心臓を貫きし狂戦姫(1)

「ふ、フローラさんッ!」

「あ、ああ、ああああああアアあああ、あアああアアアアアあ、ああ――く、ふふ、ふフ、アハっ、アハハハ、アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」


 悲痛な叫びは、やがて、狂気に満ちた、言葉の末端に音符マークが浮かんでいそうな――そんな笑いへと変わっていく。


 さっきまでのフローラとは、まるで――いや、完全に別人だった。多重人格……なのか?


 いや、それどころではない。だって、あの漆黒の左剣は、確実に――フローラの心臓を貫いている。痛々しい、で済まされる話じゃないぞ。


「ふっ、アッハハハハハハハ!! このを殺そうだと? 笑わせてくれる。制限武器なんぞに頼らなければ、戦場にさえ立てない雑魚に、このわれが殺されるはずがなかろうに?」


 普段よりも一段低く、通る声で――フローラは、初老の男へ、堂々と言い放つ。


 彼女の声に、痛みや苦しみといった感情はない。いや、確かに痛いはず。しかし、その痛みさえも――快楽へと変換しているようにさえ見えてしまう。


 だが、やっと理解できた。


狂戦姫ベルセルス、か……」


 あの時、フローラが、『ランク4』程度の相手に、何もできずに追い詰められていたこと。

 あんなに温厚で、優しさにあふれるフローラが、『狂戦姫』という二つ名で呼ばれていること。

 自分の能力を『好きではない』と、そう評価していたこと。


 その全てが――ひとつに繋がった。そんな気がする。


「フッ、ハハッ、アハハハハハハハ! キサマから仕掛けてきたんだ。せいぜい、われを楽しませよ? ――はあああああああああああアァァァァァアアアアアアアアアッッ!!」


 左腰に携えていた、黒い左剣の影に隠れていたせいか、全然気が付かなかったが……装備していた『三本目の剣』。


 『宵鴉の左爪クロウネーゲル』と入れ替えていたと思っていた、金色の双剣、その左側を一瞬で引き抜いて――胸に剣を突き刺したまま、左右に剣を握ったフローラが弾丸のように突っ込んでいく。


 当然、男もただ突っ立っているだけではなく、クリスタルのような拳銃から、氷柱をつづけて発射する。


 狙いは正確だ。しかし――「遅いッ!」――フローラがそう一蹴し、高らかな嗤い声を振りまきながら、氷の銃弾を容易く弾き返す。


 俺じゃ、目の前を通り過ぎようとした所を、ギリギリで切り落とすのが限界だったってのに。フローラは、相手との距離が縮まり、ただでさえ短い猶予がさらに短いにも関わらず、しっかりと動きを見た上で、その全てに対応していた。


「遅い、遅い遅い遅い遅い遅い、遅ッ――いッ!!」


 そして彼女は、撃ち続けられているとは思えない勢いで、男との距離を詰めていき――ついに、双剣の刃が相手へ届く位置まで追いついた。


 決して、男も棒立ちだった訳じゃない。正確な射撃をしながら、決して振り返らずに後ろへと下がっていく様子を見るに、あの男も相当に戦い慣れているはずだ。


 しかし、そんな技術や場数といった要素さえ、ひっくり返してしまうほどに、フローラはとにかく――『圧倒的』そう言わざるを得ない。


 右の剣を一振り――キィィンッ! 金属と銃の触れ合う音が、甲高く響いたと同時。フローラの一撃で、透明な拳銃は高く、くるりと飛ばされる。


 男は、それを追おうとするが、すぐに諦めた。……追えば、フローラに隙を晒すこととなってしまうからだろう。


 カラン、カラン、と落ちた銃を諦めて、男は一歩後ずさる。そして、懐から取り出したのは――折り畳んで携帯できるタイプの短剣だった。


 まさか、剣も使えるのか? と、俺は身構えたが……そんなものは杞憂だったと教えられる。


 フローラが、再び一瞬で距離を詰めると、男が剣を構える間もなく、そちらも弾き飛ばしてしまったからだ。


 そして、左の剣を、ぐいっと男の首元へと突きつける。……それは、いつでも首をはねられるというメッセージだった。


 この勝負。誰が見るまでもなく、フローラの圧倒的勝利だろう。


 ――ただし、戦闘特区で行われている『決闘』のルールに則れば、の話ではあるが――。


 より具体的には。胸元に取り付けられた『バッジ』の破壊だったり、爆弾といった、武器の域を超えたアイテムの使用が禁止だったりといった、細かいルールが定めされている戦いであれば。


「――フローラさんっ、近付いたら――危ないッ!」


 フローラの立っている場所。男の真正面からは見えないが……俺のいた場所からは、見えてしまった。


 男のズボンのポケットから少しだけ顔を出した、を掴み――左手で、慌てて取り出そうとする光景が。


 見ただけでは、アレが一体何なのかまでは分からない。だが、男は既に追い詰められていて、最終手段として、それに手を伸ばしたとなれば――一つの可能性に思い至る。


 そして、もしその可能性が、当たっているとすれば。


「くっそおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッッ!!」


 俺の能力。《手繰刹那たぐりせつな》はまだ使えない。一度使えば、約五分のインターバルが必要となる。俺の、あまりに便利な力にかかっている、唯一の制限リミッターだ。


 しかし、能力に頼れないからといって、じっとしている訳にはいかない。俺は、急いでフローラの元へと走り、とにかく――あの危険な男から離れるように、今の俺が出せる全速力で走る。


 ここまでする必要があったかどうかは、直後、答え合わせが始まった。


 ――ドゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 さっきまで俺たちが。そして、初老の男が立っていた、バス停前の広場が、大爆発した。


 そう。あの筒の正体は爆弾で、あの男は、自爆覚悟の最終手段として、アレを起爆したのだった。


 フローラは、気付くのが遅れていた。――もし、俺も見逃していたら。その先は想像も、言葉にもしたくない内容だ。


 そして、爆発によってコンクリートが崩れて、舞い上がった粉塵が止んだ、そこには。


 ……男の姿は、すっかり消え去っていた。

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