第46話 自重が出来るのは、恵まれた環境のヤツだけだと思う。

 ああ……この回が書きたくて、この話を始めた様な物です。コレをやりたいが為に46話もかかったんですなぁ……

 作者にとってのクライマックス回です。上手く表現出来ているかは謎ですが……

 それではお楽しみください。 




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 何度が炭を継ぎ足し、炭の位置を変え風を送り続け——やがて火床の中の炭全体が赤々と燃え上がる。


「よしよし、十分な送風量だ……この炭でも十分必要温度が出ているだろう……それでは、改めて……レッツ、くらふてぃんぬっ!」


 掛け声と共に使い物にならなくなった鈍らナイフを燃え盛る炭の中に放り込む。あのナイフは柄まで一体の鋳造なのでぞのまま放り込んでも問題ない。


 足でブロアーの風を送り込み、手製シャベルで炭を掬ってナイフの上に掛ける。


 本当は新規に製鉄からやりたい所なのだが、流石に溶解させる程の高温を出せる程の体力も筋力も材料も無いし、鍛造するにしても、それも五歳の身体では流石に無理がある。


 今回は有り物のナイフの鍛え直しで我慢するしかない。


「それでも、やはり鍛冶は鍛冶……上がって来るなぁっ!」


 鍛冶作業の工程的には今回行うのは火造りと焼き入れと焼きなまし、と言った所か。あのナイフは使ってみた感じ鋳造で作られそのまま自然冷却されただけの物で、正直出来が良くない様に思えた。


 それに結構古い物で全体にゆがみもひずみも出ていたし何より刃こぼれが多かった。とりあえず火造りの工程で全体を赤らめて柔らかい状態にし、ハンマーで叩いて歪み歪みを取り、刃こぼれが起きた刃をつけ直し、ついでにグリップも少年に握りやすいように少し手を入れて、後は焼き入れと焼きなましをする予定である。


 そうこうしている内にナイフが全体に赤くなる。この色なら材質が地球の鉄と同じと仮定して十分な温度、八百度近辺に上がっている筈。鍛錬するわけでもないのでこの程度の温度にまで赤く成ればそれで十分である筈だ。


 鍛冶作業が初めて——この世界では——の少年にとって、この世界の鉄の性質と言うのは未知数である。ただ使ってみた感覚では何か大きく違いがある様には感じなかったので、前世と同じ様な工法で良いだろうと見当を付けていた。


 材料や消耗品は使えないが、道具は使ってもいいと村長から言質は取ってある。クリンは心置きなく手入れしていた道具類を使う事にする。


 工具置きから長いヤットコと手金槌を借り、金床を火床の近くまで引き摺って行く。


「よし……ゲーム時代に培った技術が、現実となったこの世界でどこまで通用するか——いざ勝負だっ!」


 大きく深呼吸し、意を決して長ヤットコを炭の中に突っ込む。すると途端に。


 チリチリとヤットコを握った手が炙られる感触がする。炎を扱っているのだから当然の事なのだが、これはVRゲーム時代には感じた事の無い刺激だ。


「熱っっっっつ!! ええい、軍手……なんてないよなっ、チクショウ皮手袋でもいいから作っておくんだったなっ!」


 思わず手を引っ込めそうになるのを歯を食いしばり悪態をつく事で堪え、炭を掻き分けて赤くなったナイフを掘り出しヤットコで挟み引きずり出す。


 そのまま金床まで移動し焼けたナイフを置き、借りた金槌を手にすると槌の部分を水桶に突っ込んで濡らし——


「ちょいやっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 本人大真面目だが気の抜ける掛け声と共に金槌を振り下ろす。


——バチンッ!!!——


 大きな音と共に槌が爆ぜる。正確には槌に付いた水が焼けた鉄に当たり一気に水蒸気爆発を起こした音だ。これにより表面に付いた炭の燃えカスや焼き付いた不純物などを一気に吹き飛ばす役割がある。


 そしてその音を出したクリンはと言うと——


「っ~~~~~~~うん、これだよ……この音、この感触、手首を跳ね上げる衝撃……コレが鍛冶だよ……そしてこの金属の焼ける匂い、炭の燃える匂い……飛んでく燃えカス、そして素手だと火傷しそうなこの熱量……VRじゃない、これが現実の鍛冶作業かぁ……」


 槌を握りしめ一人感涙を流さんばかりに感動に震えていた。趣味人にとっての本懐の時である。存分に噛みしめたい所だ。


 だがいつまでもそうしている訳にはいかない。この世界にはポーズ機能など無い。こうしている間にもどんどんナイフから熱が逃げて行く。


 クリンは気を取り直しもう二度程槌を湿らせてナイフを叩くと、本格的に歪み取りの成形を始めた。


 金属を叩く甲高く済んだ音が鍛冶場に響く。ゲーム内で得た感覚では良くも悪くもない鉄質に感じる。ただ、やはり音が軽い。


 材質のせいだけでなくやはり少年の筋力がまだまだ低い所以でもある。そして体力もやはり少なく程なくして息も上がって来る。


「はぁ……ふぅ……くぅ、しんどっっっっ、成形だから何とかなりそうだけど……こりゃ……ひぃ、ほぅ……鍛造はこのままじゃ無理だねぇ……ぜぇぜぇ……」


 始めてしまった作業を止める訳に行かないので根性で槌を振るう。やがてナイフの熱が下がり赤身が薄れると、再び炭の中に突っ込みブロアーで風を送り火を熾し、ようやく一息が付ける。


 もっとも、手動式なので足で蔓紐を挟んで前後運動を繰り返したままなのだが……しかし、手動と言っているのに足で操作しているのは本当にどうなのだろうか。


 操作すること暫し、炭が再び赤々と燃えた所で一旦送風を止め、クリンは鍛冶場の外に飛び出し井戸から水をくみ上げ、井戸桶から直接水を数度飲んだ後に手を水桶に突っ込み冷やし、その後に頭から被った。


「ぅっだぁぁぁぁぁぁあ熱っっっっっっっつぃわ! ゲームでも不快バーとかでこう言うの再現していたけどさ、やっぱ現実だときっっっついねっ!」


 ゲームの世界では経験豊富な彼でも現実の体は未経験者である。ゲームでの熱表現の処理はシステム上のデータとして表現されるだけで直接熱を感じている訳では無い。現実での鍛冶は炉からの直接の熱だけでなく壁や床からの反射熱や焼けた鉄などの輻射熱も身に降りかかって来る。


 知識はあっても経験はない五歳児の体でそうそう耐えられる物でも無い。槌を振るっている間汗だくになり、何度途中で服を脱ぎ捨て裸になろうと思った事か。


 しかし、ヤットコの時に素肌を晒す危険性を身をもって知り、また錬成中に飛び散る細かい金属片で火傷する可能性も理解してしまったので脱ぐ事は出来なかった。


「それに、やはり打ち下ろす力弱いね……五歳で鍛冶をするのはやはり無理があるのかなぁ……いや、諦めるな僕っ! 取り敢えず一本。このナイフさえ作り直してしまえば、どうとでも出来るっ! 水を被りながらやれば何とかなる筈っ!」


 ゲーム世界ではあるが、過去に初期装備のナイフ一本で何でも作り出した経験とプライドがある。今はそれすらも無いだけだ。少しだけ状況が過酷なだけで、ナイフさえできれば何とでもやり様はある。


 そう少年は自らを鼓舞し、もう一度頭から水を被り、小屋から桶を数個持ってくるとそれに汲み溜め、鍛冶場に運んだ。


 そして工具置き場に向かい、もう一回り大きい槌を取り火床に向かう。筋力が弱くて槌圧が弱いなら、重い槌を使って何とかしよう作戦である。これだけ重くなってしまえば片手で振るうのは無理だろう。


 だが問題ない。それなら両手で振るえばいい。そして、ヤットコは足で操ればいいのだ。ゲームで出来た事が出来ないのならゲームで出来なかった方法でやればいい。


 その為に柔軟な体を欲したのだ。まだ目指すレベルの柔軟性は無いが十分使えるレベルに足は動かせている。


「クフフフ……年齢を理由に鍛冶を諦めてたまるかっ……この世界で生きて行くならこれ位やって見せないとねぇセルヴァン様っ!! ホント、厳しくて過酷で素敵な世界を有り難うございますぅぅぅっ! 飽きる暇が全ったくありませんよぉぉぉっ!」


 ブロアーを操作し火力を調整、適温までナイフを赤めると再びヤットコで引っ張り出して金床に乗せ、空の桶をひっくり返して即席の椅子にするとそこに座り足でヤットコを固定し、両手で大きなハンマーを振り上げ叩きつける。


 先程の槌よりも十分な手応えがある。これなら先程よりも思った通りに整形が出来る。


「っしゃあ! この勢いで一気に叩くっ! おっいらは陽気な村の鍛冶~今日も元気に槌をふるぅぅぅ♪ とくらぁっ!」


 前世のゲーム内で鍛冶屋のテーマとしてBGMで流れていた歌を口遊みながら槌を振るう。足でヤットコを操り位置をずらしハンマーを打ち付ける。


 次第にハンマーを振るう音にリズムが出来始める。やみくもに打つのではなくタイミングを計り、一定の間隔で、同じ力で、正確に狙った場所を叩いて行く。

 温度が下がれば炭の中にナイフを放り込み、その間に水を飲み、頭から被り体温を下げ、鉄が赤らめば取り出してまた打つ。


 それを繰り返す内、クリンは段々考えるのを止めて行った。クリンも人の子、幾ら気にしないと言ってもセルヴァンから聞いていたのとは全然違う環境に放り込まれ、以前の村での最悪の扱いに、思う所が無い訳がないのだ。


 普段は気にしない様にしていても、どうしてもふとした時に怒りや怨念がこみあげて来る時がある。特に一人でこういう作業をしている時などが顕著だ。


 満足いかない環境で満足いかないまま鍛冶をせねばならなかった状況、育て親と認めたくない育て親の村長、それに追従する村人。一体どこにセルヴァンの言う優しい育て親が居たのだろうか。


 この村も結局優しくはない。労力の対価に見合わない金銭しか支払わず、結局彼の事を名前で呼ぶのは二人だけ。山向こうの子とか拾われ子とか守銭奴とか、所詮そう呼ばれる事しかない。ヘイローおいお前と呼ばれる事と一体何の違いがあるのだろうか。


 村長に至っては遠巻きに様子を探るだけで積極的にかかわろうとはしない。村の連中も作業すれば喜ぶが金を払うのだから当然の様な態度。


 そして奇異な物を見る目を遠慮なくぶつけて来る。そのくせ少年が視線を向けると顔を背け、近づけばさりげなく遠ざかっていく。気分が良い訳が無い。


 意識しないつもりでいても、断片の様にそういう様々な感情が浮かんでは消えて行く。 我ながら恨みがましいと思う。


 しかし、ハンマーを振るう度に、鉄を打ち付ける度に、炎でナイフを赤らめる度に、それらの些末的な事は「本当に」どうでもよくなっていく。炎が目の前にあり、赤く焼けた鉄がある。そして赤く焼けた鉄の向こうに自分が欲するナイフの完成した姿が透けて見える。


 その姿に近づく様にヤットコを動かしハンマーを振り下ろす。ただただ焼けた鉄を望む形に変えて行く。その行為だけに没頭していく。


『ああ……この感覚だ……前の人生でもそうだった……この鉄を打つ間、自分の病気の事や未来の事なんて何も考えなくなるこの瞬間。炎と鉄と槌。そして僕だけ。閉じた世界で新しい物を生み出していると言うこの感覚。やっぱりたまらないねっ!!』


 恐らく他人には一向に理解されない、少年独自の感覚であろう。だがそれもやがて意識の向こうに溶けて行く。


 残ったのは、鍛冶場に響く槌を振るう音と金属がはじける音、そして少年の息使いだけになっていった。









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お楽しみいただけたでしょうか。この鍛冶シーンをやりたい一心で始めた物語です。なので読者には迷惑かも知れませんが、作者的にはココまでがプロローグ、今話がクライマックスで本編スタートです(笑)

そのせいか少し長めになってしまっています。


寧ろコレ書いちゃったので満足して終わっても良い位です(´◉◞౪◟◉)


ごめんなさい嘘です。まだまだ書きたい鍛冶描写があるんですよぉ~

ヒロインも出てきていないしっ!


まだまだ続きますので、お付き合いの程をよろしくお願いしますm(__)m

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