Episode29 エルドラル・ミリエン





「なぁ、教えてくれよ。なぜ俺らが動いていることに気が付いた?」


 ミリエンが、数十メートルはあるだろうという城壁の上から、軽やかに地面へと着地し、幻想誘引の制御下にあるイルの横へと静かに並ぶ。


「そんなこと教えるわけないだろ。」


 それを見て、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたカナデは、そっとエフィを地面に降ろし、後ろに下がらせた。


「正直、今回動いてる連中は手練ばかりで、そうそう気づけるものではないはずなんだよ……おまえらのバックには誰か大物でもいるのか?」


 取り合ってもいないのに、なおも問いかけるミリエンの言葉を振り切るように、


「だから、教えるわけないって言ってるだろうッ!」


 カナデは声を荒げながら、猛然とミリエンの方へ駆け出す。その動きは、まるでバネでも仕掛けられているかのように素早いものだった。


「─ッ!」


 そんなカナデはミリエンとの距離をたったの数秒ほどで、短剣で捉えうる間合いまで縮めて、上段から短剣を振りかぶる。

 それに対して、予想外。といった様子のミリエンが慌てて後方に下がろうとするが、

 完全に不意を突かれた形となったミリエンの回避行動は、十分なものではなかった。

 カナデの短剣が、ミリエンの身体を捉えるまで数センチ──、


(やれるッ!)


 カナデがそう確信した。


 次の瞬間、

 


 ──カキンッ



 横合いから、カナデの短剣の軌道を阻むように、月光に煌めく長剣が差し込まれた。


「あ~びっくりした。君、その身体能力、素なの?とんでもない奴が世の中居たもんだね。魔力が全くなかったから油断しちゃったじゃないか。」


 カナデはそんなミリエンの軽口には応えずに、視線だけで睨み据える。

 そうして、長剣を差し込んできた張本人である、眼前に居るイルと、数秒のあいだ剣をかち合わせて、反発するように前へと少し押してから後方に下がる。


(チッ、こういう余裕綽々な奴には、大体油断してる初撃が効くと思ったんだが…)


 剣を正眼に構えたイルと、距離を5mほどに離して相対しつつ、イルの後ろに身を隠しながらも、相も変わらずヘラヘラと佇むミリエンにカナデは悪態をつく。


「にしても、いい駒だね〜イルちゃんは。さすがに元大佐なだけはある。」


 ミリエンはそう言いながら、イルの滑らかな長髪を梳かすように下からすくい上げた。


「触るなっ!」


 そんな光景を見て、された本人でもないのに寒気が全身を駆け抜けたカナデは思わずそう叫んだ。

 それを受けて、徐に手を引っ込めたミリエンは、


「悪い悪い、二人は恋仲なのかなー?ごめんね、俺の駒にしちゃって。」


 口元を三日月に釣り上げながら、そうやってカナデを挑発した。

 それを受けてカナデは、


「ふぅー」


 心を落ち着ける為に、ひと呼吸ついて間を置く。


「そんな、安い挑発には乗ってやらない。」


 カナデはここまでのミリエンとの相対において、ひとつわかったことがあった。

 それは、


(コイツの固有魔法は確かに強い。が、コイツ自体の戦闘能力はさして高くない。それは初撃の俺の攻撃に対応できなかったことや、今もイルの後ろに隠れていることから明らか。つまり、俺のスピードでもってイルを躱しきって、奴本体を叩いてしまえば…)


 そこまで考えてカナデは、心臓のある辺りに、あの人のくれた、彼女の力の一部が宿った胸元あたりに、手のひらをそっと置いた。


(セレノア…力を貸してくれ。)


 そうして、身の内に湧き上がる温かさを感じてから、カナデは再びミリエンの元へと駆け出した。


(体がボロボロになったっていいッ!この一瞬の間だけ、何者にも捉えられない速さで、)


「お前を穿つッ!」


 音速を超えたかのような衝撃波を出しながら、カナデが刹那の間にミリエンの元へと肉薄する。


「これで終わりだ。ミリエンッ!」


 片腕を伸ばし、最速でもってミリエンへと向かうカナデの突きが、ミリエンの頭部目掛けて突き進む。

 見えるミリエンの顔は、驚愕を浮かべることさえ間に合っていない。


 誰もが、カナデのスピードについて来れない、

 そんな中で───、



「え?」



 パッと眩しいまでの明かりが、周囲を照らしたかと思えば。まるで、この星の法則でも狂ったかのように、カナデの体が突然に動かなくなる。

 そして、慣性の法則など存在しないかのように、カナデがそれを感じた瞬間にカナデは速度を失い、その場で完全に静止した。


「なに、が…」


 喋ることすら億劫になってしまうほどの、動くということを何かに強烈に押さえつけられるような感覚を味わいながら、それでもカナデは膝をプルプルと震わせつつも、前へと足を進ませようとする。

 そこへ、


「こんな何処とも知らない馬の骨に殺られそうになるとは、大司教を辞任なされては如何ですか?」


「助かったよ。でもさ〜、その言い方は酷くないかな?」


 聞いたことのある、憎き奴の声が周囲に響いた。

 そう、その場に現れた人物こそは、


「ハイ、ヴォス…」


「おや、お知りいただけているとは光栄ですね……如何にも、7つある司教区の内、フィデスを預かります、アレクサンドラス・ハイヴォスです。」




 一つの世界にて、イルとエフィを磔にした、憎き奴がそこには居た。




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