海と陸の境目-5

 目の前の元上司――もといマミさんは、僕には目もくれず後ろのシショを睨みつけた。

「――シショ、なにをしにきた」

 シショはいつもと変わらない様子でヘラヘラと言った。

「いやぁ、可愛い後輩の頼みだからさ」

 マミさんの視線が僕を指す。

「もう一度海に会ってください」

 僕がそういうと、彼女は大きなため息をついた。

「何度会っても同じことだ」平静を装う彼女の拳が、固く握られていることに気づいた。

 シショは何を思ったか「んじゃあ、またこの後輩だけで会いにいくのはいいの?」なんてことを言った。

 ――いやそれは。と僕がいうよりも早く、マミさんはまたシショを睨みつけた。

「やっぱり、お前だったか」とマミさんが言う。

 僕は二人が何を話しているのかわからず、ただそのやり取りを眺めることしかできなかった。



 「――わかった」

 シショの一時間にも及ぶ説得の後、マミさんが折れたことで話がまとまった。

 「ただ私はあの女を信じない。 『お偉いさん』達は、私達のことなんて何とも思ってないことを知っている」

 と、念を押すように言われた。

 「それでもいい」と伝えた。

 僕は海を信じてた。彼女は殆ど初対面の『庶民』である僕に頭を下げた。

 だから僕もある決意をした。


 数日後、例の砂浜へと向かった。

 マミさんと話をした翌日、僕には辞令が降りた。

 内容として、僕が前の部署に戻ることを知らせるものだった。


「タイミングは良かったですけど、何で急に戻されたんでしょうか」

「降格」という聞こえの悪いその二文字は、僕にとってはとても心地良いものだった。

「良かったなぁ」と言うシショを見て、マミさんは呆れたように言った。

「お前……まだ何も言ってないのか」と。


「シショさんがなにか?」とシショの方を見ると、彼は恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いて言った。

「悪いな2回とも辞令出したの俺なんだわ」


 シショ。と言うのは司書ではなく「支庶」

 彼は『お偉いさん』の両親を持つ『お偉いさん』の一人だった。

 彼は海がきっかけとなった例の事件で、この2つに分かれた世界に疑問を抱いた。

 そして自分の意思で水中での暮らしをするようになったのだと言った。

 『お偉いさん』の扱いに困った科学者達はシショにポストを与えた。

 

 最初は周囲に疎まれ、怖がられていた彼だったが、

 雑用や掃除といった『庶民』ですらもやりたがらないことを進んでやった。

 それによって徐々に周りの人間からの信頼を得たのだと言った。

 

「いやぁ、俺も寝込みかけたんだけど、こっちは科学者がいたから軽度で済んで助かったわぁ」

 相変わらずへらへらとそう言っていた。

 マミさんがシショに対する態度にも、これで納得がいった。


 二つ目の砂浜に船を近づけると、人影があった。

 あの時とは違い、その場で立ち尽くし遠くを見つめる海の姿があった。

 

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