第20話 波刃
翌日、ギルドに寄ってオークの買取金を受け取ってから始めたティナの支度は、昼少し前に終わり、オフになったオレはある物を探しに交易所の前に来ていた、無ければ無いでいい物だけど、有るとダンジョン内で役に立つハズだ。
「しかし前に来た時にも思ったけどやっぱ広いなここ」
商人ギルドが管理してるって事だから、売り手と買い手の双方に利があるからこそ成り立ってるんだろう、まぁオレは経済学部じゃないからその利が分からないんだけど。
複数ある入口の貴族・上流階級者用建物横から交易所に入ると直ぐに各国の調味料等が集まってるエリアがあり商人達の威勢の良い声が届いてくる。
「フェングリフの港町リグヴェリアから仕入れて来た混じり物じゃない本物の塩だ!そこらの塩とはひと味違うよ!」
「こっちはバジフィット産の胡椒を持ってきたよ! 風味も良いしアクセントを付けて料理の味を格段に上げてくれる貴重な調味料だ! 買ってかねーか!!」
こっちの世界にも砂糖や塩胡椒があって助かったけど、それ以外の調味料は名前や素材とその香りを嗅いでも味の想像がつかないってのと、よく知らない物を口にする恐怖もあってか手を出し辛いな、変な物じゃないのは理解してるんだけど中々。
調味料かぁ……醤油・味噌・マヨにソースにトマトケチャップ、地球から飛ばされてまだそんなに時間は経ってないけど懐かしい、つーか白米と味噌汁が超食いたい。
この世界だとパンと厚めの肉が基本スタイルみたいだから白米スキーのオレには今一つなんだよな。
けどこの世界には有るわけよなぁ、特にソースなんて食べてたオレでも複雑過ぎて奇跡でも起こらない限り作れる気がしない………ダメだ、見てるとどんどん思い出して食いたくなるから別の所に行こう。
向かいの方は装飾品エリアか、イケメンならアクセサリーで着飾るんだろうけどオレは全く興味が湧かないのがな、というよりもどんな服と合わせたらいいのか分からん、というかよくよく考えると大学生にもなって服やアクセの合わせ方を知らないって結構致命的じゃないか?
「そこの冒険者風の兄さん! 彼女のプレゼントに一つどうだい! ウチんとこのはガルバドールの職人が手掛けた逸品だよ!」
やばい、店の人にロックオンされた、海千山千の修羅場を越えてる商人に口で負かされる前に逃げよう。
「おーい兄さん! 見てかなくていいのかい! おーい!」
背後から届く声に聞こえない振りをして速足でその場から逃げ去る。
―――――――――
「はぁ~、陰キャに対して周りに聞こえるでかい声で話しかけるのは勘弁してくれ」
適当に移動して来たけど武器があるってことはこの前見た武器エリアだな。
あの時と違って今は1人だし、ティナの武器も探したかったし丁度いい。
正直今の短剣だと刃渡りが15センチ位しか無いから人相手の護身用には良いかもしれないが、とても魔物との戦闘には向かない。
オレは店に置いてある武器を見ながら短剣という武器の特性について考える。
まず短剣を使うメリットとしては、小回りが利くうえ剣よりも軽量で素早い一撃、もしくは連撃が可能な事だ、更に他の武器種よりも間合いが短いから詰めるまでは大変だが、一度接近を許してしまえば相手は攻撃のし辛さもあるだろう。
けどこれは人が相手ならだ、魔物相手だと間合いの短さはかなりのデメリットになるし、魔物が一々攻撃し辛いなんて気にも留めないだろう、更に問題は一撃の威力の低さだ、これも人ならまだなんとかなるだろうけど、魔物だと厚い毛皮を持つ奴や硬い鱗を持つ奴には刃が通らない可能性が高い。
とすると斬撃よりも刺突重視の短剣にして、もう一本を普通の短剣にすれば互いの欠点を上手くカバーして多くの魔物へ対応出来るようになるはずだ。
短剣の方向性はこれで良いとして、後はその手の短剣を探すのに店だけでかなりの数が出ていて、武器に至ってはそれを遥かに上回る数を1人で探す訳なんだが……仲間の為だ、やってやろうじゃないか。
( 2 時 間 後 )
「広っ!! 多っ! 目が疲れてメッッッチャしょぼしょぼする! ついでに見てると速攻で声を掛けられるからゆっくり見る事すら出来ねぇ!」
分かってた事だけどさすがは商人、何か探してる人間を見つけるのが早い事早い事、商品の前で少しでも身を屈んだり注意深く見ると即座に声を掛けられる。
当然っちゃ当然か、相手は商売でここに居るんだから少しでも多く商品を売りたいだろう、ここに居れば勝手に売れるなんて事は思って…………なんだ?
あそこだけ他とは何か違う感じが。
視線の先には何の変哲もなく広げられた武器の数々とその店主、客もそれを立ち止まって見てはいるが少ししたら立ち去ってる、なんだ?
なにがあってオレはあの店に目が留まった?
また客が来て……立ち去って…………来て……去って―――――そうかあそこだけ声が無いんだ!
商品を宣伝する声、客を呼び込む声、客と店主が話す声その全てがあそこだけ無い、普通の商人であれば物を売るため声を出して宣伝や呼び込みを掛けるのにそれが一切無い、ここで商売する人の中であの人だけ異質なんだ。
そう気付くとオレは無性に置いてある武器が気になりその店に近付いて行った。
「………」
いらっしゃいませは無しか、まぁ想定内だな、それよりも扱ってる武器種は剣と短剣だけか、鞘に仕舞われてるから中身が見れないな。
「この剣、少し鞘から抜いて刃を見てもいいですか?」
(コクン)
こちらに目も向けず無言で頷く店主をそのままにして、手にした剣を抜きその刃を見た瞬間声が出た。
「波刃」
今まで直刃の武器しか
「おい」
見なかったけどこの世界にも波刃の武器が
「おい」
存在したのか、確か波刃って押し引きどちらでも斬れる。
「おい!!」
「え!? あっはい、何ですか?」
ずっと無言だったのにいきなり声を掛けて来たけどなんだ。
「……それ」
「え?」
「波刃って何で知ってんだ」
「は?」
「波刃って言葉は俺しか知らねぇはずだ、何でお前が知ってる」
「いやだって刃の形状が波状になってるし」
「だとしてもそいつを見たらどんな奴でも歪んでる、失敗作なんて言うだけで【波刃】なんて言葉は絶対に出ねぇ、それがどんな物か知らなきゃな」
マズった!この世界で波刃の存在はこの人と製作者しか知らないのか!
「で、何で知ってる」
「………」
何も喋れない、今ここで何か喋れば自分が本来この世界の住人じゃないという事がバレそうだ。
「………」
「………」
「………」
「はぁ、話したくねぇならいい、だが一つだけ答えろ、この波刃にどんな効果があるかは知ってるのか?」
「多分……知ってる」
「そうか……で、どんな武器を探してんだ」
「え?」
「武器だよ、お前が探してる武器、どんな物がいいのか言ってみろ、もしかしたら有るかもしれねぇ」
最初見たイメージと別人だ、ずっと無愛想の無口だと思ってたのに、でも何故かこの人ならって信用出来る所がある、理由は分からないけど。
「刺突重視の短剣で出来れば強度の有る物があれば」
「刺突用のか、少し待ってろ」
そう言うと店主は小さな袋の中から幾つもの短剣を取り出した、どう見ても短剣と小袋のサイズが合ってない事から、小説や漫画で言う所の
「ほらこいつならどうだ」
革製の鞘に包まれて渡された短剣を抜くと四芒星型の柱が切先に行くにつれ細く鋭くなっていた、それだけじゃない、四芒星の四つ角まで鋭い刃になってる。
「これは」
「そいつはメイルブレイカーって短剣を元に、オレが対魔物用に打った物だ、引き抜く際
「でも切先がこんなに細いと…って、打った!?」
「ん? あぁオレは商人じゃねぇ、鍛冶屋だがそんなこたどうでもいい、それよりも今細いっつったが、そいつの材料は魔鉱石を使ってるから武器の強度は保証する」
魔鉱石を使ってるから強度は保証するって言われても、その魔鉱石は何ですかって話なんだが、安い買い物にはならないだろうし素直に聞くか、こんな時ユウカが居れば鑑識眼で確認出来たのに中々タイミングが悪かった。
「その魔鉱石っていうのは?」
「知らんのか? 質の高い鉄鉱石に魔力が籠った物だ、こいつだけでも十分武具の材料になるが精錬すると凄まじい強度を誇る、が、反面加工が非常に難しい物になる」
「それを使ってるのがこれ」
「魔鉱石の方をな」
「ちなみに値段は」
「金貨1枚と大銀貨1枚」
高っか!ディルフィニールの親父さんとこのロングソードで大銀貨9枚だったのに、この刃渡り30センチくらいの短剣がそれ以上って………いや、これはティナの身を守る為の武器で延いてはオレ達を守る事にも繋がる物だ、高いとか言う物じゃないな。
「ならそれを下さい、あともう一本短剣が欲しいんですけど、今持ってる短剣を全て見せてもらう事は出来ますか?」
「あいよ」
直ぐに店主は剣を小袋に仕舞い残りの短剣を並べてくれた、その中から一本気になった物を手に取って確認していく。
刃渡りはさっきのと同じ30センチ程度で刀身は両刃で少し厚みが有る、重量は今ティナが使ってる短剣よりは間違いなく重くなるな、そして多分だけどこれって。
「ショートソードを更に短くした物ですか?」
「あぁそうだ、シーフ系の連中がショートソードだと嵩張る上に、重いって話を耳にしたんで作って見たのさ、材料は鉄と魔鉱石を
「強度も申し分ないって事ですか、値段は?」
「大銀貨7枚」
普通のショートソードよりも短くて値段が上って事は、魔鉱石自体が結構値がするんだろう。
「んじゃこれが2本分の代金です」
「……確かに」
2本合わせて金貨1枚と大銀貨8枚か、久々に大きな買物をしたな、けどこれでティナも魔物と戦える武器を手にしたし、後は実戦でどれだけ動けるかだな。
※メイルブレイカー:攻撃力+100
※ハーフショートソード:攻撃力+70
「他に何か探し物はねぇのか? あんなら丁度知り合いが何人かここに来てる、そいつらが扱ってる物なら紹介してやるぞ」
「………」
「どうした?」
「いえ、最初と全然違うなと」
「あん? 俺の武器を見掛けで判断する奴なんぞ知るか、おめぇはしっかりと分かってた、それだけだ」
言わんとするところは分かる、誰だって自分の作った物がどんな物かも知りもしないで侮辱されれば怒って当然だ、しかも相手は自分の作品に絶対の自信を持つ職人、その怒りはオレの想像より上だろう。
「で、どうすんだ? いるのか? いらんのか?」
この広い交易所をまた1人で闇雲に探し回るよりずっとマシだな、もしその人が持って無くても再度人伝で紹介してもらえるかもしれない。
「それじゃお言葉に甘えて、探してるのが―――――」
「はぁ!? そんなもんが欲しいのか!?」
探している物を伝えると店主が驚きの余り大声を出す、逆にオレはオレで、この世界でアレがどんな扱いを受けているのかに驚くのはもう少し先である。
(アヤカ・ユウカ・ティナサイド)
カズシが交易所で買物をしている頃、別行動の3人は。
「マントに毛布に食器類も買ったし、他に旅にあった方が良い物は無いですか?」
「そうですね、後は……数日分の着替えは持っておいた方がいいわ、突然の雨なんかで体を濡れたまま放置してると風邪引いちゃうし」
「だね~他にも、歩き旅となると1週間とか平気で歩き詰めになったりするから、着替えが無いと、汗とか汚れで服がベトついて気持ち悪いんだよね」
「でも着替える場所はどうしてるの? ナナセさんもその場にいるんですよね?」
「ええ、だからマントやローブで仕切りを作るの、そして中でお湯とタオルを使って体を拭いてから着替えるのよ」
「でも正直な話、タオルで拭くんじゃなくお風呂で体を洗いたいよね」
「それはそうだけど、無い物をねだってもどうにもできないわ」
2人は残念そうに息を吐いているが、そのやり取りを不思議に感じながら見ていたティナが驚く言葉を発する
「ねぇ、旅の途中でお風呂に入りたいなら、作ってストレージ・スペースで持ち運ぶのはどうかな?」
この一言に姉妹は驚きの表情をしたまま動きが数秒止まる。
理由は、風呂が建物に設置される物で持ち運ぶという概念が無かった事と、自分達で作ればいいという、単純な事に何故気付かなかったのだろうという事。
この2点の衝撃から先に復帰したのはアヤカだった。
「で…でも材料とか何を使ったらいいか分からないし」
「街の左官屋だったら私知ってますよ、そこでレンガと接着素材を買えば後はどう組み立てるかだけかと」
そこでアヤカは考える、材料を用意したとして自分で設計出来るのか、耐久性はどうか、排水はどうするのかと色々と思考を巡らせるが
【何時でも風呂に入れる】
という事の前に一瞬で考えることを放棄したあと2人に尋ねる。
「ユウカはどうしたい?」
「ハッキリ言って欲しい」
「ティナさんは?」
「私も出来れば、なるべく清潔でいたいので」
「わかったわ、私達で作りましょう、何時でも何処でも入れるお風呂を!」
こうして女性陣3人のお風呂プロジェクトが発足、体を休めてダンジョンに備えるのもそっちのけで、浴槽や仕切りの材料を集めにあちこち走り回る事になる。
オーク買取金 1匹銀貨6枚×12匹
ティナの旅支度 マント・毛布・食器・4日分着替え合わせて
大銀貨1枚 銀貨4枚
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