第2話 困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ

 その女性は綺麗きれいな娘だった。ただ見た目がどうにも派手である。

 明るめの髪色にファッショナブルな服装。冬なのに生足を出している意味が理解できない。会社勤めの社会人には見かけないような格好であるからには、大学生かなと当たりをつけた。

 そして彼女は家の鍵を失くしてしまい、部屋から閉め出されてしまったのだと言う。


「大丈夫なのかい?」


 お節介かもしれないが、放っておくわけにもいかない。尋ねてみると彼女は「大丈夫」と返した。


「実家に連絡入れたから──今年はもうこのまま帰省きせいすることにする」


 聞けば、三、四時間もすれば家の人が迎えにやってくるのだという。先ほどの予想通り、彼女は近所の大学に通う学生であり、このまま冬休みを生家で過ごすらしい。


「そうか……」

「うん」


 そうなると、これ以上に話すことなんてない。

 彼女の境遇には同情を覚えるが、過度な干渉は迷惑になる。せめて、日頃からご近所づきあいでもしていれば、お節介を焼いても良かったかもしれない。だが、今更いっても詮無せんないことだ。そもそも現代社会のマンション事情において、ご近所付き合いをしている方がまれである。


「それじゃあ……はい」


 それでも、放っておくのは薄情だという気持ちがどうしても拭えなくて、せめてもの情けとして缶コーヒーを一本、彼女へと手渡す。ケーキを買うついでに飲み物として買ったものだ。購入時には直手で持てないような熱があったが、すでに外の寒気にさらされて生温なまぬるくなっている。


「え、あ……ありがとう」


 彼女は、身をすくませることなく受け取ってくれる。

 もしかしたら気持ち悪がられるかもしれないと身構えていただけに、露骨にホッとしてしまった。すると彼女は「そんな毒とか入ってるとか思わないってー」と笑って言うのだ。


 素直すなおな娘だ。


 つい見た目の印象から『礼儀の知らないギャル』という先入観を持ってしまったが、少なくとも、人の好意を無下にはしないギャルであったらしい。男というものは単純なもので、ただそれだけで、目の前のギャルがとても良い子に見えてしまうから困ったものだ。


「一応、僕は隣の部屋にいるから──何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」


 トイレとか、と、つい言いかけてしまったが、すんでのところで思いとどまる。そこまで言及すると本気で気持ち悪いだろう。危なかった。しかしでも、若い娘がマンションの廊下とはいえ屋外に一人でいるというのは、あまり健全とは言えない。もしかしたら不測の事態があるかもしれないし、これぐらいは言ってもいいだろう。


「あんがとー、お兄さーん」


 ありがたいことに、下衆げす勘繰かんぐるような視線も見せず、彼女は答えてくれた。それはそれで、彼女の警戒心が心配になるがよしとしよう。

 

 ──しかしまあ、他人に親切をするにも、堂々とは行えない世の中になったものだ。

 

 俺は世知辛さを感じつつ、自宅へと戻った。

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