旅芸人のうちは、貴婦人のコンスタンサと呼ばれる大役者になるために頑張って、それから

海堂 岬

第一章 夜会

第1話 初めての夜会1

 天井から吊るされた幾つものシャンデリアが、蠟燭の炎を反射させ燦然と輝き、華やかな衣装に身を包んだ人々を照らす。人々の身を飾る綺羅綺羅しい宝石の眩い輝きが、楽しげな声でのお喋りに合わせて揺れる。楽団が奏でる音楽が大広間を包み込む。


 吟遊詩人達が歌う夢のような場所、うちが本来は絶対に足を踏み入れることなんて出来へん場所、貴族の夜会にうちはおった。これも全ては大地母神様のおかげや。うちは心のなかで大地母神様にお礼のお祈りをした。


 勿論、ほんまにうちを連れてきてくれはった御方への御礼もきちんと言葉でお伝えする。

「本当にありがとうございます」

一座の中では皇国語を喋ることのほうが多いから、王国語の抑揚はちょっとむずかしい。うちの言葉にフィデリア様は微笑んでくださった。

「可愛いコンスタンサ。あなたに喜んでもらえて嬉しいわ。私も若い女性の見聞を広げることができて幸いです。是非、あなたの夢に今日という日が役に立てばと思います。応援していますからね」

「はい」

フィデリア様の言葉に、うちは教わったことを思い出しながら、できるだけ優雅に微笑み、ゆっくりと会釈した。

「そうね。そのとおりです。本当に上手になりました」

「大奥様と奥様とお嬢様のご指導のおかげです」

どこにでも居る孤児で、旅芸人の一座の端役で舞台に立つだけのうちに、お三方は本当に丁寧に指導してくれはった。うちは心から感謝しとる。


「その言葉は、私も嬉しく思います」

鷹揚おうように頷くフィデリアの貫禄かんろくは流石や。亡くなられた先王陛下の妹君、かつてはフィデリア殿下と呼ばれた御方や。今は先代辺境伯夫人様や。お年を召されてなお一層磨きのかかった知性からにじみ出る美しさが素晴らしい。うちは、フィデリア様のお年と同じくらいになった時に、知性と美を兼ね備えたフィデリア様のようになりたいわぁ。憧れや。


 フィデリア様の周りには、辺境伯様のご親族の方々やご関係の方々が、次々と挨拶にいらっしゃる。フィデリア様は、うちのことをお孫様であるエスメラルダ様の友人のコンスタンサと紹介してくれはった。嬉しいことや。親がどこの誰かもわからんうちが、辺境伯様のお嬢様エスメラルダ様とお友達やで。もうこうなったら絶対、うちは大役者になって貴婦人のコンスタンサという二つ名で呼ばれるようになるねん。絶対になる。


 フィデリア様のところにご挨拶にはる方々は、皆様本当に優雅で美しい。貴族とは貴婦人とは、どうあるべきかのお手本のような方々や。髪色が黒や濃い茶色で直毛の人が多いのは、皇国の貴族との婚姻関係がある方が多いからや。瞳の色は様々や。うちは明るい空色の瞳やけど。青系は空色から深い青や緑系、茶系は黄色から焦げ茶色まで色とりどりや。


 今日の夜会を主催しはった辺境伯様のお姉様の旦那様も黒髪や。皇国の近くに領地を持つ王国の貴族の大半は、皇国の貴族と血縁関係がある。戦争するくらいなら、親戚になって仲良くしたほうが賢いというのが、国境地帯で前からあった考え方や。フィデリア様がおっしゃるには、先々代の国王陛下であるフィデリア様の御父様が、国境地帯の考え方を取り入れはった。皇国と王国が揉めとった時代の王様の決断やと思うと、感慨深いわ。


 跡を継いだフィデリア様のお兄様である先の国王陛下と先代の辺境伯イノセンシオ様が、皇国との融和を国全体の方針としはった。王国と皇国の貴族の婚姻は増え、国境地帯の紛争は無くなって、今もうちら旅芸人は安全に旅が出来る。フィデリア様は、うちら旅芸人の恩人のお嬢さんであり奥方様や。まぁ、時々盗賊が出るけど、こないだの辺境伯イサンドロ様のご活躍があるから、当面は安全やろう。嬉しいわ。


 衣装もそう。皇国でしか織られていない布を贅沢につかった衣装の美しさは、もう、うちの貧相な語彙では言葉にならへん。座長が勉強は大切やと皇国語と王国語の読み書きをうちらに一生懸命教えてくれはる意味が、ようわかった。せっかくの場所にいるのに、感動が言葉にならへんのが、ほんまに悲しい。一座の皆に説明しようにも、言葉が無いねん。溢れる思いがそのまま宙ぶらりんになるねん。つらいわ。綺麗や美しいでは足りへんねん。


 深い襟ぐりに、薄くて柔らかいのに張りと艶がある布のフリルを重ねて胸元を強調してから腰回りを引き締めたあと、腰からは織り方を変えてより張りをもたせた厚い生地が裾に向かってゆっくりと広がっていく。生地の光沢が一つ一つの動きに合わせてきらめいて、本当に美しい。


 皇国が、布を織る技術を秘匿して、反物一つやのうて、かせや端切れの販売を管理するのはわかるわ。貿易や商売の問題やないで。あれは一つの外交の道具や。さすがは名君と名高い皇国皇帝ビクトリアノ陛下やわ。


 なかなかに怖いお人やらしいけど。

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