第5話  嫌な思い出。

 僕が、大阪の広告代理店にいた時。ですので、20年くらい前の話です。



 僕は20代後半の中途採用で、その広告代理店に入社した。同じ課に、同じく中途採用の緋村という女性の営業マンがいた。20代前半だったが、僕よりも2ヶ月ほど入社が速かった。その緋村が、結婚を機に退職することになった。緋村のお客さんを、多く僕に振られた。

 

 それで、優先順位をつけて、緋村に同行して引き継ぎ挨拶を進めていたのだが、1件、ややこしいところがあった。僕よりも半年前に中途採用で入社した、氷室という20代前半の女性営業マンがいて、中途採用の僕達を仕切っていたのだが、氷室は“素敵な男性”を探し続けていた。ややこしいお客さんというのは、某中小旅行代理店の専務で、氷室を気に入っていたのだ。


 形式だけの引き継ぎが終わった。専務はずっと緋村と嬉しそうに雑談して、僕にかける言葉は一言も無かった。


“ああ、そういうお客さんなんだ”


と思った。要するに女性が好き。僕は、早く女性の営業マンに担当を変えてもらおうと思いながら帰社した。帰り道、緋村が言った。


「私、氷室ちゃんを専務に会わせてるから」

「会わせた?」

「うん、飲みに行った。専務、氷室ちゃんのこと気に入ってるから気を付けて」


“何に気をつけたらいいのだろう?”っていうか、“何、余計なことしてんねん?”


 まあ、早く担当を変えてもらおう。そう思った。


 

 ところが、スグにその旅行代理店から仕事の依頼が来た。僕は、気が進まなかったが、専務と話をした。なんだかんだ、いちゃもんをつけられた。それで、どうすればお気に召すのか聞いて、専務が“こうしろ!”と言った通りに広告を作ったのに、また文句を言われた。そして、言われた。


「担当、変えろ」


 お客様から言い出してくれるとは、これはラッキー。僕は上司に、担当を変えてくれと言われたこと、後任の担当には氷室がいいだろうということを伝えた。僕の希望通り、担当を氷室に代えてもらった。


 また、担当引き継ぎの場が設けられた。専務は、上機嫌で氷室と話して盛り上がっていた。僕が会話に入れる雰囲気ではなかった。ただ、この茶番には腹が立った。


 そして、氷室は、新入社員当初はそれなりに売り上げていたらしいが、やがてスランプになり、会社を去った。女の武器を使う営業には限界があったようだ。というより、仕事を舐めていた氷室には、女の武器以外の営業力は無かったのだ。



 やっぱり、真面目にコツコツ働かないと!







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