最終話:評判の悪い国の話

その青年は旅人だった。


青年は、いろいろな国をめぐり、いろいろな経験をしてきている。


そして、今回行く国は

―とても評判が悪い国だった。


青年の旅仲間からは、


「入国で一日待たされる」


「クソガキに石を投げられた」


「あの国にはおもてなしという言葉はない」


「まずい飯しか食えない」


「とにかく観光客への態度が悪い」


「あんな国、二度と行きたくない」


など、たくさんの悪評がある。


だが、青年は、それに逆に興味がわいた。


―どんな国なのだろう。


青年の好奇心は、計り知れないほどのものだった。


「ついた」


青年はそうつぶやいた。


「まぁ、汚い国なわけではないな…」


そして入国審査を受ける。


「ここに、名前と出身国を書いてください」


エヌ。それが青年の名前だ。出身国はとても名前が長いので、ここには記さない。


「ありがとうございます。何日滞在されますか?」


「じゃぁ、三日で」


「ありがとうございます。おーい、門を開けろー。お客様だぞー」


すると今までただの壁だと思っていた大きい門が開いた。


「すみません。持ち物検査とかは?」


「いりません。あなたが犯罪者でない限り、それは失礼な行為ですから」


エヌは驚いた。入国で一日待たされる、という旅仲間の言葉を確かに聞いたはずだったのだが。


そして、入国すると、国民たちが、一斉に並んで道を作り、

「ようこそ我が国へ!」

などと歓迎していた。

むろん、石を投げるものなどいない。


―もしかして、道を間違えた?

いや、そんなはずはない。…たぶん。


「みなさん、一度静かにしてください」


すると、一斉に静かになった。


「この国で、お風呂がついていて、気持ちいいベッドがあって、一泊が2000ベルカより安い、広いホテルはありますか?」


すると国民たちは、

あそこがいい、いやあそこだ、と話し始めた。すると、列を抜け出して、ある一人の少女が現れた。


「うちがそうだよ!」


年齢は11、2歳ぐらいだろうか。オレンジ色の、短い髪をしていて、身長は見た感じ150cmほどだろう。


「君は…」


「私の名前は、アカネ!私の両親が、ホテルを経営しているの!」


すると国民たちは、


「確かに、アカネちゃんのお母さんのホテルなら、この旅人さんの条件にもあってるし、住み心地もいい。みんな、賛成だよなー!」


賛成!異論なーし!などの声が出てきたため、エヌはアカネのホテルへ行くことにした。




道中でも、旅人さんだー!うちの国へようこそ!など声が聞こえてきた。それにエヌは、苦笑いをしながら、


「いやーどうもどうも」


と答えることしかできなかった。


「ねぇ旅人さん」


アカネは急に話しかけてきた。


「なに?」


「旅人さんは、何て名前なんですか?」


「僕かい?『エヌ』っていうんだ」


「エヌ…響きがよくて、いい名前ですね!」


「そうかい?ありがとう。ところで、君の、「アカネ」って名前も、呼びやすいしいい名前だね」


「ありがとうございます」


「どういう意味なの?」


アカネは言った。


「植物の、名前なんです。緑色をしているのに、根で染めると、とてもきれいな、赤みたいな色になるんですよ!その色を、『アカネ色』っていうんです!」


「ふーん、『アカネ色』かぁ~いつか見てみたいな!」


「はい!とてもきれいな色なんですよ!」


「ところで、アカネちゃんは、将来の夢とか、そういうのはある?」


「はい!私の夢は、ここで案内人になることなんですよ!」


「へー、案内人。いい夢だね!」


そんな会話をしているうちに、ホテルについた。


アカネの母は、


「あら、旅人さんですか。いらっしゃいませ」


と優しく接してくれた。


「アカネ、201号室が開いてるわよね、旅人さんを案内してあげなさい」


「うん!わかった!」


そして案内してもらった201号室にエヌは入った。


そこはとても気持ちよさそうなベッドがあり、バスルームももちろんついていた。

エヌが見惚れていると、アカネは、


「では、夜ご飯になったら呼びますので、お部屋で待っていてください」


と言って部屋を出て行った。


「絶対におかしい!」


エヌはベッドに寝っ転がって言った。


「道は間違えていないはずなのに…」


―ひょっとして、優しくしておいて、二日目からは態度をめちゃめちゃに悪くして、そのギャップで、旅人を絶望のどん底へ引きずり込む気か!?

いや、さすがにそんな手の凝ったことはしないだろう。


「ごはんができましたよ!エヌさん!」


「ああ、ありがとう」


エヌはベッドから起き上がって、夕食を食べることにした。



とてもおいしい夕食を食べたエヌは、考えるのをやめ、寝ることにした。



―2日目。


「あのっ!」


アカネは、急に話しかけてきた。


「どうしたんだい?」


「わ、私に、この国の案内を、やらせていただけないかと思って…」


案内?そういえば…


―私の夢は、ここで案内人になることなんですよ!


「ありがとう、よろしくお願いします」


すると、アカネの顔が、ぱぁっと輝いて、


「はい!よろしくお願いします!」


と笑顔で言った。



まず最初に向かったのは、この国の歴史を伝える劇をやっているという劇場。

ちょうど今日が劇の日らしく、エヌはそこに行って、この国の歴史を学ぶという。


そして、劇場につくと、前で誰かが演技をしている。

もう始まっているようだ。


「旅人さん、前どうぞ」


そういって老婆はエヌに席を譲った。


「いいんですか?じゃぁ遠慮なく…」


そして座ろうとすると、


「ちょっと待った!」


ナレーターが言った。


「君、もしかして旅人さんかい?」


「ええ、そうですけど…」


するとナレーターは少し考えて、こういった。


「それじゃぁ、この旅人さんのために、この劇をもう一度、頭からやり直すというのはどうだろう?まだ、劇も始まったばかりだし」


「いえ、そんな…」


すると、


「賛成!」「名案だな」という声が聞こえてくる。エヌは感謝の言葉を述べ、劇は最初から始まることになった。


劇の内容はこうだ。


ある日、とある国から追い出された30人の男女がいた。

男女たちは、とある森にたどり着いたものの、食料も何もない。

やがて、男女たちはあきらめ心中を図るも、この森の自然の豊かさに気づく。

食べ物もたくさんあるし、空気も澄んでいる。そこで、とある男がこういった。


「この森に国を作ろう!」


それから、数えきれないほどの長い年月が流れた。




観客たちの拍手喝采の中、アカネはこう言った。


「そして、今、私たちが、この流れの先頭にいるの」


そして劇は終わった。


するとナレーターはエヌに近寄り、


「さぁ、今の劇を見てどうでしたか!?」


「え!?えぇっとぉ~」


エヌは少し考えた後、こういった。


「さ、最高でした!」


すると観客席からとてつもないほどの歓声が響き渡った。



ホテルに帰ったエヌは、とても満足そうに眠りについた。



3日目。いよいよ今日が最後の日だ。


アカネは、結婚式に行くのはどうかとエヌを誘った。


そして行くことにした。


式場にたどり着くと、もう式は始まっているそうだった。


エヌは式場の適当なところに座り、結婚式を見ていた。


「若いね」


エヌは言った。


「新郎新婦、両方とも18歳だそうです。ふつうは、20歳になってから結婚するので、珍しいです。」


アカネが説明した。


すると、新婦がこういった。


「私は、子どもを、5人!5人作りたいです!」


そう言って、袋を持った。


「なにあれ?」


「袋の中に、欲しい子供の数、種を入れて、それを投げるんです。そして、その種を持った人が、次の日、朝を迎えると、幸せになれるという言い伝えがあるんです!」


アカネの説明が終わった後、新婦は袋を投げた。


必死に探し回る人たちの中に入り込んだエヌたちは、その人たちと一緒に、袋を探した。


「はい、これ」


エヌは種が入った袋を渡した。


「ええ!?すごいですエヌさん!こんなに早く見つけたんですか?」


すると、エヌは、苦笑いしながら言った。


「昔から、運だけはいいんだよ」


そして、つづけた。


「案内のお礼にはならないだろうけど」


そして、袋をアカネに渡した。


「いや、全然足ります!私、今まで一回も見つけたことなかったんですよ!」


すると、エヌは笑って、


「よかった」


といった。



夕方になった。


「エヌさん、私、行きたいところがあるんです」


そう言って連れてこられた場所は、国の中でとても目立っていた高台だった。


「きれいだね」


そう微笑むエヌの目には、赤のような色…茜色の夕日が映っていた。


「私、この場所が大好きなんです。なので、お客さんが来たら、絶対にここに案内しようと思ってたんです」


そして、アカネは一呼吸おいていった。


「私、将来は、母の跡を継いで、あのホテルの支配人さん、案内人さんになりたいんです。…なれるかな?」


「ああ、きっとなれるさ。こんな素敵な国には、こんな素敵なガイドさんが似合うね」


アカネは、少し照れたように、


「ありがとうございます」


といった。




ホテルに帰ってきた。アカネの母は、


「なにか、アカネが迷惑をかけたりしませんでしたか?」


と聞いてきたが、エヌは、そんなことはない、むしろ、とても楽しめたと答えた。


「それはよかったです」



アカネの母は、夕食を食べている途中、アカネにこういった。


「…アカネ、アカネが良ければ、旅をしてもいいのよ」


「…?」


「エヌさんと一緒に、いろいろな国を回って、たくさんの経験を積んで、そして、ここで案内人になる。悪くない提案だと、思わないかしら?」


すると、アカネは少し考えて言った。


「いや、私は、ここのことを学んで、ここで一番の案内人さんになる!」


そして、アカネの母は、


「そ、そうね!もう少ししたら、アカネが頑張りすぎて、私たちはもういらなくなるかもしれないわね!」


「そのとおり!」


みんなが笑った。エヌも笑った。





「では、みなさん、今まで、ありがとうございました!」


そういうと、国の人たちは、いえいえ~。こちらこそ~。と言っていた。


エヌは優しい国の人たちに、見送られながら、国を出た。





「おお、エヌじゃないか」


エヌは、旅仲間の、ヘルと出会った。


「やあ、ヘル、今、あの国を出国したところなんだよ」


「ああ、あの国か、行ったのか、で?どうだった?」


「実はそれがさ…」


エヌは国のことを話した。


「気味が悪いな」


ヘルは言う。


「まぁ、なんか理由があるんだろうさ。でも、途中からそんなのどうでもよくなっちゃった」


―そういった後だった。


巨大な爆発音が、数回なった。


「…!?」


「なんだ!?」


エヌたちは爆発音が鳴る方を見た。

―あの国だ。


「何が、…起きた?」


もう、あの国は地面以外の何もない。


ヘルは言った。


「あれは、多分、爆弾だ。戦争だよ。戦争が起きたんだ」


ヘルはつづける。


「それにしても強力な爆弾だな、もう、あれじゃ全員死んでるよ」


エヌは何も言わなかった。


何もない地面を見て、何とも言えない表情をしていた。



「…これ、アカネちゃんのお母さんからもらったんだ。」


そういって、おいしそうなパンを、ヘルに見せた。


「食べたら…僕は行くよ」


「うん」


エヌはパンを食べた。何も言わずに、5分ほどで食べ終わった。


「?」


エヌは違和感に気づいた。パンが入っていた袋に、まだ何か入っていたのだ。


「手紙…?アカネちゃんの、お母さんからだ」


「読んでみてよ」


「エヌさんへ、」


貴方がこの手紙を読まれているということは、私たちはもう、この世にいないということですね。この国を隣国が襲うというのは、ちょうど一か月ほど前に、国民全員に伝えられたことです。私たちが取るべき道は、二つに一つでした。国を捨てるか、捨てないかです。そうして、私たちは、国に残る選択を取りました。この選択が、旅人さんのエヌさんにとっては、愚かな行動に見えるかもしれません。ですが、私たちは、他の国のことを知りません。

さて、エヌさんは知っているかもしれませんが、私たちは、今まで旅人に対して、大変無礼な態度をとってきました。

このままでは、無礼な態度をとった国として、人々の記憶に残っていくことになってしまいます。

そう思った私たちは、この後来た旅人さんには、優しく接しようと決意しました。

しかし皮肉にも、そう決意してから、全く旅人は来ませんでした。

旅人の悪評がたたったのかもしれませんね。

そうして、残り三日となったとき、エヌさんが来たのです。

わが国を代表して、心より歓迎をいたします。

エヌさん。我が国へようこそ。


追伸

この事実を知っているのは、大人だけです。アカネは何も知りません。

私は、無理やりにでもアカネをあなたにお預けしようと思いました。

ですが、あの晩、あの子は、私の跡を継ぐといいました。

それが、あの子の夢なのならば、あの子は、私たちが連れていきます。



「なるほど、それでか。納得した?」


「…ヘル」


「?どうしたんだい?」


「僕は、今こう思っている。」


「うん」


「アカネちゃんが無理やりにでもお預けされなくて、助かったと、ほっとしている」


「うん」


「エゴだよ…これはエゴだ」


「そうかもね」


「…まだ何か入っているみたいだ…手紙だ」


「読んでよ」


「エヌさんへ、これは私が…」


エヌは読むのを止めた。


「読んでよ」


「エヌさんへ、これは」


これは私が持っていても仕方がありません、あなたのです。

さようなら。


私たちのことを、忘れないで。


アカネ



そう書かれた手紙には、あの時の種が入っていた。



読み切ったエヌは、長い息を吐き、天を仰いだ。


「僕は行くよ」


「ああ」


「いい国だったよ…とてもいい国だった。文句の言いようもないね」


そう残したエヌは、次の国へと、去っていった。

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