第12話 黒い森の冒険

 二日後、クレイ・フィラーゲンは、第五階位の女性ドルイドであるマルフォイと、ドルイド見習いの少年コノルを連れて、<黒い森>へと足を踏み入れた。


 しばらく降り続いた雨は上がり、久々に青空が姿をみせていた。


 しかし、<黒い森>と呼ばれる領域に足を踏み入れてると、青空は見えなくなった。


 <黒い森>は、とてつもなく背の高い針葉樹によって成り立っていた。


 人の目線では、直立する木の幹が地の果てまで永遠に続いているかのようである。どちらを向いてもほとんど同じ木々の姿。それはあたかも、神々が大地に無数のやりを突き刺したかのような、ある種の荘厳そうごんさを持った光景だった。


 頭上を見上げれば、高い位置に枝葉を伸ばした木々が、互いにおおかぶさるように樹冠じゅかんを構成し、陽の光をさえぎっている。


 風に揺れた葉が、わずかながらの木漏こもれ日を地上にもたらすことはあれど、基本的には薄暗い。


 目印になるようなものも乏しく、森に慣れたドルイドの案内なしには永遠に森の中をさまようことになるということは、想像に難くなかった。


 楽しい森のお散歩という気分にはなれない場所だ。


「森の匂いがする。針葉樹の匂い」


 スンスンと空気の匂いを嗅ぎ、マルフォイはつぶやいた。その声音に宿るのは、懐古かいこと疑念。


「けれども、昔はもっといい匂いだった」


 そう付け加える。その声は、サクサクと落ち葉を踏みしめる音に消えていった。


 静かな森で、自分たちの足音以外にはほとんど何も聞こえなかった。生き物の兆候ちょうこうも乏しく、たまにフクロウの鳴き声を聞いた以外には、鹿の親子連れを一度目にしただけだった。


 先頭を行くマルフォイは、時々樹木の根元ねもとに駆け寄り、何かを確かめているようだったが、そのほとんどはため息に終わり、とぼとぼと再び歩を進めるのだった。


 しかしあるとき、マルフォイは木の根元で興奮したように何かをつぶやいていた。


「やっとあった・・・キノコ」


 フィラーゲンはそれをのぞき込んだ。


「これは、エボルたけじゃないか?」

「そう、行商人の薬師くすしが高く買ってくれるんだ」


 と言ってから、マルフォイは独特の上目遣いでフィラーゲンを見上げた。


「あんた、良く知っているな」

「サントエルマの森では、呪文の触媒しょくばいとして使っている。めったに手に入らないけどね」

「ふうん、そういう風に使うんだ」


 マルフォイは興味津々きょうみしんしんに言った。フィラーゲンがいたずらっぽく付け加える。


「だが、せんじて飲むと、苦いがやみつきになるんだよ」

「それは知ってる」


 マルフォイは淡々と言うと、服についたほこりを払い、立ち上がった。


「じゃあ、行こうか」


 フィラーゲンは首をかしげた。


らなくていいのか?」

「森とともに生きていくには、採りすぎては駄目なんだ。ましてや、今は森が弱っている」


 何気なくつぶやき、ゆっくりと歩き出す。


 コノルがフィラーゲンの耳元にささやいた。


「彼女は<キノコのドルイド>なんだ」

「・・・なるほど、けれども大事なのはそこじゃない」


 フィラーゲンは感心したように女性ドルイドの背を見つめた。独特の上目遣いで人を値踏ねぶみするように見てくるマルフォイを苦手に思うところがあったが、大きく印象を変える出来事だった。


「『森とともに生きていくには、採りすぎないこと』。覚えておけ、コノル」


 フィラーゲンはそういうと、少年の背中をぽんと叩いた。


<黒い森>周辺の地図:

https://kakuyomu.jp/users/AwajiKoju/news/16818093076661435996


◆◆◆◆◆

<主な登場人物>

クレイ・フィラーゲン 人間離れした竜のような風貌の男。サントエルマの森の魔法使いと名乗っている。


コノル 村を襲撃され、姉を連れ去れれた少年。襲撃者を目撃した者。ドルイド見習い。


ドルヴ・レビック <黒い森>を管理する七人のドルイドの長。厳めしい表情そのままの、厳格で頑固な性格をしている。樹木のドルイドの異名を持つ。<黒い森>の探索に、ひとり向かった。


カイ・エモ 第二階位のドルイド。亜麻色の髪を持つ若い青年。蝶のドルイドの異名を持つ。ロスロナスに心酔し、人間としての道を捨てた。


アビー・カーディン 第三階位のドルイド。レビックと同年代の古参。コノルの祖父。苔のドルイドの異名を持つ。


ニカ・マルフォイ 第五階位のドルイド。唯一の女性ドルイド。独特の上目づかいが特徴。キノコのドルイドの異名を持つ。若いころ、魔法使いに憧れていたこともあり、ドルイドたちの中では最も魔法に詳しい。フィラーゲン、コノルとともに<黒い森>へ入る。


ヴァンパイア・ロード ヴァンパイアの主。人間のころの名をロスロナスという。フィラーゲンの知己。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る