ミステリアスなメイドと幻影の世界

第2話 そのメイド 『調査』

　ミカコは、ヴィアトリカの屋敷を中心に、小さな英国の街ができていることを不審に思い、調査をしていた。

　領主としてヴィアトリカが屋敷を構えるこの土地は元来、日本国内に位置する広大な森なのである。しかも地図にも載（の）っていない、幻の街と化しているのだ。

　事実、この街の周辺には結界が張られていて、見た目は手つかずの森が広がっているように見えるのだが、結界を通り抜けると今から二世紀ほど前に多く見られた建築物や、英国貴族を乗せた馬車や一般の町民達が通りを往来している。

　日本国内にいながら、古き良き英国の世界にタイムトラベルができると言う、なんとも不思議な情緒（じょうちょ）と風景だ。

　これはきっと、なにかがある。

　悪魔封じを使命とする神仕いとしての経験からそうふんだミカコは、街の中へと足を踏み入れたのだった。

　街の中心部、新鮮な野菜や肉や魚などを扱った市場がある広場までやって来たときだった。ふとすれ違った青年から、『悪魔の気配』を感じ取ったのは。

　ミカコには、悪魔を封じることのできる特殊能力がある。ゆえに、瞬時に悪魔の気配を感じ取ることもできるのだ。なので、その能力を発揮したミカコは、すぐさま青年の後を追いかけた。

「あ、あのっ……！」

　長身でスレンダーなメイドを連れた貴族の青年の腕をつかみ、引き留めたミカコ。条件反射で振り向いた青年が不審な目つきでミカコを見詰（みつ）める。

「あっ……ごめんなさい。人違いでした」

　ミカコはとっさに謝ると、

「し、失礼します！」

　ぎこちなく一礼をして逃げるようにその場を後にした。

　まさかあの人に面と向かって、あなた悪魔が取り憑（つ）いてますよ！　なんて言えるわけがない。

　後の調査で、ミカコがとっさに声をかけた青年こそが、謎の依頼人から受け取った手紙に記されていた、ヴィアトリカ・ビンセントであることが判明。

　この時代に合った、ドレス姿のお嬢様を想像していたミカコは、まさか男装しているとはみじんも思っていなかったので驚きを隠せなかった。

　そして、市場の聞き込みで彼女の屋敷にて臨時のメイドを募集している、との情報をキャッチし、屋敷で行われた面接をクリアして今にいたっている。

　順序として、お目当てのヴィアトリカお嬢様と接触した後は、手紙を送りつけてきた依頼人との接触も試みたいところだが……住所も氏名も不明のままでは捜（さが）しようがない。

　依頼人についてはおいおい捜すとして、今は悪魔封じの任務に取りかかろう。

　そう考えたミカコは、ハウスメイドとしての業務をこなすかたわら、ヴィアトリカに近づけるチャンスを窺（うかが）っていた。

　立場上、使用人が主人とお近づきにはなれない。少しでも近づこうとすると家政婦長（ハウスキーパー）のロザンナに邪魔されてしまうのだ。

　ロザンナはミカコとはふたつ違いのお姉さんになるが、あくまで上司と部下の関係。と言うこともあり、ミカコは上司となるロザンナには逆らえない。

　その上、女主人となるヴィアトリカの傍には常に、手厳しい彼女の姿があった。だからこそ、慎重に事を運びたいのだ。

　この十三日もの間、ミカコは歌っていた。屋敷の庭で掃き掃除をしているときも、室内で窓や床、階段の手すりなどを水拭きしているときも。食事を取るときと寝るとき以外は常に歌っていた。

　最初は日本にゆかりのある童謡や、作曲家の滝廉太郎（たきれんたろう）の『花』を歌ったりしていたが、十日も経つと日本国内で誕生した昭和の歌謡曲、平成、令和から新登場した今はやりのJポップなども織り交ぜて歌うようになった。

　完全に気晴しで歌っているのだが、喜怒哀楽の感情を込めたミカコの歌がヴィアトリカの耳にも届き、いつしか、ヴィアトリカの方から声をかけてくれるようになった。ミカコの歌を聴いているうちに、日本と言う国に興味を持ったらしい。

　結界に覆われた広大な森の中に閉じ籠もっているせいなのか、ヴィアトリカは日本国内にいながらその国のことを全く知らない。それどころか、ミカコの歌が、話が、自身が今いる時代よりもはるか遠い未来のように、ヴィアトリカには聞こえているようだった。

　ヴィアトリカやこの屋敷の使用人も含む、この街の人達は皆、話し方も考え方もどこか古めかしい。ミカコの視点で言うならば、突如（とつじょ）として出現した『過去の先人達』が小さな街を築き、街の中だけで生活をともにしているのだ。

『過去の先人達』には、現世のことはまったく分からない。彼らにとってそこははるか遠い未来に感じる筈だ。それはまるで、彼らが現世に置き去りにされたような、なんとも言えぬ侘（わび）しさがあった。