彼女について-2
彼女が一通り話を終えると、僕たちの間に数秒の沈黙が流れた。
「「あの」」と声が重なり、顔を見合わせて苦笑した。
どうぞ。とジェスチャーを送ると、照れくさそうに言った。
「お名前聞いてもいいですか……?」
「あぁ、僕は……」まで言ったところで、踏みとどまった。
ここで名前を教えることは、デメリットはあれどメリットは一つもないように感じたからだ。
言い淀む僕に彼女も何かを察したのか、何かを考え込むそぶりを見せた。
また沈黙が流れる。が、それはすぐ破られた。
「私は海と言います」と彼女が言った。
海を嫌う『お偉いさん』が子供にそんな名前を付けるはずがないことは、僕じゃなくても気づくだろう。
彼女はきっと気を使い「偽名でもいいんだよ」と伝えてくれているのだと思った。
その意思が伝わった。ということを示すように「じゃあ」と付け加える。
拍を置いてから僕は「陸と呼んでください」と言った。
ふふ、と彼女はやっぱりお上品に笑い「おかしな話ですね」と首を傾げた。
初めて見る彼女の純粋な笑顔はとても綺麗で、やはり目を奪われる。
視界には砂浜も海水も入ってこなかった。
「恋は盲目」と言う言葉を思い出し、顔を一度海水に沈めた。
帰り際は「陸さんは、いつもこの辺りに?」と聞いてきた。
「その日によって全然違いますかね」と答えを濁し、僕はその場を後にした。
先程の砂浜が見えなくなるくらいまでの距離中、視線を感じたが
気のせいだろうと後を振り返ることはなかった。
そこから僕は、度々砂浜へ立ち寄ることとなる。
その二つの砂浜へ行くと「海」と名乗った彼女は、必ずどちらかにいた。
彼女は朝から晩まで遠くの方を見つめながら、何かを探しているようだった。
僕はと言うと、自分の気持ちに気づかないように、押し込めるように。
彼女に近づくことも、話しかけることもなかった。
そんな日々が続き、数週間が経った頃、偶々例の砂浜を二箇所とも回った。
しかしそこにいつもある彼女の姿はなく、代わりに彼女の日傘だけがそこに立っていた。
気になって少し砂浜に近寄る。彼女の私物は他にもその場所へ置き去りにされていた。
辺りの砂浜を見渡すが彼女の姿は見えず、ふと嫌な予感が頭をよぎった。
後ろを振り向き、海面の方に目を向けた瞬間、背後から声をかけられた。
「こんにちは」その声には聞き覚えがあって、胸を撫で下ろす。
「びっくりしました」その方向を振り返る。
やはりふふ。と上品に笑った後「この前の仕返しです」といたずらに成功した幼子のような表情を見せた。
「心配しました」と少し睨むようにしたが、あまり彼女は気にしていない様子で
「陸さん、私がいても近づいてくれないから」と続けた。
……今までの僕の行動は、どうやら彼女にはお見通しだったようだ。
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