第3話 カクヨムとの出会い

 平成が間もなく終わりを迎えようとしていた2018年。

 当時の僕は仕事に追われ、家に帰るとくつろぐ時間もないまま眠くなる……そんな毎日が続き、心が渇ききっていたように思います。

 そんなある日、たまたまインターネットであてもなくネットサーフィンをしていた時、これは面白いと思って読んだのが、某小説投稿サイトに掲載されていた小説でした。


 「え? これって本当にプロじゃなくて素人さんの作品?」 


 読み終えた僕はあっけにとられました。

 もちろん、細かく見るとプロの作家の作品と比較して物足りなさを感じる所はあるけれど、伸び伸びと楽しく自分の世界を小説を通して表現していました。

 そんな世界を垣間見るうちに、僕は久しぶりに「書きたい!」という気持ちがムクムクと湧き上がってきました。

 でも、不安が全くないわけではありません。

 小説を書く作業からもう二十年以上遠ざかっているけど、果たして勘を取り戻せるだろうか? そして投稿サイト上にあまたある作品の中から、自分の書いた作品をどこかの誰かが見つけ、受け入れてくれるのだろうか? 

 色々と不安は尽きませんでしたが、当時の僕は「書きたい!」という気持ちが不安を上回っていました。

 数々の投稿サイトを比較して、最終的に「カクヨム」を選びました。造りがシンプルでわかりやすいこと、読者が気軽にコメントやレビューを付けていたこと、「カクヨムコン」など数々の企画が用意され、作者たちのやる気を引き出す工夫がなされていたことが、選んだ理由でした。


 次に、最初の投稿作品として何を書こうか? という壁に当たりました。全くの新作にするか、二十数年前の作品を掘り出して加除修正を加えて投稿するか……色々思索しましたが、その時僕は、かつて同人誌イベントで発行した漫画「書き下ろし」のことが頭に浮かびました。

 この作品に登場する主人公・あおいは僕とほぼ同年代という設定。僕は、自分自身を映しだす鏡のようにあおいを描いていました。受験生、そして大学生になったあおいはあの時から時間を経て、今はどうなったのだろうか……? 

 いずれ続編を書こうと思っていましたが、僕はこのカクヨムに登録したのをきっかけに、主人公の「現在」を漫画でなく小説として書いてみようと思いました。以前漫画で描いていた設定をそのまま使えるので、投稿のためにわざわざ新しい世界を構築しなくていいし、その点ではやりやすいだろう、というのもありました。

 こうして、カクヨムへの最初の投稿作品として「書き下ろし~青春のリグレット~」を書き始めました。

 主人公のあおいは四十五歳。都内でフリーライターの夫と小学生の娘と三人暮らし。勤めている出版社では中堅クラスに上り詰め、部下を持つ立場になった……という設定でした。しかし、初めて抱えた部下たちはみんな自己主張が強く、本来は部下に任せるべき仕事を自分でやる羽目になり、ついには体調を崩して仕事に行けなくなるという、読む側もちょっとブルーな気持ちになる展開で書き進めました。

 作中に登場しているあおいの部下は、実は当時の僕の部下にちょっと脚色を加えて登場させたものでした。当時の部下たちの能力は皆とても高いものの、揃いもそろって個性が強く、仕事する上では心苦しいことが多かった記憶があります。しかし僕は彼らのことを憎む気にはなれず、むしろ彼らの強すぎる個性は小説にもそのまま活かせるのではないか? と思ったのです。

 登場人物や物語設定を終えると、色々と頭をひねっていた書き始めの頃の苦労が嘘のように、キーボードを押すスピードが一気に上がりました。物語を書けば書くほど面白い!、そして楽しい! と思うようになっていたのです。

 しかし、連載当時、この作品に読者からのハートマークや星マークがつくことは全くありませんでした。当時はまだフォロワーがおらず、僕自身も他のユーザーをフォローしていなかったので、今考えるとこの結果はやむを得ないと思えるのですが、当時の僕は「やっぱり自分には小説を書く才能がなかったんだ……」と、すっかり肩を落としてしまいました。

 でも僕は、最初の投稿作品が「書き下ろし」だったことについて、全く後悔がありません。登場人物に思い入れが強く、そして何よりも、「書くこと」ってこんなに楽しいんだって思わせてくれた作品でしたから。


 その後僕は、しばらく「ヨム」側に徹し、他のユーザーの作品を読みまくりました。自分には何が足りなかったんだろう、どこをどう直せば、読者の気持ちをつかめるんだろう……それを見極めたい一心でした。

 人気ジャンルの異世界や転生はそれぞれ読んでいて面白いとは思いましたが、自分でその世界を作り上げることはちょっと厳しいと思いました。中高生の頃ならば当時嵌ったドラゴンクエストのような作品を書けたかもしれませんが、歳を重ねた今となっては書きにくい題材でした。

 色々読んだ中、自分が一番しっくりきたのは現代を舞台にした身近な世界の物語でした。人間関係、仕事、学校、地域社会……置かれた環境に翻弄されながらも、必死にもがき、夢に向かってひたむきに生きていく人たちを描く話に心が惹かれました。そして自分も、こういう方向性で物語を綴っていきたいと自然に思うようになりました。


 じっくりと「ヨム」に徹した期間を経て、僕は翌年「メダカのキモチ」「海の声がきこえるかい」そして「一瞬の夏」と、三作連続で作品を仕上げました。

 いずれも自分に周りにあるもの、自分の目で確かめ、経験してきたことを作品の題材として書きました。「メダカ……」では当時飼っていたメダカと、かつて住んでいた西東京市のことを題材にしましたし、「海の声……」は、自分の住む町の沿岸部の漁師町と、遠い昔に職場の仲間と出場したいかだ競争のことを思い出しながら書きました。

 そして、僕にとって今も思い出に残る作品となった「一瞬の夏」……この作品は僕が幼い頃に遊びに行った母親の実家がある田舎の風景を思い浮かべながら書きました。

 ここまで連続で作品を投稿したものの、なかなか評価は得られず、僕の作品の星マーク数はすべて「ゼロ」のままでした。そんなある日、「一瞬の夏」の続きの編集をしようとカクヨムにアクセスしたその時、ページ上部の鐘の部分に、それまで見たことのない赤いモノが灯っていました。僕は慌てて確認すると、前回の投稿分に見知らぬ誰かがハートマークとコメントを付けていました。

 この出来事が僕の創作への情熱を燃え上がらせ、その後の気持ちを決めさせるキッカケとなりました。

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