Death遊戯 2

【3】


 ンンロとは酔っ払いであふれ喧騒にまみれた場末の酒場で出会った。

 HELL地獄に落ちたての多くの者がやるように、強制労働で得たなけなしの賃金を全て消費する勢いで酒を浴びるように飲んでいた時のことだ。


 付近の酔っぱらいに絡まれたり絡んだり、どこかで起きるケンカを眺めたり囃していると、突然、後頭部に衝撃が走り僕は勢いよく額をテーブルにぶつけた。その様子に気づいた酔っ払いは大爆笑していた。


「いっ…………なにぃ?」


 目を白黒させて何が起きたのか酔っぱらい達に尋ねたが、爆笑と乾杯が返ってきただけだった。


 僕のほうも泥酔していたので、まあいいやと気を取り直し乾杯をしてジョッキに口をつけようとした時、


「悪いねあんた。頭だいじょーぶ?」


 背後から声をかけられた。不思議にきれいな声が周りの雑音を押しのけて直接脳みそに響いてきたことを覚えている。


 緩慢な動作で振り返ると、隈の濃い目を眠そうに細めた少女が、これっぽっちも悪いと思っていなさそうな視線を向けてきていた。


 白色と赤色の髪が混ざった無造作ヘアーにパンク風ファッションといったいで立ち。特にオーバーサイズの真っ赤な革ジャンが目を引く。

 天使のように綺麗な声には似合わない恰好がここHELL地獄を表しているようだと思った。


「んー、大丈夫、大丈夫。僕、頭硬いほうだから」    

 と僕は調子にのった言葉を吐いて自分の頭を叩いた。


 が、手が触れたのは、生まれてから飽きるほど触ってきた僕の頭ではなく、細くて柔らかい針のようななにかと少しざらざらする皮めいたなにかだった。


「大丈夫じゃなかった?」

「んんー? いや、なにか変……」


 僕は頭を触り続けた。いくら触っても何がどうなっているのかわからなかった。頭がグルグルする。


「ちょいと、君。もしかして新人さんじゃない?」

 真向かいの男性がそう言って、スマホの画面をこちらに向けた。

 そして、そこに写っていたのは、首から上が緑色のサボテンになっている僕の姿だった。


「HELL地獄じゃ別に特別おかしいことじゃないから気にしない方がいいよ。ほら」


 そういわれて周りでもそういった人が大勢いることに改めて気が付いた。腕が四本ある女性、頭に角を付けたバーテンダー、テレビ頭、スーツを着た熊。真向かいの男性の顔をよく見ると、眼が六つ存在していた。


「そうなんですねえ」

 僕がそういうと、隣の酔っぱらいが「そうそう」と相槌を打った。

 ということで「考えるのは後にしよう」と思考を放棄し、見えないけれどあるはずの口からビールを体内に流し込んだ。口も目も耳も付いてないけれど感覚はある。どういう理屈なのだろう。


「あんた面白いね。一杯奢ってよ」

「えー……まあいいよ」


 パンキッシュな少女が隣に座り、僕たちは酒を飲み交わしながら色んなことを話した。

 彼女の名前はンンロだということ。彼女は生粋のHELL地獄生まれHELL地獄育ちの地獄人らしいこと。僕は事故死して地獄へ落ちたばかりだということ。名前は思い出せないこと──ンンロが「サボテンでいーじゃん」と言って周りの酔っぱらいも同意したのでそうなった。趣味は強いて言うのなら小説を書くこと。

 また、彼女はなにか『でっかいこと』を成し遂げるために別の街から来たらしいこと。この街はヘルバイスとよばれ地獄の中でも大きいほうで治安が悪く、金と欲望とカオスに塗れているらしいこと。


「サボテンは書くのが好きっていうけどさ、それって誰かやった『でっかいこと』をかっこよく書くこともできるの?」


「伝記みたいなものかな? んー、どうだろ。僕はそういうのを書いたことがないけど……まあできると思うよ」

「ふーん。いいじゃん」


 少女が何杯目かの大ジョッキビールを飲み干してその唇を舌──先が二つに分かれていた──で舐めた。

 そしてドスンとジョッキをテーブルに叩きつけて立ち上がった。


「それじゃあさー、これからあたしに付き合ってよ」


 僕は返事をする間もなく、腕を強く引っ張られてそのままに店を出た。


「えっ、ちょっと!?」

「いいからいいから、とりあえずあんたのネグラ連れてって」


 その日の記憶はそこで途切れている。そこから先何があったのかは知らない。


 翌日、僕は自宅の部屋の隅で目を覚ました。布団を買わないとなとぼんやり考えながら二度寝をするか考えていると、

「おは」

 声の方向に顔を向けた。少女がHELL地獄の手引きの上に座っていた。傍らには真っ赤な革ジャンが畳んで置かれている


「おはよう……えー、君はンンロ、だっけ……」

「そ」

「────なんでここにいるの!?」

 僕は慌てて自分の身体を確認した。幸か不幸か昨晩のまま何も変わりはなかった。


「何もなくて部屋じゃんね」


  ンンロはこちらを一瞥もせずにピンク色の携帯電話の画面に集中している。しばらく答えを待っていたけれど彼女は答える気がないようだ。

 やれやれと心の中でつぶやき、唯一部屋に備え付けられている小さな流し台へ向かい顔を洗った。

 そして、自分の顔がサボテンになっていることを思い出した。少し考えて、結局顔の感触がする部分だけを洗うことにした。


 洗顔を終えると、ンンロがパタンと携帯電話を閉じて立ち上がった。


「んじゃ、いい時間だしそろそろヤりにいくよ」

「えっ? ヤ、ヤるって?」

「まずはナスティハウンドのところからね」

「ナスティハウンド?」

「南の繁華街あたりを仕切ってるギャングチームの一つ。ダサい名前だと思わない?」

「えっ? いや……ちょっと、そうじゃなくて、僕も何かやるの? そもそも何の話をしてるの? 君はなんでここにいるの?」


 ンンロは相変わらず僕の質問に答えてくれず、代わりに何かをこちらに放り投げてきた。反射的に受け取ったそれは、手のひらに収まるほど小さな銀色の拳銃のように見えた。


「こ、ここ、これ、もしかして拳銃──」

「そう。わたしのお古だしもうボロボロだけど、まだふつーに使えるから」

 事も無げに言い放つンンロ。


「い、いや……なんで……え?」

「なんでって、カチコミに行くのに手ぶらは流石にあたしでもやらないよ」

「えぇ……? カチコミってあのカチコミ?」

「昨日説明したじゃーん」ンンロが面倒くさそうに言った。

「ほら、とにかく行くよ。あと、その銃結構大事なものだから無くさないでよ」


 こうして僕はなにも理解できていないままに、初めての銃撃戦と死と殺しを経験することとなったのだった。

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