第10話 話が通じない人間と会話をする気はない

 ――ダイザ村


 イングリットが派遣した調査隊。


 先行していた一部は、目の前の光景に驚いた。


「これは……」


「何てことだ!」


 山の麓にあるはずの村は、黒い球体の上半分に覆われたように、何も見えない。


 投げ込んだ物体は見えなくなり、その音も聞こえず。


 武装した冒険者の1人が、頭を振った。


「ランクSの儂も、見たことがないのォ……」


「入るか?」

「やめておけ!」


 誰かが、ポツリと呟く。


「魔王?」


「かもしれぬ……」


「アブリック辺境伯がトウハから召喚した勇者さま達によって、魔神たちが滅ぼされた直後だぞ?」


「確かに、サイクルが早すぎる」

「生き残り?」


「何にせよ、いったん本隊に戻り、報告しよう!」


「待て! 足跡だ……。それも、新しい」


「どうだ?」


「……軽装の2人。急いでおらず、ゆっくりした歩き」


 全員が、地面に這いつくばった男を見た。


「こっちだ!」


 野外技能を持つ男が追跡して、後続がいつでも戦えるように備えた。


「チッ! ここからは、無理だな……」


「この近くにある村は?」


「道沿いなら、リュイリエの町がある」


「よし、そこへ行くぞ!」



 一足違いで、疑わしい男女は旅立ったと聞く。


 リュイリエで情報を集めた調査隊は、本隊と合流して報告。



 ◇



 俺と衣川きぬがわイリナは、ランクEの冒険者として、フダッシュに滞在。


 冒険者ギルドで、ゴブリン退治に勤しんでいた。


 奴らはどれだけ倒しても、どんな扱いにしても、苦情が来ないからな!


「ありがとうございます!」

「実は、こんな安い報酬で引き受ける冒険者はいないと言われて……」


 村人に感謝されつつ、周辺の村を転々とした。


 自給自足の場所だけに、せめてものお礼にと、飯と寝床に困らない。



 フダッシュの町に戻って、冒険者ギルドへ。


 事務員がジャラジャラと小銭を出して、カウンターに積み上げる。


「完了した依頼の報酬がこれだけで……。銀貨に変えますよね?」

「うん」


 イリナの返事で、事務員が淡々と並べていく。


「これが、これで……。はい、銅貨のほうは回収しますので」


 銀貨になったことで、スッキリ。


 カウンターに報酬を出したままで、こちらのサイン。


 ようやく、一通りの手続きが終了した。


 出されたままの銀貨と、支払いに使う銅貨を財布に入れて――


「そうそう! あなた方がいない間に、領主のバルビニ男爵から『戻り次第、すぐ館へ来るように』という伝言があります。こちらが、渡すように頼まれた書面です」


 ご立派な封蝋で閉じられた封筒を受け取りつつ、首を横に振るイリナ。


「行かない」


 即答した彼女に、俺も首肯する。


 引きつった顔の事務員が、返事。


「そ、そうですか……。ウチに強制する権限はありませんが、逆にあなた方を守り切ることも難しいので! ギルドに正式な依頼があれば、こちらの冒険者が捕縛などに向かう場合もあります。早めに応じたほうが良いですよ?」


 先に言っておきます、という雰囲気で、事務員が説明した。


「うん、分かった」

「覚えておく」


 最後に、事務員のほうを見た。


「お礼に、俺も言っておこう……。あんたらが俺たちを売るか敵対する可能性があるのなら、俺たちも同じだ。そちらを守ると保証できない」


「ああ、そうですか! どうも……」


 小馬鹿にした事務員は、こちらを見ないまま、仕事に戻った。


 微笑んだ俺は、ボソリと呟く。


「1週間後にも、その態度が続くといいな?」


 視線と声を感じたのか、当の本人が振り向いたが、その時には俺たちが背中を向けて、歩き去っている。



 仮の宿に戻り、乱暴に破く。


 中を見てみると――


“貴様らが倒したアウルムゴーレムは、我が領地の財産である。その売却による利益を全て当家へ返却すると同時に、横領の罪をあがなうために相応の働きをせよ”


 横から覗いてきたイリナが、呆れた。


「アウルムゴーレムを狩ったのは、ぜんぜん違う場所だったけど?」


「そうだな! このフダッシュを治めている領主には全く関係ないが……」

 

 理解したイリナは、ため息を吐いた。


「金づるが迷い込んだから、囲っておきたい」


「ああ……。難癖をつけて有り金を巻き上げ、ついでにアウルムゴーレムを狩った方法を聞き出すか、俺たちにさせてピンハネしたい、だな?」



 ――数日後


 しばらく休日として、イリナと過ごしていたら、案の定、バルビニ男爵とやらの使いがやってきた。


 武装した騎士に、雇われの傭兵らしき男たちが、逃げられないように囲む。


 慇懃無礼な執事が、にこりともせず、命じる。


「こちらの馬車にお乗りくださいませ……」


 囚人の護送にしては、普通の馬車だ。


 というわけで、洋館へ。



 相変わらず、囚人のような扱いだ。


 囲まれたまま、執務室らしき部屋に。


 奥にある机で仕事をしていた男が、顔を上げる。


「貴様らか……。私が、ジャコロ・バルビニ男爵だ。アウルムゴーレムの件、どのように償う?」


「それが人に頼む態度か? 『教えてください。お願いします』ぐらい言え」


 結論ありきの脅迫に、まともな受け答えをする気はなく。


 こちらも、手間を省いた。

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