願いします」

 ロザンナはそう事務的口調で返事をすると、安堵の笑みを浮かべておつかいに行かせたまま、未だに戻って来ないミカコをエドガーに託したのだった。

 初めは胡散臭うさんくさい人と警戒していましたが、彼なら安心して任せられます。そう、『本当の私』と上下関係にあるエドガーくんなら。

 エドガーが気づかないところでロザンナは一人、ミステリアスな雰囲気を漂わせて含み笑いをするのだった。



 前が見えるほどの大箱の上にバランスよく積んだ箱を両手で抱えたミカコは、金のロゴと店名の文字をあしらった、高級感漂う濃紺の大箱と、それよりもひとまわりほど小さな箱を積み、両手で抱えた少年と並んで石畳の通りを歩いていた。

 その道中、少年との会話のなかでミカコは、少年の名前がツバサであること、自身とは同い年であることと、これから向かう屋敷の主人に仕える執事であることを知った。

「ツバサくん、執事になって、どれくらい経つの?」

「うーんと……二十日くらい……だったかな」

「偶然! 私もちょうどそのくらいの時に、メイドになったのよ」

「それじゃ、僕らは使用人の同期だね!」

 メイドと執事では立場や仕事内容も異なるが、使用人であることには違いないのでミカコとツバサは同期になる。同い年でもあるがゆえ、今日会ったばかりなのに自然と距離感が縮まった。


 石畳の通りを抜けると噴水のある広場があり、そこから東の方へ進むと白を基調とした二階建ての、豪華絢爛な洋館が姿を現した。

「ここまで、一緒に荷物を運んでくれてありがとう!」

 屋敷の正面玄関に当たる、銀色の門の前でツバサがミカコに礼を告げる。

 にっこりとするツバサに、ミカコは穏やかな口調で返事をした。

「お役に立てて光栄だわ」

「本当に助かったよ! あとは……」

 さりげなく柵の門に視線を向けたツバサはそこまで言いかけて言葉に詰まる。

「どうしたの? ツバサくん」

「……」

 ミカコの問いかけにも返事をせず、冷たく締め切られた門を見詰めたまま、ツバサはフリーズしたままだ。

「あぁ……そう言うこと」

 ツバサの反応を見て、すぐにぴんときたミカコ、両手で抱えていた荷物を道の上に置くとツバサと並んで立ち、扉を開けた。少しだけ力を入れて推すと、観音開きの扉がわずかにきしんで開く。

「前が見えないほどの大箱を両手で抱えていたら、手が塞がって門を開けることは不可能よね」

 いささか冷めた視線をツバサに送りながら、ミカコが冷やかすように呟くと、

「あははは……」

 大荷物を両手で持ったまま、ツバサはばつが悪そうに苦笑した。

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