第6話

 ☆

 後頭部が発火しそうだ。 なぜか? 火の手が上がると錯覚するほどの視線を浴びているからだ。


 街に戻る道すがら、夕日に照らされた街道を無言で歩く俺の後ろから、ユティたんは熱視線を送りながら歩いている。 しかも無言で。


 『なぁピピリッタ氏』


 『なによ自称爽やか系お兄さんを名乗るロリコンの変態ナルシスト!』


 『敬称なげーよ。 じゃなくて、この子さっきからスッゲー見てくるんですけど』


 『そりゃあ身分証も持ってないくせにアホほど強い男がいたら、気にもなるわよ』


 無言に耐えかねて胸ポケットに隠れていたピピリッタ氏に脳内会話を送ったのだが、ピピリッタ氏の的確な指摘に舌を巻いてしまう。


 なるほどここまでの熱視線、俺には理由がわかってしまった。


 『まったく、モテる男は辛いぜ』


 『は? きも』


 イラっときたが、一人でに怒り始めたらユティたんに変人だと思われてしまう。 ここは平常心。


 大きく息を吸い、肺いっぱいに酸素を取り入れて怒りを収める。 風に流れる草々の青々とした香りや、排気ガスに汚染されていない自然の空気は非常に心を安らげてくれる。


 頬を撫でるようなそよ風が吹き、俺の怒りは見事収まった。 ……のだが、


 「あっ、あの! ティーケル様」


 「ん、なんだ?」


 突然背後から声をかけてきたユティたん、なぜか緊張していたのは声音を聞けばわかる。 先程までより半音上がった上擦った声。


 なにか、大切なことでも聞こうとしてるのだろうか?


 「安心しろユティたん。 俺に彼女はいない」


 「え? あー、はい。 そうなんですね」


 この反応から推測するに、この子が聞こうとしていた内容は俺に彼女がいるかいないかではないようだ。


 脳内に響く本日三度目の『まじきも』を、軽くスルーし、歩みは止めずに首だけで視線を向けると、ユティたんが長い髪の毛を耳にかけるような仕草をした。 なぜか胃が痛そうな顔をしている。


 少々ぎこちなくてわざとらしいその仕草だったが、髪の毛を耳にかける仕草は割と胸キュンする男が多い。 まったくユティたんめ、俺をそんじょそこらの一般男性だと思ったら火傷するぜ☆!


 なーんてことを考えていたら、ユティたんの耳に視線が釘付けになった。


 「ん? その耳……もしかして君、亜人種?」


 「あ、その! ごめんなさい! 隠していたわけではないんです! 本当にごめんなさい!」


 なぜか、ユティたんは突然青ざめながら怯えだす。 俺って普通に喋ると怒ってるように聞こえるのかな?


 苦悩する俺の脳に、ピピリッタ氏がメッセージを飛ばしてきた。


 『ああ、なるほど。 そう言うことだったのね』


 『おやピピリッタ氏、君も気がついてしまったかね』


 『え? 嘘。 あなたあの子の種族知ってるの? この世界に来たばっかりなのに?』


 『おいおい、オタクを舐めるなよピピリッタ氏、これはあれだ——』


 「——君の種族、セイレーンか何かだろう?」


 指を弾き、乾いた音を響かせながら片目を瞑り、弾いた指をユティたんに向ける。 柄にもなくイケメンムーブをしてしまった。 惚れんなよ?


 「……えっと、違います」


 『あんた、マジで大馬鹿なのね』


 数秒の沈黙と共に乾っ風が吹き、むなしい気持ちになってしまった。


 なんも言えねえとはこの事だ。 空気が気まずいので、気を取り直して普通に喋る。


 「ユティたん。 君のその耳を見れば、君が人じゃないことは俺でもわかる。 きっと海の底とか水質が綺麗な湖に住んでる一族だろう?」


 そう、ユティたんの耳は長い髪の毛とハーフアップされていた毛束に隠されていたが、魚の背鰭のようなトゲトゲとした耳をしていた。 って言うかあれは耳と言っていいのだろうか? メバルの鰭みたいで触ったら痛そうだ。


 おそらく海に関わる種族なのだろう。 俺はてっきりこの可愛い見た目からセイレーンというワードを選んだが、どうやら違うようだった。


 「私、その……アハト族っていう、海底王国アハトラ出身の種族なんです」


 「ははーん。 なるほどな、その綺麗な水色の髪の毛は海を連想しやすいキャラデザだ。 それに君の衣装も涼しげでヒラヒラとした純白のワンピース。 ふっ、わかりやすくて助かるぜ」


 ユティたんのワンピースはオールホワイトでレースがついている可愛らしい服装だった。 麦わら帽子をかぶせたら右に出るものはいないだろう。


 初見で分かるほど分かりやすい水属性なキャラデザ。 俺が初めて見た時に感じた水属性っぽいと表現した印象は間違いではなかったのだ。 さすが俺。


 「んーっと、きゃらでざ? 一体なんのことでしょうか?」なんて言って素っ頓狂な顔をしているユティたんだったが、俺は何事もなかったかのような声調で会話を続ける。


 「初めて聞く種族だね、アハト族。 なんか、ミリタリー好きが反応しそうじゃない?」


 「えーっと、ちょっとお待ちくださいティーケル様。 あなたは先ほどから何を言っているのかさっぱりわかりません」


 気がつくと、テンションが上がりすぎて意味のわからないことばかり言ってしまっていた。 これはオタクの悪い癖である。


 それはともかく、俺は足を止めて振り返った。 釣られてユティたんもびくりと肩を跳ねさせながら急停止する。


 先ほどからなぜか気まずそうに視線を泳がせているユティたん。 何に怯えているのだろうか?


 おそらく理由は単純明快。 恋する乙女は意中の相手の前では緊張して震えてしまったり、伝えたいことを言葉にできないものなのだ。


 紳士たるもの、そう言ったところにまで気を回せなくては恥である。


 これから宿屋を借りるために尽力してもらったり、冒険者の仕事についていろいろ聞くつもりなのだ。 好感度を上げて依存させてしまった方がそういった情報集めは効率がいいだろう。


 人間関係なんて切ろうと思えば簡単に切れるのだ。 いざ面倒ごとが始まりそうなら即座に幻滅でもしてもらえるよう立ち回ればいいだけのこと。


 つまりここでの最適解は、自ら持って生まれた天性の容姿を駆使し、目の前の美少女を籠絡することである!


 「心配しないでくれよユティたん。 アハト族、初めて聞く種族だけど俺にはわかる。 きっと、海の中に住んでる精霊さんか何かなんだろう?」


 「えっと、精霊さんだなんて恐れ多いです。 人間とさほど変わらない容姿をしていますが、唯一特徴的なのは耳がエラのようにトゲトゲしているところと、首筋に水の中で呼吸するための空気孔があるくらいです。 アハト族は海の中で呼吸ができたり、水の呪歌セイズが得意だったりしますから」


 「ん? 呪歌? まあそういう謎ワードについては後で聞く。 ともかくユティたん。 安心するんだ。 俺はエルフだろうがドワーフだろうが、獣人だろうが魔族だろうが分け隔てなく推せる紳士だ。 君が水の中に住むアハト族だったとしても、特に気にしないさ」


 今の俺は顔の周りにイケメンだけが出せるキラキラエフェクトを噴出している(つもり)。 さらにはタイミング良く平原に吹いたそよ風が、俺の髪の毛をふぁさっと揺らす。


 これぞイケメンムーブ! その印にユティたん。 両手を祈るように組んで胸の前に添え、大きく息を飲み、大きくくりくりした瞳を潤わせ、目頭に大粒の涙を溜めている。


 ピピリッタ氏が脳内に呆れたような声音で『ま、結果オーライなのかしらね』なんて意味深なことを呟いているが、気になることは後でじっくり聞こう。


 ちょっと押せば落とせそうな美少女が目の前にいるのだ、美少女ゲームを嗜んだ紳士として、落とさない手はない!


 「まあ、ユティたんはめっちゃ可愛いし、その綺麗な水色の髪の毛は海を連想させてくれる。 さながら、陸に迷い込んだ人魚姫ってところだろ?」


 またしても俺はイケメンエフェクトをキラキラさせながら指をパチーンと鳴らし、ユティたんに人差し指を向けた。


 片目を瞑ると同時に脳内で銃声が響き渡り(錯覚)、ユティたんの心を撃ち抜いてしまったであろうことを確信する。 ……が、


 「あ、私は姫様だなんて高貴な身分ではなく一般庶民の出です。 それに、体の作りもお魚さんとは根本的に違うのです。 よって人魚ではありません! ちなみにもう一つ言っておきますが、陸に上がったのは自分の意志なので、迷子ではないのです!」


 俺的には「あらやだティーケル様! 人魚姫だなんて……そんなことないですってば!」なーんて言いながら顔を真っ赤にしちゃうユティたんを想像したのだが……


 さっきまでの感動的な表情は嘘のように、冷めた声音で全否定された。 もう、若い子の考えは分かりません。

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