第26話 歌枠と重大発表と、メンヘラの過去

おもむろ アンでーす。今日は、歌枠! 平成アニソンを歌うよ~。ウチ、平成世代やからね。昭和歌謡でもええかなって思ったけど、それは次の機会でやるわな』

 

 ワン先輩の実家から帰宅後、ウチはどうしようもなく歌いたかったので、新しい自宅兼スタジオで、カラオケをすることにした。

 家で気兼ねなくカラオケできるって、すばらしい!


 団地に住んでいた頃は、まさかこんな暮らしができるなんて考えもしなかった。


 自分がアイドルになることも、節約貯金どころか投資もやることも。


「一応、ここマンションなんよね。身バレするとあかんよってに、詳細は伏せるけど。スーパーも近所やし、一時間だけ使えるジムもあってね。社長が、ええところを見つけてくださいました」


 ただ、ロクに活用をしていなかったなと。

 なにをしようか、やってほしいネタをリスナーに募集した。「歌枠してくれ」との要望が多かった。


 ここ、アイドル事務所だもんね。歌なら、だいたいみんな知っているし。

 

 映画同時視聴だと、どうしてもウチの趣味に偏ってしまう。


『~♫』


 でもしょっぱなで歌うんは、劇場版探偵少年の歌やけどな!


『ええやん! この映画好きやねんよ! やっぱり平成は、この歌から始まらんと! 印象深いし。この映画な、ウチが初めて家族と見に行った映画やねんよ』


 リスナーから、「ちょっと、子供向けじゃなくね?」みたいなコメントが来た。


『そうそう。もっと児童向けの作品を見に行ったよ、って親からは言われてるんよ。でも、覚えてるんはこっちやねん。物心ついたときに見たんが、これやねんよね』


 両親はその後、ロクに映画なんて連れて行ってくれなかったが。

 なので、バイトして自分で行くようになった。

 お金が続かないので、DVDを借りるようにもなったが。


 ウチの家族は、団地住まいだった。

 特に、仲がいいわけじゃない。

 

 家に帰ると、まず両親がケンカ。

 父が同僚との麻雀でスッて帰っては、揉める。

 母がスロットで負けて帰ってきては、口論になるのだ。

 どっちもお酒飲みだったから、声もでかい。


 手を上げたりはしなかったが、言葉の暴力がものすごかった。


 ウチも姉も、学費にまでは苦労したことはない。とはいえ、毎日生活費はカツカツで。

 だが、旅行にもロクに言ったことがなかった。


 ウチは本を読むか、DVD見るかの人生だったのである。


 続いて、ウチが中高生の頃にかかっていた曲を歌う。


『学生時代はどうやったんか? 友だちはおったよ。でもなぁ、オタクサークルには入らんかった。見学してみたけど、創作系ではなかったんよね。アニメの感想言うくらいでさ。つまらんかった』


 もっと自分でなにか会報やら機関誌を出すなら、少しは考えたのだが。

 

『あのねえ。姉はね、オタサーにおったんよ。「サークルを潰すんが趣味なんか?」みたいな女で、行く先々のオトコを狂わせていくんよ』


 サークルだけではなく、バイト先の男性もトリコにしていった。


「姉ちゃんってモテるの?」との質問が、リスナーからくる。


『なんか、モテてんよ。ウチはギャルやったけど、男子からは近寄りがたいって印象やってんて。せやけど姉はねえ、ブサイクではないんやけど普通やってんよ』


 見た目はおとなしめで、スキが多かったような気がした。

 家庭的で、料理も得意だった。親は何も教えてくれなかったので、自力で料理本を図書館で借りて学んでいたようだ。

 だが、レストランに務めると接客ばかりやらされていたらしい。

 本人としては、男性以外に愛想を振りまくのはムダと考えていたみたいだが。


『一言でいうと姉は、バイトが変わると男も変わる女やった』

 

 リスナーと爆笑する。


『仕事はするんよ! 仕事は。家族の面倒も見るんよ。大学の費用も、自分で稼いだし』

 

 ウチも、ゴハン作ってもらうのは姉ばっかりだった。

 姉だってクラブやバイト、社会人になってからは仕事もしていたのに。

 どこにそんなバイタリティがあるのか、わからない。

 

 ウチだったら、家に帰ったらなにもしたくないタイプだっただけに。

 短大の学費も、ほとんど親から出してもらっていた。


『せやけど姉は、人間関係のせいで何もかもやめる、典型的な女やったわ』


 どこで男をひっかけてくるねん、という女だったなと。


『で、ホストに狂って、ヘラって帰って来るっていうのを繰り返していたなぁ』


 仕事はできるため、ウチより社会人としての適応力は高かった。

 しかし、男関係にだらしなく、稼いだ金はすべてホストの懐に入っていく。


『いや、なんでこんな話をしたかって言うと、この間屋台で飲んでたんよ。そしたら、ホストが同伴しててさ』


 それで、姉を思い出したのである。


『あいつ今、どないしてんねやろ? 捕まることはせんとは思うけど』


 ちなみに、姉がひいきにしていたホストは、つい最近刺された。テレビでも、大々的に報じられている。容疑者は掴まったが、姉ではなかったのでホッとしたが。

 被疑者も、その男に金を貢ぎまくっていたらしい。で、他の客にばかり色目を使うホストに腹を立てたとか。


『音信不通やけど、大丈夫やろうとは思うわ。表面的には、まっとうな社会人やから』


 あくまでも、表面的には、だが。


『Vのタレントやってるんちゃうって? ないない! 絶ッ対ない! Vの存在自体、知らんのとちゃう? ウチのオカンと一緒で、ネットメディアに疎いんで。YouTuberすら、よくわかってへんと思う』


「両親は、お金があるなら仕送りしてこいと言われないのか」との質問が。


『これがねえ。ないのよ。それくらい疎遠で。いてへんもんやと思われてる。短大の学費は返したよ? それっきり会うてない。ウチも、帰るつもりないし』


 リスナーから立て続けに質問が。「連絡は?」と来た。


『二年前かな? 引っ越したらしい。父方の実家を譲ってもらったって。両親って、どっちも親戚とは疎遠やってんけど。父から祖父かな? が、亡くなって。でもオカンは「介護したくない!」ってワガママ言うてるみたい』


「元気やから、あんたの世話にはならん!」って、祖母は言っているらしいが。


 なんだかんだ言って、ここから両親と祖母が和解できればいいかなと思っている。

 身内と縁がないってのは、ウチとだけにしてほしい。


『「アンちゃんは、結婚願望ないの?」っか……ない。これはハッキリ言える。ないなぁ』


 元々、男性に興味がない。

 別に「女性の方が恋愛対象だ」とは言わないが。

 

『姉の恋愛遍歴で、ちょっとクズ男を見すぎたアハハ!』


 男性のダメな部分しか見てこなかったので、男性に対して嫌悪感しかないのだ。


『結婚してくださいムリムリムリ! ウチ料理もできへんし、子どもを産むとか、なんの想像もできへん!』

  


「家族を持ったら、自分もあんな両親みたいになるかも」と、ウチは未だに思っている。


 むつみちゃんがいなかったら、投資どころか節約や貯金もできなかっただろう。



『というわけで、重大発表です。なんとウチは……ファッションメンヘラでしたー!』


 だがリスナーからは、「移籍前から知ってた」と返ってきた。


『うそお! ウチかなり、姉を擬態してみたんやけど!? トレス力には、割と自信あったのに!』

 


  

 


 数日後、ハッカむしヨケさんと再会した。

 なんと、事務所の会議室で。


「ど、どうも」

  

「今回お会いしたのは、あなたについてなんです」


「……はい?」


 ウチ、なんか、やらかしたか?


「実は、あぶLOVEのタレント様へ楽曲提供する件で、以前から春日社長と打ち合わせをしておりまして」


「は、はあ」


おもむろ アンさんに新曲を書いてくれと」


「おおおおお!?」

 

 それが、ハッカさんと会社とが和解する条件だという。


(第五章 おしまい)

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