第15話 玄関前のメリークリスマス

 迎えが来たからには、廊下での酒宴しゅえんもこれでお開きとなる。

 俺が立ち上がるとギャルも立ち上がった。そして廊下を片付けるのを手伝うと言い出す。


「いや、大丈夫だよ、大した量じゃないし。それよりも下に親御おやごさんが来てるんでしょ? あんまり待たせても悪いんじゃない?」

「……うん」


 外を見ると徐々にではあるが積雪が高くなりつつある。のんびりしていても良いことはないはずだった。しかし彼女は廊下から去ることをせず、結局は、俺がコタツを畳んで毛布を片付けるまで何も言わずにジッと立ち続けていた。


「……? えっと──」

「お兄さん──」


 怪訝けげんに思って声をかけようとすると、言葉がかぶる。一瞬、どちらが発言するかで見合ってしまうが、俺が視線で聞く姿勢を伝えると、彼女はペコリと頭を下げた。


「お世話になりました。本当に助かりました」


 折り目正しい綺麗なお辞儀じぎだった。

 まさか彼女からそんな態度を取られるとは思わずに少々面食らってしまう。


「ありがとうございました」

「……うん、どういたしまして」


 かろうじて言葉を返すと、頭を上げた彼女からニヤリと笑いかけられる。


「なにキョドッてんのー?」

「ああいや、ごめん。ちょっと意外だった」

「私だってそんな恩知らずじゃないし、親切を受けたらお礼ぐらいするよ」


 してやったりと言うような顔だ。

 その笑顔にあてられて、俺もまた顔をゆるめてしまう。


「そっか、君はしっかりしているね」

「育ちがいいからねー」


 そう言って彼女は笑っている。

 俺としても、若い子から改まって頭を下げられてムズムズするような気持ちを覚えはしたが、べつに嫌な気持ちはない。むしろ嬉しいまである。

 そこでふと想像してしまう。

 もしこういう子が会社の後輩にいたのなら、意図せずとも可愛がってしまうだろう。そして、そんな妄想をしてしまった自分に気づいて苦笑した。

 

 ──俺はどうにも彼女のことを気に入っているらしい。

 

 だって、こんなにも別れが惜しいのだから。


「お兄さんの名前はなんて言うの?」

「え?」


 すると唐突に名前を尋ねられる。

 彼女を見ると、真剣な表情でコチラを見ていた。


「安藤だよ」

「名前は?」

「……たける安藤あんどう健」

「そっかー、私は妻夫木つまぶきちよ」


 今更ながらに自己紹介を交わす。

 それは別れ際にすることではない。

 だがしかし、彼女の名前を知れたのは嬉しかった。


「チヨちゃんって呼んで欲しいかな?」

「さすがにそれは難しいね」

「ちなみに『』って呼んだら殴るから」


 彼女は言いながら、シャドウボクシングをするように拳を突き出している。

 そんな戯けたような彼女の様子に、つい笑い声を上げてしまった。

 ふはは、ははは、と高らかに。


「へ〜意外。お兄さんって、そんな風に笑うんだね」

「……こいつは失敬、ちょっと変なツボに入ってしまった」


 恥ずかしくなって俺が言うと、彼女は「別にいいよー」とにやけ顔だ。

 これは本当に不覚をとってしまったようだ。

 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように外へと目を向ける。


「綺麗だねー」

「ああ本当に」


 白い雪がゆっくりと舞い散っていた。

 今日はホワイトクリスマスだ。

 まばらともる街の光に反射して、舞う雪が白銀に輝いている。

 この景色を一人だけで見ることはなかった。

 それだけで、俺にしては上々だろう。


「さてと──」


 あんまり感傷に浸って、人を困らせるものではない。

 分別をつけることができることもまた、社会人にとっては必須な要素だ。


「それじゃあ、雪も積もってきているから、本当に気をつけてね」

「うん」


 気を取り直して別れの言葉を告げる。

 すると彼女は頷いて、きびすを返した。

 そのままコツコツと短い廊下を進んでいく。

 そうしてついに、イブの日の奇特な縁も終わりを迎える。



 だがしかし、廊下を少し進んだ先にて彼女が振り返った。


「お兄さんっ、今日は本当にほんっとうに、楽しかった!」


 そして彼女は喜色満面な笑顔で──


「メリークリスマス! お兄さんっ!」


 と言った。


 だから俺も──


「メリークリスマス!」


 と返した。


 日付はとうに変わっており、すでに今日はクリスマスである。

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