第12話『んー。盛り上がってるね。よきよき。んじゃ楽しいお話。始めようか』

お茶会という名目でリヴィアナ様とローズ様、アリスちゃんと私が集まって、私の今後について話をしたが、良い案も出ないままその日は夜になってしまった。


そして、今日は改めてお話をするという日なのだが、イービルサイド家に来て早々ローズ様が壊れていた。


「あー。もうダメー。ムリムリムリムリ。どうにも出来ないよぉ」


「ロ、ローズ様。あの、落ち着いてください」


「落ち着いてるよぉ! 落ち着いてるもん!! でももう私、エリカお姉様のよしよしが無いと、頑張れないのぉ」


「……」


お茶会の会場に現れて早々に、ローズ様は壊れたまま無茶な要望を私にぶつけてくるのだった。


そして、それを見ているアリスちゃんは無言のままニコニコしている。


いや、ニコニコしているけれど、笑っていない。その笑顔は笑っていないよ! アリスちゃん!!


「えと、あのローズ様?」


「やだやだやだぁー。アリスちゃんみたいに、ローズちゃんって言ってぇ!」


「……それは流石に。ローズ様は私より身分が上ですし」


「ローズちゃん」


「いや、その」


「ローズちゃん!」


「あの……ローズちゃん」


「えへへ。なぁにー? エリカお姉様!」


「いえ、何も」


「あのね。エリカお姉様。私ね。頑張ってるんだよ? どっかの頭が絶望的に足りない王様が無茶ばっかり言ってるから、それでグリセリア領の臣民がみんなイライラしててね。毎日、そろそろ反乱ですか? とか、腐った国を立て直そうとか、言ってくるの。それを私、頑張って駄目だよって言ってるんだから! ね? ね? 私、頑張ってるよね?」


「そ、そうですね。ローズ様は素晴らしい行いをされてます」


「ローズちゃん!」


「あっ。そうですね。ローズちゃんでしたね。はい」


「よしよしは?」


「え?」


「頑張ったご褒美に、よしよしは?」


「……え、えーと。ローズちゃんは頑張れて凄いね。よしよし」


「えへへー」


なんだろうか。これは。


侯爵令嬢が伯爵令嬢(養子)に頭を撫でられて喜んでいる。


これで本当に良いのだろうか。


「楽しそうですね。恵梨香お姉様」


「アリスちゃん!」


「はは。まぁ、冗談ですよ。冗談」


目が笑ってないよ。アリスちゃん!


「もっと、よしよしー」


「はは。面白いですね」


早く終わってー!!!


という私の声に出せない叫びを神様が聞き届けてくれたのか。


それからそんなに時間を掛けずにローズ様は普段の様子に戻られて、アリスちゃんも落ち着ていった。


そして、他のメンバーも到着しそれぞれが椅子に座る。


「本日はお招きありがとうございます。エリカ様。お久しぶりですね。とは言っても、エリカ様は覚えてらっしゃらないかもしれませんが」


「えと、はい……。あの。申し訳ございません」


「いえいえ。構いませんよ。すっかりお疲れの様子でしたし。私も支援物資を届けてすぐに帰ってしまいましたから」


「……はい」


「では改めてご挨拶を。私はレンゲント侯爵の娘。ジュリアーナ・セイオニス・レンゲントと申します。以後お見知りおきを」


「丁寧にありがとうございます。私は、イービルサイド家の」


「エリカ様」


「え? あ、はい。なんでしょうか?」


「出来れば貴女の本当の名前をお聞かせ下さい。折角ですから。異界より来られた方」


「……っ!? え、いえ、私は」


「大丈夫。ここに居る人間は皆、事情を存じておりますわ」


「そ、そうですか。」


「はい」


「え、えと、はい。私は水野恵梨香といいます。あの、よろしくお願いします」


「えぇ、よろしくお願いいたします。私からは以上ですわ。リーザさん」


「はい。ありがとうございます。エリカさん。お久しぶりです」


「リーザ様!」


「私の事はリーザとお呼び下さい」


「承知いたしました。ではリーザさんと。もうお体は大丈夫ですか?」


「お陰様で。あれから何の異常もなく、日々健やかに過ごしております」


「それは良かった」


「これも全てエリカさんのお陰です。大雪の中、ヘイムブル領まで……来て、いただいて! 私は、なんとお礼を言ったら良いか」


「泣かないでください。あの雪の中、リーザ様の町まで行く事が出来たのは、全て共に居た方のお陰ですから」


「それでも! それでも私や弟、母を救ってくださり、領民にも! 分け隔てなく、手を差し伸べて下さった。そのお気持ちはエリカ様の物です! 本当に、ありがとうございました」


「……そう言っていただけると、私も嬉しいです。どうぞこれからも健やかに」


「はい!」


私と、リーザ様の間で和やかな空気が流れる。


しかし、その空気が次の瞬間、粉々に破壊されてしまった。


「そういえば、エリカ様は婚約者が決まっていないと伺ったのですが」


「あ、はい。そうですね」


「では、弟は如何でしょうか! 姉の私から見てもとても秀でた所の多い子なのですが……」


「恵梨香お姉様に、ヘイムブルなんて辺境の地は似合わないと思いますけどね」


「……イービルサイドさん? 突然なんですか? 今、私とエリカさんがお話をしている所なのですが」


「言っておきますけどね。恵梨香お姉様もイービルサイド家の人間ですから。その辺り、忘れないで貰いたいですね」


「……」


「……」


重い!!


急に空気が重くなってしまった!


さっきまで楽しくお話をしていたのに、何でこんな、事に。


「リーザさん。駄目ですわよ。伯爵家では王の暴虐は止められないでしょう? 本日、ここへ来た目的を忘れたのですか?」


「……っ、ジュリアーナ様。申し訳ございません」


「構いません。貴女の気持ちも分かりますしね」


「ありがとう、ございます」


「ですから、私から別の案を提示しましょう。エリカさん。私のお兄様と婚約してください」


「ぅえ!?」


「そして、リーザさん。貴女が私の弟と結ばれれば、家としても貴女としてもとても良い事になるでしょう?」


「なるほど! 流石はジュリアーナ様です! 確かに私の案より、ジュリアーナ様の案の方がずっと素晴らしいですね!」


「当然エリカ様も私の意見に……」


「少し……横暴が過ぎるのではないですか? レンゲント侯爵令嬢」


楽しそうに語るジュリアーナ様の言葉を遮る様に、ローズ様が突如として冷たい言葉を突き刺した。


その鋭い敵意が向けられているのは私ではないというのに、思わず震えそうになってしまう。


「あら。なんの事かしら。グリセリア侯爵令嬢」


しかし、こんな冷たい空気の中でもジュリアーナ様は変わらず、挑発する様に扇子を広げて、全く目が笑っていない笑顔でローズ様に視線と言葉を返していた。


寒い。


凍えそうだ。


私は完全に体を凍り付かせて、震える事すらできなくなっていたのだが、不意に右手が柔らかい何かに包まれる。


「……?」


何だろうと思って右側を見れば、そこには笑顔のアリスちゃんが。


その姿はまるで天使の様で、私は凍り付いていた体が一気に温かくなっていくのを感じた。


そして、そのすぐ直後に左手も右手と同じ様に温かい何かに包まれており、そちら側へ視線を向けてみれば、笑顔のリーザ様が居た。


こちらもアリスちゃんと同じくこんな極寒の世界でも強く、美しく、人を気遣う事の出来る温かい心を……。


「ヘイムブルさん。恵梨香お姉様から手を離して下さって大丈夫ですよ」


「それを決めるのはエリカさんでしょう? 貴女では無いわ。イービルサイドさん」


ど、どうして……。


先ほどまでは温かい空気が流れていたのに、突然の雪景色である。


「お姉様はお優しい方なので、言えないだけですよ」


「思い込みの激しい妹が居ると大変ですね。エリカさんも可哀想に」


「はっ。どちらの思い込みが激しいんでしょうね。自称ドラゴンを倒した一族の末裔さん」


「……貴女、今、私のご先祖様をけなしましたか?」


「別にけなしてはいないですよ。ただ、そうですね。イービルサイド領でもたまにあるんですよ。大きなトカゲを退治した領民がドラゴンを倒したと主張する事が。まぁ、とても微笑ましい事ですから、我々もその勇敢な英雄をドラゴン退治の英雄として称えるのですが」


「貴女!!」


「アリスちゃん。駄目だよ。誰かの気持ちを馬鹿にする様な事を言っちゃ」


「う……ごめんなさい。恵梨香お姉様」


「謝る相手が違うでしょう?」


「……申し訳ございません。ヘイムブルさん」


「い、いえ」


怒りのままに立ち上がったリーザさんはアリスちゃんが謝罪した事で、先ほどまでの勢いがなくなり、ひとまず落ち着いた。


表面上だけかもしれないけど、互いに矛を収めてくれるみたいだった。


ホッと、一安心。一息つけたぞ。と思ったのも束の間。別の所で止められない争いが再燃していた。


「自重しなさい。リーザさん。私達は誇り高き一族。口でしか動かぬ者達の挑発に乗り、蛮族の様な争いをすべきではありません」


「申し訳、ございません。ジュリアーナ様」


「しかし、引けぬ戦いがあるというのも確かです。敬愛する方を貶されれば、怒りが沸くのも当然でしょう。しかし、こう考えるのです。リーザさん。所詮、誇れる者が何も無く、ただ金銭と地位にしがみ付いた愚か者の戯言だと。貴女が耳を貸す必要はありませんよ」


「確かにアリスさんに非があった事は認めましょう。しかし、交渉もせず争いばかりを起こす蛮族の方々に、愚か者などと言われるとは驚きですね」


「そういうお話は国境の向こう側にいる蛮族に仰って下さいな。得意なんでしょう? 交渉が。あまり成果が上がっていない様に見受けられますが」


「……っ」


「それでも宰相だなんだと地位をひけらかす事だけはお得意な様ですから。そういう適職があると良いですわね。どういう職が良いかしら。道化師とかお似合いなのでは無いでしょうか?」


「っ。蛮族が、よくもまぁそこまで理性の無い発言が出来るものですね。誇りなどと言っていますが、所詮自己満足の世界で培われた物だとよく分かります」


再び訪れた極寒の世界は、アリスちゃんとリーザさんも巻き込んで世界を終わらせてしまった。


私から見て、右側にアリスちゃんとローザ様が座り、左側にはリーザさんとジュリアーナ様が座っている。


そのどちらもが対面を睨みつけて、もはや言葉もなく静かに時を止めていた。


そして、このまま永遠に凍り付くのかと思った世界は、ようやく訪れた人によって粉々に壊されるのだった。


「んー。盛り上がってるね。よきよき。んじゃ楽しいお話。始めようか」


それが良いか悪いかは別として。

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