【第20話】戒族の遺産の在処(後編)

俺は逃げる事しかできなかった。

竜族らしい特徴を持って生まれず、戦う事が嫌。

それでも生きる為には、この里に住む為には、何もしないわけにはいかない。


幸いな事にモノづくりは好きだった。

剣や防具など、見ているだけで心が躍る。

これが戦いに使われる道具だと知っているが、自身が戦わない分、これで力になれると。


そう考えて、鍛冶屋に弟子入りをしてもらうが、扱いは良いとは言えなかった。

何も教えてもらえず、見て盗むしかないのだ。

見る事が出来るだけでも、まだマシだと思う。


そうして年月が過ぎ、一人で作るようになった頃、人族との戦争が始まる。

俺の住んでいた村にも被害は及び、逃げることを余儀なくされる。

転々と移り住み、ファーネの家族と出逢う。

娘も俺と同だからなのか、意気投合する。


だが、そんな時間は短くも崩れ去る。

また人族が攻め込んできたのだ。

逃げる人々、叫び声がそこらで聞こえる。


俺も逃げると、ファーネの家族が目に入る。

合流しようと家族の元へ駆け寄る。


「おぉ!グロガル、無事だったか」


「友よ!当たり前だ!」


奥さんが娘を抱いて、走り逃げていたとこだ。

守りながら逃げていたのか、傷が複数あった。


「喋ってる暇はない、逃げるぞ」


「この先か…行こうか」


「しかし、こんなとこまで攻めてくるとはな」


「あぁ、奴らも本気なんだろ」


森の中を、ひたすらに走り続けている。

いったいいつまで逃げれば良いのだろう。

この生活が、いつまで…


茂みから音がし振り返る。


奥から人族が、複数人飛び出してきた。

こちらに剣を向け襲いかかる。

必死に避けながら、友が敵を引き止めていた。

俺も武器を構え、迎え討つ。


『お前らの種族は滅びゆく運命…諦めろ…』


「誰が諦めるか!!」


状況は良くない、囲まれている。

こちらは走り続けていたので疲弊している。

目の前の敵を抑えるのに精一杯だ。


すると、後ろから叫び声が聞こえる。

友の妻が斬られた。

子供を守るように抱き抱えながら。


「おまぇらぁぁあ!!!」


叫ぶと同時に、友も背後から斬られた。

二人が斬られた、俺は恐怖に足がすくむ。

倒れる友を目にするが、何もできない。

俺も斬られる、と構えた時。


「グロガル!逃げろぉ!!!」


その言葉に目が開く。

剣を避け、その場を離れようとする。

すると、子供を守りながらこちらを強く見る。

その目に強い意志を感じた。


なんとか剣の隙間を掻い潜り、子供を拾い抱え、走り去っていく。

二人が術式で足止めをしてくれたおかげだ。

命を賭して残したこの子だけは、守り抜く。

そう誓い、俺は振り返ることなく走り続ける。


どれぐらい走ったか分からない。

足元がおぼつかなくなり、転げていく。

託された子供だけは守ろうと、必死に抱える。

転げ止まった先で、意識が飛びそうになる。


最後に目を開けた時には人影が見えた。

追いつかれた…と、死を覚悟し意識が落ちる。

(守れなくて、すまん……)




次に意識が戻った時には、大きなものに抱き抱えられて、揺れを感じていた。


(ここは、どこだ……)


焦った俺はその場を飛び起きる。

辺りを見渡す、大きな手のひらの上で寝ていた。

この物体がどこかに向かって動いているのだ。


「お、気がついたんか!」


声の主がこちらを振り返る。


「ほれほれ〜お父さんが起きたよ〜」


その人の手には、残された二人の子供が手を繋いで歩いている。こちらの気持ちを知ってか知らずか、無邪気に笑っていた。


「あの、お前はいったい…」


「俺か?たまたま通りがかった時におまえらを見つけたから、で抱えてんねん」


ファーネが懐いているように見える。

悪いやつではないのか。


「俺はグロガルと申す、この度は救っていただき、ありがとう」


「かまわんよ、縁がおうたんやろ、縁を手繰り寄せた自分の運に感謝せ」


男は自身を、戒族の【ラブ】と名乗る。

まさか、こんなとこで戒族と出逢うとは。

てことは、この物体は…。


「おう、そうじゃ俺の作った生命人形ゴーレムや」


初めてこの目に見た。

戒族の造り出す生命人形ゴーレム人造体ホムンクルスを。

なんと素晴らしい、しっかりと動いている。

動きにも違和感がない。


「お、なんじゃ?興味ありか?」


「はい、俺もモノづくりをするので、主に剣とか鎧となのですが…これは素晴らしい」


「そうか、そうか…俺の作るもんは、国一や」


「ちなみに、ここはどこで…一体どちらに…」


「ん?ここは大峰魔山よ」


「え!?ここが!?」


確かに、切り立った山肌がそこらに見える。

山の中にいるので気づかなかったのか。


話を聞くと素材採取のため、山を越えたと。

その際に俺たちを見つけ助けてくれた。

このままにはしておかないので、二人を連れて戒族の国に戻る道中との事だ。


「お父さんは、ずっとねんねしてたなー?」


「なー?」


少し心が痛くなる。

もう、本当の父と母はこの世にいないから。

俺に代わりが務まるだろうか。

逃げ続けてきた俺に、ファーネを育てる事が。


何度か休憩を繰り返し、山を下りきる。

しばらく進んでいると、街が見えてきた。

目の前に広がる場所が戒族の国らしい。


俺たちは国に入ると、ラブの家に案内される。

お世辞にも綺麗とは言えないが、同じものづくりとして、散らかったこの現状は理解できる。


「すまんな、客を呼ぶ事を考えてないんでな」


「いや、大丈夫…本当にいいのか?」


「小さい子もおるんや、気にすんな」


生活が安定するまではお邪魔になる事にする。

それからの日々はあっという間に過ぎ去る。

なんだかんだ、最後までラブの家に世話になっていたのだ。

居心地が良かったのか、ファーネも離れようとしなかったことも理由としてはある。


それに、お互いの技術や知識を活かしてのモノづくりは、高め合いながら成長していると感じていた。


しかし、その時は突然に訪れる。

平和だった時間や、場所を壊されたのだ。

人族の手によってもたらされたのだ。


「やつらめ…また…」


「おい、グロガル…逃げろ…」


「逃れるわけないだろ!」


「ファーネがいるやろうが!」


「そ、それでも…」


「知ってんねんで、お前が本当の父親じゃないってな」


「俺言ってないぞ!?」


「ファーネが覚えておったわ、あんなに小さかったのにな、不思議なもんやで」


不思議と涙が溢れ出す。

知った上で、一緒にいてくれたのだと。

俺の事を恨む事なく…ずっと。


「これは俺たち戒族の戦いや、引っ込んどれ」


「すなまい…」


俺は天秤にかけだのだ。

友の言葉と、ラブの事を。


「大丈夫、分かっとる。心配すんなや、俺とお前の仲や、短くとも濃い時間を過ごしたんやから分かるわ」


涙が止まらない。

罪悪感と感謝、自身の無力さが入り乱れる。

何もできない、ファーネを連れて逃げるしか。


「その代わり、約束してくれや…ここにはくんな」


「それって……」


「ファーネに俺たちの技術を継がせるな」


「………」


「ファーネを守るためや」


「……分かった…」


また背中を押される。

友に守られ、ラブにも守られている。

俺は感謝を伝えることしかできない。

届くことのない、感謝を。


そうして、燃え盛る戒族の国を背に逃げた。

ファーネには全て伝えた。

あの日のことを覚えていると、聞いたからだ。


何も言わなかった、何も答えなかった。

ただただ俺の側をついて歩いてくる。

この日を境にファーネは変わった。

変わってしまったと言うべきだろうか。


最愛の親を亡くし、住むべき場所追われ。

この気持ちをぶつけることもなく、抱える。

ようやく見つけた居場所でさえも、壊された。


俺は抱えたものの重さには気づいていた…

だが、その抱えたものを降ろせる場所を作れなかった。

ただ、見守るしかないと。


こうしてまた、逃げてしまう。

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