商会勧誘編

第30話 まみえた本音


《ヴァイス、ヴァイス。ちょっとこっちにきてください》


 どこで食事を啄んでいたのか。バラッドが椅子の背もたれに留まって私へとそっと声をかけてきたのは、終わりが見えない勧誘の追撃を躱している最中だった。


(どうしたんだい、姿を見せないと思ったら)


《説明は後でします。アカネが大変なので早くきてください。できれば一人で》

(え)


 バラッドの言葉に周囲を見渡せば、唯一の紅一点である彼女の姿は、確かにない。

 もしや何事かあったのだろうか。ツィルハネ師団長が肩に回そうとした腕を避け、勢いよく立ち上がる。


「ん?どうしたヴァイス。とうとう根負けしたか?ぶっちゃけ」


「してませんしすみませんが緊急の用が出来ましたので、席を外させてもらいます」


 万一彼女の身に何か起きているのなら危険だ。一番厄介だったネグロの腕は、先ほどの私の断りの言葉を受けて床へと落ちていた。そのまま引き留められるよりも先に駆け出す。


(バラッド!アカネは一体どこにいるんだい!?)


《およそここから西北西に160m、そのまままっすぐ坂道をのぼれば辿り着けるでしょう。あの廃屋の中になります》


 無機質な案内の声はどこかこの瞬間に似つかわしい。視線を上へと向ければ確かに古びた木でできた、言われれば建物なのだろうと推測がつくものが見えた。呼吸が止まりそうな心地になりながら駆け上る。名前をろくに呼ぶどころか、声すら出す余裕ないまま、その扉を押し込んだ。


「アカ…………ッ!」


「い゛よ゛っしゃぁあ゛あ゛ーーーー!!まさか推しと推しが絡むどころかひ・ざ・ま・く・ら!?!?ありがとうございます!!私今の瞬間のためにこの世界に転生したと言って過言ではないのでは!?女神様大感謝祭!!いや本当感情が昂りすぎて思わずこんなところに駆け込んで叫んじゃってるけどよく考えたらこれロバの耳みたいな扱いになっちゃ、う、んじゃ…………」




 パチリ、と視線がかち合った。

 普段の穏やかな笑みとはまるで異なる、歓びを顔どころか動作いっぱいに示しているアカネ。……楽しそうで何よりというべきか、さすがに年ごろの女性が床に横たわりながら転がりまくるのはどうなのかというか、これ私が見ない方が良かったんじゃないかというか。



「…………なんかごめん」

「あ゛っ!?!?いえそのままあいまいな笑みを浮かべて立ち去らないでくださいせめて切腹前の弁明を〜〜〜〜!!!!」


 そのまま扉を閉めようとすれば、ずいぶん必死に縋られた。……声を聞いて誰かが様子を見に来たら被害が広がるだろうし、一度宥めつつ様子を聞くべきだろうか。




 扉をしっかりと閉めなおし、しゃがみ込む彼女の前に座る。バラッドはと言えば、すました調子で私の頭の上に乗った。羽毛に包まれた丸いフォルムがもふ、と髪越しに感触を伝えてくる。


「……ええと、正直なところ何も聞かないでこのままなかったことにする選択肢もあると思うんだけど、聞いてしまって大丈夫?」


「…………はい。正直私がやっていたことは一般的に考えれば万死に値することだと思うので、姿を見られてしまった以上は全てを晒して打首にでもなんでもしてもらおうかと……」


「決意が重い」


 そこまで重要なことなのだろうか!?さっきの叫びが??



 …

 ……



「…………うん。ごめん。ちょっと順番に整理させてほしい」

「はい」


 頭を抱えながら待ったをかければ、神妙な声が返ってくる。


「聖女であることを隠してたのは、うん。俺も周りの話を聞いていれば薄々察せられることだったからいい」


 ここに呼び寄せた青い鳥は、私の頭が傾いているにも関わらず器用にその上を陣取って愛らしい鳴き声を響かせている。呼んだのはお前だろう。



「……その理由についてが」


「元の世界で『戦華の聖女〜忘れ名草と誓いの法術〜』をプレイしていて、ここがリメイク版の世界だと女神様に聞いたんです。そこで出会った記憶喪失の男性なんて、これはもう攻略対象に違いない!と」


 握りこぶしを作られる。心なしか興奮が目に見えるというか。イェシルが戻ってこなかった時にすぐに見つけ出していたのは、彼女自身もこの空想遊戯を知っていたかららしい。


「攻略対象だとどうして隠す理由に……?」


「え?だって正体バレイベントは鉄板じゃないですか!リメイク前にはそういった話はなかったので、ここで差し込まれる可能性があるなら私からフラグを潰すわけにはいかないなって!」


(そういうものなのか?)

《鉄板なのは間違いありませんね!》

(そうかぁ……)


 ならばそれも良いことにしよう。頭痛が強まった気がするが彼女の今の本題はそこではないようだ。


「……それで、君は元々フジョシというもので、婦人の娘ではなくて腐った娘……??で、自分と異性が交流するよりも異性同士が交流しているのを見るのが好きで、俺とネグロのさっきのやり取りに興奮した結果ここにきた……と」


「…………………………ハイ」


 消え入りそうな肯定が聞こえてきた。放っておけば自ら穴を掘り出してそのまま埋まってしまいそうな顔だが、そんな顔をしないで欲しい。私もどんな顔をすればいいか分からぬまま、頭に当てた手をそのままに天井を仰ぐ。


「だ、だってリメイク前の時点でネグロ様の元主人であるヴァイス皇太子殿下への忠誠心と執心はすごかったんですよ!?同じ名前とどこか彼を思わせるところがある男が現れていけないと分かっていても重ねて惹かれてしまう……どう考えたって王道じゃないですか!!」


《肯定します。前作の時点でヴァイス元皇太子殿下へ自らの魂と騎士道を捧げ続けていたネグロ騎士団長に対しての人気は高く、彼女以外にも同じような妄想をする方は少なくないでしょう》


「うん、落ち着こう。落ち着いてほしい」


 思うところがないとは言わない……が脳内ですませている状態の個人の思想や趣味に口を出す権利は私にはない。非常に複雑ではあるが。


 それに、バラッドが私をわざわざ呼んだ理由も痛いほど理解できたもので。


(…………バグの原因が聖女にある可能性も?)


《否定はしきれません。私の声が聞こえていない以上、非常にささやかな存在か、プレイヤーの意思が操作キャラクターに強く反映しているだけとは思いますが》


 ただでさえ理解し難い現象について考えることが増えた……。この状況を積極的に伝えてきた以上、バラッドには何か考えがあるのだろうか。

 頭の上をいまだに陣取る青い鳥に手を伸ばせば、首元を自分から指先にこすりつけてきた。


《提案があります、ヴァイス。彼女はこの世界がゲームとして成立していることに部分的ですが意識的です。それならば、私たちの状況を説明し、協力を要請することも可能でしょう》





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