第3話 観劇

 舞台を観客席から、それも一番良い真正面の席で見たうちは感動やった。丁度、泣きのトニア得意の帝国の黒真珠の君の芝居やった。何年も王国ではやっとらんかった演目や。


 感動したけど、うちは怖くなってきた。


 座長が王国での上演を止めたのは、あの事件のあとや。皇国の黒真珠の君と呼ばれた故フロレンティナ王妃様の忘れ形見の第一王子シルベストレ殿下と、辺境伯様のご長男アキレス様が、皇国へ向かう途中に土砂崩れに巻き込まれて行方不明になりはった。土砂崩れが酷くて、あの道は今も通行止めや。


 事故の直後に、同じく故フロレンティナ王妃様の忘れ形見である第二王子ライムンド殿下が、母の魂のために、兄の無事を祈るためにと、大地母神様の神殿の神官になりはった。続いて先王様の頃からの宰相が高齢を理由に引退しはった。何かおかしいと思うやん。誰でも。極め付けが、引退しはった宰相の後釜や。今の宰相は、あの王妃パメラ陛下の父親やで。阿呆ぼんペドロ殿下の母親、貴族の令嬢やのに阿婆擦あばずれと罵られるひとの父親やで。


 これに何も問題ないと思う人はちょっと、えっと、何と言うたらえぇか。お上品に、お上品に。そうそう。これから色々と新しいことを知ることができる、お幸せな方でいらっしゃいますわね。と言うといたらえぇな。


 うちは、貴婦人のコンスタンサと言われるようになるんや。その頭は飾り物(もん)かって、思うのはえぇけど言うたらいかん。


 皇国から嫁いできはった王妃様が亡くなられ、皇国の血を引く王子様のお一人が行方不明、お一人が神官様となり、先の国王陛下と一緒に皇国との融和を勧めた宰相の引退。後釜は、あの阿婆擦(あばず)れ王妃パメラ陛下のお父ちゃんって、何かあったに決まっとるやん。


 パメラ王妃は、あの故フロレンティナ様の喪中に、国王プリニオ陛下と結婚しはったからな。新婚早々に腹が目立つようになって、第三王子ペドロ殿下を生みはった。国王プリニオ陛下も再婚して間もなくお子様に恵まれて御目出度いことでなんて、まぁ、お貴族様は思ってなくても、そういうことくらい言うてなんぼなんやろうけど。


 結婚して一ヶ月もせんうちに、腹が目立つなんて、なぁ。わからん人はあれや。えっと、えっと、うん。これから色々と新しいことを知ることができるお幸せな方でいらっしゃいますこと。


 引退しはった宰相は、既に色々知り尽くした人やったんやろうね。思い切った決断やけど、そのおかげでライムンド殿下はご存命や。


 大地母神様の教義は、生まれた国も身分も大地母神様の前では関係あらへんことになってる。大地母神様の神殿は国境を越えた繋がりがあって、皇国の大神殿が一番格上で、そこの最高位の大神官長様が、皇国の皇帝の弟君ハビエル殿下や。黒真珠の君のお兄様のお一人やね。これでも、色々わからん人は、えっと、まぁ。お幸せな方ですこと。


 久しぶりの黒真珠の君の演目は大人気で、客席は満員やった。芝居が人気なのはえぇけど。座長が何を考えとるのかわからんのが怖い。


 人気演目の復活に沸き立つ観客の熱気が恐ろしいわ。王妃パメラ陛下がこの芝居の盛り上がりを知ったら、どない思いはるかうちでもわかるで。王妃パメラ陛下は人気ないねん。亡くなられた今でも皇国の黒真珠の君と称えられるフロレンティナ様と、阿婆擦(あばず)れ王妃って罵られる王妃パメラ陛下やから、何の勝負にもならん。


 先日参加させてもろうた夜会でも、先の国王陛下の皇国との融和策を引き継いでいきたい貴族と、そうでない貴族で真っ二つやった。どう考えてもあれは大変なことや。


 王国はどうあがいても皇国には勝たれへん。相手にもならん。まぁ、皇国の周辺にある王国全部が徒党を組んだら話は別かもしれんけど。皇国の目を盗んで密約を結ぶなんて無理無理。それに、お互い王様やで、意地も面子もあるから、同盟なんて上手くいくわけないし。昔、三つの王国が潰し合いして全部皇国に取り込まれたのは芝居になっとるくらいや。


 先の国王陛下と引退しはった宰相様が皇国との融和作を勧めたのも、王国のためや。皇国の黒真珠の君フロレンティナ様を次世代の王妃様としてお迎えしたがその一つや。辺境伯夫人のカンデラリア様は、その時に辺境伯様にお会いになって、後に嫁いでこられた。王国は皇国の皇族の姫君お二人をお迎えして強固な縁を築いた。先の国王陛下が何を考えてはったか、うちら旅芸人でも平民でもわかるのに。


 阿呆ぼんペドロ殿下のお父上、国王プリニオ陛下も大概なんやろうか。


 先代国王陛下の妹君、結婚前はフィデリア殿下と呼ばれた御方が、辺境伯夫人であることの重要性もわからんのかな。辺境伯様と御一族は、王国の中でも皇国との国境地帯の警備を担ってはる。うちらのような、国境を越える旅芸人や商人や職人にとって足を向けて寝るなんて出来ない御方々や。皇国との外交も代々の辺境伯様のお仕事やから、王国の人達、特に貴族は、辺境伯様のことは、無視できへんはずやねんけど。


 阿呆ぼんペドロ殿下は、うちが黒髪やというだけで、エスメラルダ様とうちを取り違えはった。瞳の色も同じ空色とはいえ、あかんわ。


 黒髪のことも罵ったしな。あれは大変なことや。ご自身で、皇国と繋がりがある貴族のほとんど全部を敵に回したわけや。国王プリニオ陛下と王妃パメラ陛下は何を教えとった、えぇっと、あかん。不敬や。これからご子息のご教育に、ますます励んでくださるご予定なのでしょうね、がえぇな。


 もうすぐ成人とちゃうかったっけ。時間があらへんのちゃうんか。ってあかんわ。えっと、きっととても優秀な先生を雇っておらえるのでしょうね。


 皇国は、うちが生まれる前の一時期いろいろあった。騎士姫カンデラリア様のご活躍もその頃や。当時はちょっと勢いがなかったとか聞くけど、今はそんな雰囲気微塵ものこっとらん。今の皇国の国力は王国よりも遙かに上や。うちらみたいに両方見たことある人間なら、誰でも知っとる。


 皇国の黒真珠の君フロレンティナ様が亡くなられ、今の王妃パメラ陛下になってから、王国の貴族の間で皇国離れが進んで、皇国の言葉もわからん貴族がおるって、商人のおっちゃんたちが呆れとったけど、あの夜会でも真っ二つやったから、本当かもしれへんな。


 隣りにある自分達より強い国の言葉もわからんかったら、戦わんでも負けるやん。阿呆ちゃうか。やのうて、えっと、これから賢くなる可能性に満ちた方々が沢山おられるようですね、って言えばえぇんかな。いずれにせよ、頭が御目出度いことやわ。


 王国は今後どうなるんやろう。皇国から嫁いでこられて、幼い王子お二人を遺して儚くなられた黒真珠の君への熱狂と、あの日の真っ二つに分かれた夜会の光景は、王国が崩れていく前触れのようやった。


 一座が王国にいる間に、厄介なことにならんかったらえぇけど。でも厄介なことになったら、大変なのは辺境伯様の御一族や。どう考えても、今の王家の御三方、阿呆ぼんペドロ殿下と、国王プリニオ陛下、王妃パメラ陛下に振り回されそうや。


 笑顔で舞台に惜しみない拍手を贈るフィデリア様に、申し訳ない気持ちになった。お世話になってるけど、旅芸人の端役のうちには、なにも出来へん。辺境伯様御一家に、何か悪いことが起こりませんように。うちは心の中で、大地母神様にお祈りをした。

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