依存症に立ち向かうということ

 それから俺と結衣の依存症との闘いの日々が始まった。

 依存症なんていうものはそう簡単に治るものじゃない。結衣と一緒に病院に行って説明を受けて、俺も自分で調べたりもした。


 依存症は完治の難しい病気だ。先生も言ってたけど。完治はしないなんて書かれているウェブサイトなんかもあった。

 でも、どこもやっぱり大事なのは『止め続けること』って書いてあって。


 俺と結衣が目指すべきなのも、結衣が依存することを『止め続ける』ことなんだ。

 依存することを止め続けて、普通の人と同じような日常が送れるようにすることなんだ。


 俺は結衣と話しあって、まずは最初に睡眠薬はもう買わないという約束をした。ちゃんと用法を守って摂取するなら問題ないのかもしれないけど、結衣のそれは過剰摂取しないとダメになってしまっている。

 そんなことをしていれば体に良くないのは当然で、最悪死んでしまうことだってあるかもしれない。


「もう睡眠薬に手を出すのは止めような。俺に隠れて買うのもダメだ」

「うん……そもそもイツキが傍にいてくれれば必要のないものだから……大丈夫だよ」


 それから、リストカットも絶対にやったらダメだということも言い聞かせた。

 結衣の場合は自分を傷つけることが目的で、自殺をするために手首を切ったわけじゃない。それでも一歩間違えれば動脈を深く切り裂いて死んでしまっていたかもしれないんだ。


 そんな危ないこと、絶対にさせたらダメだ。


「結衣……手首を切ったりするのも、絶対にダメだからな」

「……うん」

「結衣は価値のない人間なんかじゃないんだ。罰を受けなきゃいけないことなんて何もないんだ。だから、自分を傷つける必要なんてないんだよ」

「……でも、私汚くて……」

「汚くなんかない。罰を受ける必要もない。結衣は俺にとって一番価値のある存在なんだ。一番大事な人間なんだ。それなのに自分に価値がないって思うのか? 俺の気持ちって、そんなに価値のないものなのか?」

「そんなことないッ! イツキの気持ちは世界で一番価値があるよっ! 私が貰って一番嬉しいものなんだよ……!」

「だったらお願いだ。お願いだから、もう二度と自分を傷つけようとなんてしないでくれ。結衣が傷ついたら俺が悲しいよ。俺の心が痛くなるんだ」

「……わかった……」

「ありがとな、結衣」


 結衣の実家には、俺から連絡を入れさせてもらった。結衣は家族が苦手というか、家族から愛情を向けられたことが無くて、家族とどう接したらいいのかわからないみたいだったから。

 結衣の電話を借りて、結衣の現状について少しだけ話をした。


 俺は結衣を実家に帰そうだなんてことは考えなかった。いや、正確に言えば最初は考えたんだけど、すぐにその考えを改めたんだ。

 結衣は家族のことが苦手だ。家族から愛情を向けられたことが無いとも言っていた。どれがどこまで本当のことかは俺にはわからない。


 結衣の話は結衣の主観でしか物事を見ていないから、もしかしたら結衣が思ってたよりも結衣の両親は結衣のことを見ていたのかもしれない。関心があったのかもしれない。

 それでも俺が実家に帰さないことに決めたのは、やっぱり結衣が言っていたことも半分以上は本当なんだろうなと思ったからだ。


 小さい頃結衣の家に遊びに行ったとき、ほとんど結衣の親の顔を見たことが無かった。俺の親なんて結衣が遊びに来るたびに顔を見せてお菓子をあげて甘やかしていたのに。

 それから……結衣があんな目にあったっていうのに、引っ越しもせずにずっとそのままあの街に住み続けているということ。この事実が、結衣の両親はやっぱり結衣のことについてあんまり関心もないし、愛してもないんだろうなと俺に思わせたのだ。


 普通、子供を愛していたら心が壊れるほどのことがあった街に住み続けないだろう。さっさと引っ越しでもするなりして、少しでも心の傷を塞ぐような努力をする……と思う。

 でも結衣の両親はそういった手段はとっていなくて、ずっとあの街に住み続けている。結衣のことを本当に考えているのならそうはならないだろう。


 経済的なこととかもあっただろうし、本当のことはわからない。でも結衣を実家に帰すということは、結衣の心を壊すきっかけになった出来事が起こった街に帰すということだ。そんなところでまともに結衣の心の治療ができるわけがない。


 電話口での結衣の両親は、俺の話に対して言葉少なに「娘のことをよろしくお願いします」とだけ言ってきた。金銭的な援助はするから、何か物が入用なら遠慮なく言って欲しいとも。

 でも、実家に帰って来いとか、顔を見せに来いとか、そういったことは一度も言われなかった。だからやっぱり、実家に帰さないってことは間違ってないんだと思う。わからないけど。


 それから……俺と離れる時間についても結衣と話し合いをした。

 最初はまともな話し合いにならなかった。


 病院で一旦は納得していた結衣だったけど、病院から俺のアパートに帰ってきてある意味『日常』に触れてしまうと、やっぱり俺と離れるのが怖くなってしまったみたいで。


「やっぱりやだぁ……! イツキと離れるなんて無理だよぉ……! ずっと一緒にいたいよぉ……! なんで離れなきゃいけないのぉ……!?」


 ぼろぼろに泣きながら俺に縋りついてくる結衣に、俺の心臓が締め付けられる。

 こんな状態の結衣を俺の傍から離して本当に大丈夫なのだろうか? 無理をして結衣の心がさらに壊れてしまったりしないだろうか?


 そもそも……こんな状態の結衣を、俺が突き放すことができるんだろうか……?


「結衣……」


 結衣の名前を呼ぶ。結衣を腕の中に抱きしめる。

 結衣を腕の中に抱きしめて、閉じ込めたまま離したくなくなる。結衣を俺だけのものにして、ずっと俺の傍にいさせたくなる。


 ……でも、それはダメなんだ。そんなのは結衣のためにはならないんだ。


 ――決めただろ、俺。結衣と一緒の未来に行くんだって。


 そのためには、いくら今が辛くたって、結衣が俺に縋りついてきたって、必要なことなんだって言い聞かせてやってもらうしかないんだ。

 心を鬼にして、縋りついてくる結衣の腕を引きはがして、結衣のためになることをしなければいけないんだ。


 それで例え結衣に嫌われてしまっても、結衣の心が良くなるならそれでいいじゃないか。

 この際、俺がどう思われるかなんて関係ないんだ。


 そう決意をして、しっかりと結衣に言い聞かせる。結衣の目を見て、結衣が逃げないようにする。


「まずは……週に一日。週に一日だけ俺と離れる時間を作ろう。俺と過ごさない日を作ろう。結衣のアパートはまだ契約したままだろ? だから、週に一日はそこで過ごすようにしよう。できる?」

「できない……! できないよぉ……!」

「できなくても、やるしかないんだ。依存することを止め続けるには、まず始めるしかないんだよ、結衣」

「……止め続ける……」


 結衣と離れる時間ができるのは、正直に言って俺だって寂しい。この一年以上ずっと結衣と一緒に過ごしていたのだから当たり前だ。

 それでも、これは結衣のためなんだ。


「イツキ……私、離れててもイツキのことが好きだから……小さい頃からずっとずっとそれだけは変わらないから……!」

「結衣……俺も同じだ。離れてる時間も結衣のことを想ってるよ。だから大丈夫だよ」


 そうやって今まで結衣が依存していたものに対して、結衣自身と一つ一つ話し合っていった。

 もちろん夜の生活についてだって話し合った。


 実習に行くまで毎日のように結衣としていた行為。実習から帰ってきてからは一度もしていない。

 だからだろうか。結衣はあんなことがあったのに、結衣だって傷ついて不安で揺れているのに、時々顔を赤くして息を荒くして俺の顔を見つめてくるときがある。


 ――俺と一緒にいるときに、俺を求めることが自分で抑制できていないのだ。


 そういう時は、病院で処方してもらった薬を飲んで体を落ち着けさせる。でも、薬に頼ってばかりもいられない。

 だから、時々抱きしめたり、キスをしたりして結衣の心を落ち着けさせる。


 セックスはできないけど……体を触れ合わせて、結衣の心にも触れるんだ。


 少しづつ、少しづつ……そうやって俺と結衣は依存症に立ち向かっていくんだ。

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