玄関前で推理中

第6話 家の鍵

「まずはコレ見て欲しいんだけどー」


 そう言って、彼女は衣服のポケットから一つの物を取り出した。

 それはキーホルダーにくくり付けられた、一本のかぎ。キーホルダーにはウサギのような……何らかのキャラクターが吊られて、プランプランとしている。


「これって?」

「家の鍵」

「あれ? でも……」


 彼女は自室の鍵を失くしてしまったからこそ、寒い中、屋外に閉め出されてしまったのではなかったか。疑問をぶつけると彼女は「うん」と頷いて口を開く。


「これ……ウチの鍵じゃなかったんだよね」

「どういうこと?」


 尋ねると、彼女はおもむろに立ち上がり、自室の扉へと先ほどの鍵を挿し込もうとした。するとカチンという金属音が聞こえてくる。どうやら鍵と鍵穴が一致しないらしい。


「なんでかは分かんないだけど……違う人の鍵と間違えちゃってるみたいで」

「なるほど」


 それは確かに、不可解な出来事できごとである。


 取り間違まちがい。


 そういう出来事は日常を送っていると度々たびたびあるだろう。傘立てにさしていたビニール傘を取り間違える。居酒屋の靴箱に並べられた革靴を履き間違える。しかし、自室の鍵を取り間違えることは、あるようでいて……まずない。


「心当たりはないの?」

「それがないから不思議なんだよねー」

「ふむ……」


 寒い寒いと呟きながらにコタツへと戻るギャルを眺めつつ、考える。いったいどのような状況になれば、自室の鍵を取り違えるという事態が発生するのだろうか。

 まずは基本的な情報から確認していくべきだろう。


「鍵が違うことに気づいたのはいつ?」

「今日、家に帰ってきたとき」

「家を出るときには鍵は施錠せじょうできたんだよね?」

「うん」


 ということは彼女が鍵を取り違えたのは、本日、出かけている最中に、ということになる。


「今日はどこに行ってたの?」

「遊園地」

「へー、デート?」

「あ、お兄さん。そこ気になっちゃう?」


 ニヤニヤと尋ねられるが「まあ気になるな」と正直に答えた。ちょっとした出歯亀でばがめに思われるかもしれないが、詳しい状況を知らないと推理をすることができない。すると俺の返答に「もう仕方ないなぁ」なんて、何が嬉しいのか分からない喜びを見せてから、彼女が答える。


「デートじゃなくて、さっき言ってた大学の仲良しグループで遊びに行ってたんだ。だ・か・ら、私は現在、彼氏募集中でっす。クリスマスぼっちで悲しい!」

「なるほど」

「お兄さん、今がチャンスだよー」

「大人を揶揄からかうのはやめなさい」


 軽口を交えつつ、さらに尋ねてみる。


「それじゃあ、取り間違えた相手というのは……その友人グループの誰か、って考えても大丈夫?」


 当然だが、鍵を取り違えてしまったということならば、彼女の自室の鍵を他の誰かが所有していることになるはずだ。そしてその相手というのは、本日、彼女が接触した内の誰かであることに間違いはないだろう。


「うん。私もそう考えてるんだ。実は──」


 彼女の口から、さらに詳しい状況が説明される。

 彼女らは遊園地に入園した際、入り口近くのグッズショップにて買い物をしたらしい。そこで全員、同じキーホルダーを購入したのだと。そして、まるでお揃いにするかのようにキーホルダーを装着して、示し合わせたのだという。


「そのキーホルダーってのがコイツね」


 ギャルは言いながらキーホルダーを見せてくる。

 先ほどのウサギのような、何かしらのキャラクターだ。


「それじゃあ、同じキーホルダーをつけていたからこそ、取り間違えを起こしてしまったのでは無いか──そういうこと?」

「うん」


 それは確かに考えられることであった。

 彼女の掌に置かれている鍵束を見ても、やはり鍵そのものよりもウサギのキャラクターの方に目がいく。するとなると、キーホルダーが同一であったからこそ、取り違えを起こしたのだという推察は十分に有効だろう。


「キーホルダーを一緒に買ったのは?」

「うーんとね、ミカとサブローと、ジュンペーにサッちゃん」

「つまりその四人の内の誰かと鍵を交換してしまったと?」

「そういうことだと思う」

「ふむ」


 これで大まかな情報が取りまとまった。

 まず、彼女が遊園地にいる最中に何らかのアクシデントが発生した。そのせいで、彼女は友人たちの誰かと鍵を取り替えてしまった。けれど彼女はそんなアクシデントに心当たりがないという。

 つまり、俺に求められているのは、そのアクシデントがいったい何だったのかを探ることにある。


「ちなみに、さっきの四人と連絡をとったりしなかったの? 『鍵を間違えてる人、誰かいない?』だとか」

「あー……してはいるんだけど。さっき言ったみたいに、私たちSNS断ちしている最中だからさ……」


 未だ連絡が取れていないと、彼女は言う。

 きっと誰もがスマートフォンを確認していないのだろう、と。


「ふむふむ……」


 ──さて、以上のことを踏まえて、どのような推論が立てられるだろうか?


 俺は麦酒に口をつけ、思考の海へと深く潜っていった。

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