――おとぎばなし B――(2)

「別に構わないのです。私には『恋人』がいるのですから、あんな薄情者がいなくても何の問題もないのです。むしろ、今までの不幸はあいつと一緒にいたせいなのです」


 いつもの人間の形に戻った人形の肩の上で、ベラドンナはぼやきました。


『そうだよ。僕は君と二人っきりがいいな』


「そうです。『恋人』とふたりっきり。これがあるべき姿なのです」


 ベラドンナは自分に言い聞かせるようにそういって、人形の頭を撫でました。


 その時、木々の葉がすれとは違う、何か人工的な音がベラドンナの耳に届きました。


 ベラドンナが肩を軽く叩くと、人形は誘われるようにふらふらと音のする方へと歩いて行きます。


「ははは! ははははは!」


 森の主がそこにいました。


 倒木に腰かけた燕尾服の青年の周りには、角のある馬のような生き物や、限定生産のフィギュアのような妖精など、ありとあらゆるファンタジーな生物が集まっています。青年が足で弾き鳴らすハープの音色に、身体を揺らしながら耳を傾けていました。


 青年は、愉快そうに『あんたがたどこさ』を歌いながら、りんごでお手玉をして高笑いしています。


「……やりなさい!」


 ベラドンナが柏手で二回拍手をすると、人形の指が光りました。


 パン! パン! パン!


 人形の放った指弾は正確にりんごを射抜き、破砕しました。


 その音に驚いた生き物たちが森に逃げ散って行きます。


「やあ、どうだった?」


 モレクは何事もなかったかのように尋ねます。


 指を鳴らすと、ハープはどこへともなく霧散します。


「何が『どうだった?』ですか! 意味不明なのです。頭がどうかしてるのです!」


「どうだった? 僕の合理的な選択は」


 ベラドンナの言葉が聞こえなかったように、モレクは問い直しました。


「むかつくのです。いらつくのです。八つ裂きにしたいのです。モレクは最低の人間です。この世の不幸の120%は全部お前のせいなのです」


 人形は次々と指弾を放ちますが、いずれもモレクの燕尾服にほつれ一つつくることができずにはじかれてしまいます。


「だろ? 合理的な人間は、正しいけどむかつくんだよ。それが答えさ」


 モレクは我が意を得たりとばかりに頷きました。


「……つまり、あそこに住んでいた奴らは、国を放棄したものの、どのコミュニティでも受け入れられず、子孫を残すことができなかった。故に滅びてしまった。そういうことですか。それを言いたいがためにわざわざこんなウザい真似をしたのですか」


 ベラドンナはモレクをジト目でねめつけます。


「なんだい? たまには、理屈のないドキドキも楽しいだろ? 君はよく言ってるじゃないか。『平凡な「恋人」はたいくつだ。いつも新鮮なサプライズが欲しい』って。君の人形じゃできないから、僕は『恋人』じゃないけど代わりやってあげた。楽しいだろう? 救われただろう?」


 モレクは自分の正しさを微塵も疑ってない様子で鼻歌を口ずさみます。


「おそらく、あの国の奴らもそんなことには気づいていたのです。自分たちの国以外で合理的人間であることが、社会に馴染む上で『合理的』でないことに。でも、どうしようもなかったのです。ココノハを元に戻せるのは、それを取り出したココノテだけ。彼らは人間らしいココノハを失ってしまっても、お前にココノハを戻してもらうのを待つしかなかった。つまり、あの国が滅亡したのは、全部、モレクのせいなのです。ジェノサイド級の戦犯なのです。不公正な軍事裁判にかけられて、処刑されるがいいです」


 ベラドンナがモレクを糾弾するように指を突き付けます。


「彼らが望んだからしたことだよ。どうしても気持ち悪い虫を食べられないからって。いくら僕でも、『気持ち悪い虫に対する嫌悪感』だけを消すなんて細かいことはできないからね。タブーを消滅させて、合理性を倍化させるくらいしかやりようがなかったのさ」


 全く気にしていない様子で、鼻歌にビブラートをかけました。


「無能の言い訳を聞かされて、私は全く不幸なのです」


 モレクの落ち度を見つけたことが嬉しかったのか、勝ち誇ったようにベラドンナが言いました。


「うーん、それなら、君も同罪かもねー」


「なんですか。罪をなすりつけようというんですか?」


「いや、君が盗まれたと言っていた、あの砂糖の砂漠に保管していた人形。あれに確か、あそこの住民から抽出した『非合理』のココノハを大量に材料に使っていたはずだよ。ココノハは一度、形に手を加えてしまえば、元には戻せない。つまり、君がココノハを加工してしまった瞬間に、彼らが生き残れる可能性は潰(つい)えてしまったということさ」


 鼻歌の続きであるかのように独特のリズムをつけて、モレクが解説します。


「ふん! そんなの何の問題もないのです。私は知らなかったのです。つまり、善意の第三者なのです。善意の第三者を罪に問うことなんてできないのです」


 ベラドンナは胸を張って言いました。


「そうだよ。君は何も悪くない」


 人形が賛同の意を表明します。


「合理的な結論だね」


 モレクは立ち上がって、燕尾服の汚れをはたきました。


「当然なのです。モレクみたいな一般ピープルにも私みたいに合理的になってもらわないと、まずます私が不幸になるのです」


「うーん、それはたぶん、無理かな」


 陽だまりの猫のようにあくびして、モレクが応じます。


「なんでです?」


 ベラドンナを眉をひそめて、不機嫌そうに問います。


「だって、人間が本当に合理的な存在なら――」


 モレクは砕けて種ごとばらばらになったりんごの残骸に目を落として、こう言いました。


「みんな自殺していなきゃおかしいもの。世界の環境のために」

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