第4話 お兄さんは神様です

「お兄さんは神様です、これをどうかおおさめください」

「ん、ああ。ありがとう」


 ギャルから手渡される温州うんしゅうみかんを受け取りつつ苦笑する。そのみかんもウチから持ち出してきたものなんだけど、とは思ったが口にはしなかった。


「やっぱコタツにはみかんだよねー」


 俺と彼女は今、コタツを囲っている──マンションの廊下で。

 もちろん屋外だ。ビニールシートを床に広げて、その上に毛布を敷き、そのまた上からコタツがドンと置かれている。肝心の電源はというと、俺の自室から延長コードを数本連結して対応していた。急場しのぎではあるが、これで上着を厚く羽織れば十分に寒気を堪えることができる。


「あー極楽……お兄さんに火打石ひうちいし渡された時はどーしよーかと思ったけど──」


 彼女の言葉に「それは忘れてくれ」と恥じ入るように答える。

 当初、俺は焚き火を起こそうとして焚き火台やらファイヤースターターを廊下へと持ち出したのである。だが「いやいやいや、ムリムリムリ」という彼女の言葉によって我に返った。さすがにマンション敷地内での火起こしは常識外すぎた。


「でも、おかげでこうしてヌクヌクできるから、お兄さんには感謝、もーまじ感謝。ありがとうー」

「もう、それはいいからさ──」


 結局、我が家にあるコタツを持ち出すことになったのであるが、彼女はそれをしきりに感謝してくれる。これでもう何度目かも分からない「ありがとう」が彼女の口から発せられた。一言一言にはあまり誠意を感じられない言葉だが、こうも繰り返されるとむずがゆい気持ちを覚えさせられる。

 そんな照れ臭さから逃れようと、話題を変えるべく、話しかけた。


「ビールあるけど飲む?」

「飲むー!」


 即答だった。ということは彼女は成年済みなのだろう。年齢の確認は取らない。女性の歳を尋ねるというのは野暮やぼだというしな。

 家の冷蔵庫からキンキンに冷えた麦酒ビールを二本持ち出して、彼女にも手渡す。そしてプルタブをカシュッと言わせた。そのまま乾杯の仕草をすると思い切りよく嚥下えんげする。発砲するシュワシュワが喉をせめたててくる感覚がたまらない。

 思わず「くぅー」という唸り声を発してしまうが、それを見るギャルはかすかに苦笑していた。


「はー……やっぱりビールの味が分かんないや」

「なんだいそりゃ?」

「いやー、実は最近になってお酒飲むようになったんだけど……正直、美味しいのかどうか微妙な感じでさー」

「……まあ、飲み始めはそんなものかもね」


 彼女はどうやらお酒の味を知っているわけではなく、ノリと勢いだけで飲酒することを決めたらしい。なんというか、妙なところで相手の子供らしさを感じてしまった。

 

 ……というか、よくよく考えたら、だ。


 全身からブワッっと冷や汗が流れ出る。

 俺は自然と酒を勧めてしまったが、相手が女性だということを完全に失念していた。「酔わせて何をするつもりなんだ?」と問われると、頭を抱えてしまうほかない。それに相手は酒が美味しいかも分からないと言っている大学生なのだ。はたから見ると性質の悪いナンパ男にしか思えない所業である。

 心内で「違うんだ」と弁解する。俺の身体がアルコールを求めていただけで、自身の欲求を「良かったら君もどう?」という言葉で表明しただけであって、決してやましい狙いがあったわけではないと必死に言い募る。世間様がそれで納得してくれるかは分からない。


「けどまー、寒い中、雪を見つつにコタツにビールってのも……なんかイイ!」


 しかし、麦酒の二口目へと口つける彼女の様子は、俺の葛藤かっとうなぞ関係なしに楽しそうだった。彼女の視線を追ってみる。そこには銀色に舞い散る雪があった。確かに風情ふぜいはある。場の雰囲気に酔うための条件は整っているかのように思えた。


「……クリスマスケーキもあるけど食べる?」

「食べるー!」


 とりあえず、先ほどの失態を誤魔化すためにも声かける。

 すると、元気のいい声が返ってきた。

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