生意気な後輩がアイドルになった

猫又侍

プロローグ 生意気な後輩は宣言する

「先輩、私アイドルになるかもしれません!」

「はい?」


 俺、春野秋はるのあきが後輩である朝比奈咲良あさひなさくらからそんな突拍子もないことを切り出されたのは高校三年の春。放課後、文芸部の部室で二人向かい合いながら暇を持て余している時のことだった。


「アイドルって……あのアイドル」

「はい、そのアイドルです」


 何の迷いもなく言う朝比奈に、その言葉が嘘ではないことが窺える。そもそも、朝比奈はあまり人に嘘をつくタイプじゃない。アイドルになるかも知れないと言うのも、おそらくは本当のことなのだろう。


「何でまたアイドルなんだ? 今までそんな話なかっただろ?」

「話自体はだいぶ前からですね。友達と出かけた時にスカウトされたので、そこからアイドルにって感じです」

「へぇ……朝比奈がアイドルねぇ」

「まぁ、アイドルになると決めたのは先輩をギャフンと言わせるためでもありますけど」

「まさかのアイドル目指す理由があまりにも不純だった」


 なぜ朝比奈が俺をギャフンと言わせようと奮起しているのかと言うと、俺は一度朝比奈の告白を断っている。いや、一度や二度では済まない。

 まだ高校生にもなっていないのに誰かと付き合うなんて、想像出来なかった。それに、中学生はバイトも出来ないために出来ることも限られてくる。


 もっと言えば俺はいわゆる強面らしく、そもそも浮いた話は朝比奈に出会うまで一切なかった様な人間だ。


 朝比奈にも中学の内は彼女は作らないと宣言した筈なのに、いまだにアプローチを仕掛けてくる。

 朝比奈がタイプじゃない訳ではないが、今は誰かに恋をするなんて余裕はない。


「そもそも、たまに俺に告白して来る朝比奈がアイドルになって大丈夫なのか? アイドルの恋愛って、色々泥沼になる気がするんだが……」

「あぁ、そこは大丈夫です。事前に好きな人が居るけどそれでも良いのかって確認は取ってますから」

「それでオッケーが出るアイドルってどうなんだ?」


 恋愛オッケーのアイドルとは仮にアリだとして、後々背中を刺されそうだ。

 それに、炎上するかも知れないと考えると余りいいものではないような気がしてならないのだがなぜか朝比奈はニコニコしている。


「しかし、振った俺が言うのもなんだが俺よりも良い男はいっぱいいるぞ? なんで俺なんだ?」

「私は先輩がいいんです。いつか絶対落として私にメロメロになってもらいますから」

「はぁ……ま、その時が来るといいな」


 余裕をかましているが、内心ドキドキしている自分が居る。流石に、好意を寄せていないとは言え可愛い後輩にそこまで一途に想われているのは悪いものではない。


 ただ、もし仮に俺が朝比奈に恋をするとして……その時俺は朝比奈の隣に立つにふさわしい人間になれているんだろうか。


「あ、そうだ。もし私が正式にアイドルになったら箱推しになってもいいですけど最推しは私にして下さいね」

「へいへい、可愛い後輩の頼みだししっかり推すから安心しろ〜」

「可愛いだなんてそんな……先輩のエッチ」

「今の褒め言葉にエッチ要素どこにあった!?」


 まぁアイドルになったとして、俺は朝比奈が朝比奈らしく笑っていられるのならそれでいいんじゃないかと思う。


 後日、朝比奈が正式に新生アイドルグループ『STARDUST』のメンバーとして活動していくことが決まったと本人からのメッセージが届いた。


 中学校三年の春がまもなく終わりを告げようとしていたある日、俺の生意気な後輩は──アイドルになった。

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