駅中階段・砕かれ列車群

「…ってかさ、ムーさんも疲れてるでしょ。シャワーくらい浴びたら?」


 トモの言葉に昨日から同じ服であったことに気づき、外で少し待ってもらう。


 風呂へ向かえども、さすがに浸かるわけにはいかず、シャワーを浴びるとジーパンにシャツと動きやすい格好へと着替え、トモを呼び戻した。


「えー、クロッキーしてたから。もっとゆっくりしてもよかったのに」


 文句を言うトモの前で実家から送られてきた段ボール箱をあさり、携帯食のバーを四、五本ほどカバンに入れる。


「…あ、そうか!ヨウジさんも私たちの持ってきた食べ物のほうが安全だって言っていたものね。ついでに、駅に行く前にコンビニにも寄っておく?」


 そう言って外に出つつ、スマホの時計を見るトモに俺は「ん?」と首を傾げる。


「モールに行った時に俺たちのスマホ、おかしくなったよな?」


 昨日から起動していなかった自分のスマホをつけてみるも画面にはノイズが走り、やはり使えない。


「うん。だから入れ替えたの、の私のスマートフォンと」


 トモは自分のスマートフォンを振り、街並みから駅前のアーケードが見えてくる。


「顔がそっくりでも私のものには変わりないと思ってさ。寝ている合間にすりかえておいたんだ。今頃向こうの私は困っているんじゃないかな、ショップで故障の相談をしているかも?」


 舌を出しつつ、トモは駅向かいにあるコンビニのドアを開ける。


「えっと。トラベルセットは持っているし、ペットボトルにパンもいるかな…」


 そう言って、カゴに大量の食料を入れていこうとするトモに「――まあ、ほどほどにしとこうな」と俺は周りの目を気にしつつ、声をかける。


「俺たちの現状がおかしいのは確かだけれどさ。ヨウジさんが指定した場所に行ったところで、さらにおかしな状況に巻き込まれる可能性は低いかもしれないし…」



「――ムーさんってさ、楽観的らっかんてきなほうだよね。これのどこが普通なのさ?」


 傾いた車両の中で斜めになったトモの声が響く。


 …柱状節理ちゅうじょうせつりと呼ばれる岩石の割れ目を知っているだろうか?


 マグマが大地をおおいい、急に冷えることで六角形に割れて柱のようになった状態。

 海ぞいで見られ、その変わった景観けいかんから観光地化することも多い。


 ただ、規則正しく並ぶ石柱群せきちゅうぐんがもし、天井から――それも新幹線や在来線といった無数の車両群として塊となっていたとしたら、人はどう思うのか?


「下は水がまっている…天井も見えないし、洞窟の内部にいると考えた方が良い」


 淡い光を放つ水中を車窓から見て、ヨウジが声を上げる。


「――ってか、今までどこにいたのさ!」


 斜めになった吊り革を移動しつつ、声を上げるトモ。


「私たちが駅の階段ドアを開けるまで、姿形もなかったじゃない!」


「それについては、後で説明する」


 先んじて、車両の上に向かって歩くヨウジ。


「そも。お前らのいた時間軸では、俺はまだ次元に巻き込まれてすらいないからな」


 その一言で、俺はあることに気がつき「…ヨウジさん」と声をかける。


「もしかして、映画館で会った時に言っていた『未来から来た』って発言は――」


「…黙って先に進め。この手の場所は早めに移動する必要があるとも言ったよな?」


 俺の発言には答えず、ややいらだった様子で先へと進むヨウジだったが――同時に車窓から下の水面に大きく波紋が浮かび、何かが飛び上がる。


「え、ナマズ!?_」


 車内に響くトモの声。

 …それは巨大なナマズに似た生物。


 大きく口を開けた生き物は水面の近くにある車両群に向かうと半分以上を飲み込むように噛み砕く。


「うわわっ!」


 天井で繋がっていたのか、こちらの車両も大きく揺れる。

 水面にはいくつもの波紋が浮かび、巨大な頭がいくつも見えた。


「逃げるぞ、上に向かえ!」


 ヨウジの言葉に俺はトモを先に行かせ、斜めの車両を必死に進む。

 窓の外では巨大魚が跳ね上がり、カラフルな車両が喰われるたびに車両こちらも揺れる。


 バキャンッ、ベキベキッ…ボシャン!


 食いちぎられる車両の音。

 水面に落ちる破片音まで耳に届く。


「上の、ドアに飛び込むぞ!」


 車両の引き戸に手をかけてヨウジが滑り込み、トモが後に続く。


「ムーさん、来てる!」


 そうして俺がドアをくぐる瞬間、車内全体が真っ暗になり――


 バキャッ、ベキベキッ、ゴキッ…


 閉まったドア、向こうでは何かがひしゃげるような音。

 それもまもなく静かになり、後には俺たちの荒い息だけが残る。


「ヨウジ。二人を連れてきたのか?」


 気がつけば、そこは診察室のような室内。

 一人の男性が椅子から立ち上がり、こちらにやって来る。


「全員、怪我は無いようだな。何はともあれ…無事で良かったよ」


 胸をで下ろす白衣の男に「連れてきたんじゃない、見つけたんだ…」とヨウジは服についたホコリをはらいながら紹介する。


「こいつはソウマ。本来であれば、このクリニックの医師だ。中学からの同級生で、わけあって一緒に行動している。こっちは」


 そこに「――私は近くにある美大の二年生、白神トモ。こっちにいるのは同学年のムーさん」とトモが先に自己紹介をする。


「…でも、変わったクリニックね。駅の通路を通る時にガラス越しに中を覗いたことはあるけれど。これ、お二人の趣味なの?」

 

 見れば、先ほどまでこちらがやって来たドアが開いており、その先には壁や床やら無数の女性のトルソーが生えた待合室が見えていた。


「――いや。そういう趣味は僕らにはない」


 苦笑混じりに室内を見渡すソウマ医師。


「つまり、ここも君らの知る次元とは違うところにあるということだ」

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