二人の大学生活

彼女は積極的だった

 俺と結衣は付き合い始めてから、ほぼ四六時中一緒にいたと思う。結衣が俺の傍から離れたがらなかったからだ。

 どうしても一緒にとれない講義とか、ゼミや進路のことで外せない用事があるとか、俺が少しだけやってる個別指導塾のバイトとか、そういった時間帯以外ではほぼ常に一緒にいた。


 俺は久々に結衣に会えて、長年の思いが成就したことで浮かれていた。だから結衣が俺と常に一緒にいてくれることに、そこまで深く何かを考えることはなかった。

 でも結衣はどうなのだろうかと思って、俺は一度結衣に尋ねたことがある。


「なぁ、結衣。俺とずっと一緒にいるけどさ、友達とか、先輩とか、そういう人たちと遊びに行ったりとかしなくていいのか?」

「いい、別に。イツキの傍にいたい」


 そう言って結衣は俺の腕を胸に抱きしめて離さなかった。











 結衣とは家で過ごすことも多かったけど、デートにもたくさん出かけた。


「あー! もうちょっとでとれたのにー!」

「くぅう……悔しいなこれ!」


 ゲームセンターで遊んだり。


「ここのケーキめっちゃくちゃ美味しいんだよ!」

「へぇー……お、確かに美味いな」


 喫茶店でお茶をしたり。


「じゃじゃーん! どお? この水着!」

「めちゃくちゃ可愛くて……えっちです……」


 二人でプールや海に出かけたり。


 いろいろなところに出かけて、二人の思い出を作っていった。

 そして、出かける先々で結衣は俺を誘ってきた。


 デートを楽しんだ帰り道。近くのホテルに二人で入ったことは何度もある。

 海なんかは、人気のないところに誘われて外で肌を重ねた。まるでエロ漫画のような行為で、俺も結衣も二人していつもより興奮した。


「イツキ……いつも私に付き合ってくれてありがと……ごめんね?」

「なんで結衣が謝るんだ? 俺は結衣に求められて嬉しいよ」


 俺は結衣が初めての彼女だったから、恋人がこんなに毎日毎日行為をするのが普通なのかはわからない。ネットでちらっと調べても、週に二、三回だとかって話もあったり、でも大学の時は毎日のようにヤってたって話もあったり、いろいろだった。


「イツキ……愛してる……ずっとそばにいてね……?」

「もちろん……俺も愛してるよ、結衣……」


 毎日のように二人で抱きしめあって、愛を伝えあう。

 この時の俺は、間違いなく幸せだった。











「じゃあまた後でね、イツキ」

「おう、また後で」


 大学二年生のある日のこと。

 結衣とは別々の講義があってお互いがそれぞれの教室へ足を運んだ。


 俺は教室の真中付近の席に座って、講義が始まるのを待っていた。そんな俺の隣に、大学でできた友人が腰を下ろした。


「おう、陸」

「よ、樹」


 相上陸あいがみりくは大学初日にオリエンテーションで話しかけた男子で、それ以来友人として幾度となく遊んだり、一緒に講義を受けてきた。陸は今どきの大学生といった感じで、髪も茶色に染めているし、服装もファッションに気を使っているのかオシャレなものが多い。耳にイヤリングをしているのは、ピアスの穴を開けるのが怖いとかいう理由だけど。

 結衣と離れ離れになる講義は、だいたいこの陸が一緒に受けている。


 俺と陸は鞄から教科書とノート、鉛筆を取り出す。最近の大学生は教授のスライドをスマホで撮影したりする奴もいるが、それでは頭に入らないと思って毎回真面目にノートをとっている。

 そうやって準備をしていると、陸がなんだか気まずげに俺に話しかけてきた。


「なあ、樹。話半分というか、冗談の類というか……とにかく、あんまり深刻に捉えないで欲しいんだけどさ」

「なんだよ、そんな深刻そうに」

「樹の彼女の乙倉さんだっけ? ちょっとよくない噂を聞いたというかさ……」

「結衣の……?」


 結衣の良くない噂ってなんだ。

 突然そんなことを言われて、俺はむっとなってしまった。


「なんだよ、それ。どんな噂?」

「いや、うーん……やっぱいい。忘れてくれ。聞かなかったことにして」

「はぁ? そんなこと言われて気にしないとか無理だろ。なんなんだよ、いいから話せって」


 俺がそうやってせっつくと、陸はおずおずといった調子で話し始めた。


「乙倉さんが入ってるサークルさ、あれヤリサーらしいんだよね。ホントかどうかはわかんないけど、俺の入ってるサークルのメンバーがそんなこと話しててさ。男も女もみんなやりまくりって話らしい。だから、そこに所属してる乙倉さんももしかしたら……って話」

「……いや、なんだよ、それ」


 結衣が所属してたサークルがヤリサー? なんだよ、それ。

 じゃあ何か? 結衣はそこでやりまくってたってか?


「ごめんって! あくまで噂だからさ! 嘘かもしれないし、仮にホントだったとしても乙倉さんは関係ないかもしれないし!」

「……そうだよ。結衣は関係ないって。……それに、結衣は俺と付き合い始めてからサークル辞めたから今は本当にもう無関係だぞ」

「あ、そうなんだ……じゃあ本当に関係なかったのかもね」


 そうだよ、関係ないに決まってる。結衣がそんなヤリサーで、なんて……。

 頭ではそう考えても、俺の中にどこかちらりと湧いてくる疑念があるのも否定できなくて。


 結衣が初めてじゃなかったのは本当で、結衣はそのことについて気に病んでて……。

 でも、結衣に「結衣が入ってたサークルってヤリサーだったの?」なんて聞けるわけないし。


 それに結衣は今、ほぼ四六時中俺と一緒にいて、俺を求めてくれている。俺に愛を伝えてくれている。


 陸と話していると、俺のスマホからメッセージを受信したときの着信音が流れる。

 送信相手は結衣で。


『イツキが一緒にいない講義つまんなーい!』

『俺も結衣がいない講義はつまらん』

『おー! 私たち相思相愛だね! 愛してる、イツキ!』

『俺も愛してるよ、結衣』


 俺はやっぱり結衣のことが好きで、愛していて。

 だから、例え結衣の過去がどうであれ、本当にヤリサーに所属していたのであれ、大事なのは今なのだと。


 今、俺と結衣がお互いに愛し合っているのが重要なのだと。

 俺はそう思って、結衣の噂に関しては心のうちにしまっておくことに決めたのだった。

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