第17話 ゴブリンキング
「見えてきましたわ」
「ああ」
森の中で軽く睡眠を取り、周囲が暗くなった頃に俺たちは予定通りフロアボスへと出発し、無事に部屋へと通じる大きな扉を見つける。
扉は洞窟の入り口をふさぐような形で設置されており、その前には武装した衛兵が立っている。
「フロアボスへの挑戦か?」
扉の前まで来ると、大柄で
第10階層まで現在人の管理が行き届いていて、中で人が戦っているかどうか管理してくれてる。
「ああ、今から挑戦できるか?」
「できる、できるが……」
衛兵の男が怪訝そうな顔で俺たち二人を見る。
「見た限り、君たちはまだ開拓者になって日が浅いと見える。それにたった二人で……もう少し仲間を集めたらどうだ?」
やはりこうなったか。
どういうわけか今の時代はフロアボスは大勢の者で挑むという常識が出来上がっている。
それに加え、法的には成人となる15でも、子ども扱いされることが多い。
「心配してくれるのは嬉しいが、安心しろ。俺たちは強い」
「そ、そうは言うけどよ……」
そう言って、衛兵はエメのほうを見る。
どうやら、俺というよりエメを心配しているようだ。
「彼の言う通り、
「うっ……」
力強いまなざしで見つめられ、衛兵の男が数歩後ろに下がる。すると――
「行かせてやんな」
「――っ、おやっさん……っ!?」
今まで会話に入っていなかったもう一人の衛兵が、会話に入ってくる。
見た感じ、強面の衛兵よりも二回りは歳を重ねていそうな風貌だ。
「良いんですかい! まだこいつらガキじゃないですか!」
「構わん。ワシらに彼らの挑戦を邪魔する権利はない」
「――っ」
「少年よ」
強面の衛兵を納得させたところで、老齢の衛兵は今度は俺へと視線を向ける。
「挑むなら、必ず勝て」
「わかっている、当然な」
「ふっ、なら行くがいい」
そう言って、二人の衛兵は扉の前を俺たちに譲る。
「行くぞ、エメ」
「はい」
二人で扉のまえに並ぶと、一緒に扉を前に押し、重たい音と共に扉が開くと中へと入る。
そして、扉が閉まった瞬間、部屋の壁に備え付けられたいくつもの鉱石が発光し――
「あれが――」
「ああ、ゴブリンキングだ」
第1階層のフロアボスである、俺たちの3倍は裕にある屈強な体躯を持ち、王冠を被った巨大なゴブリンが姿を現した。
※※※
第1階層フロアボス――ゴブリンキング。
その想像以上の威圧感を前に、エメリーヌは恐怖で身が震えそうになるのを必死に抑えていた。
今までナインと共に、トロールや今回の戦いを想定してホブゴブリンを倒してきた。
その過程の中で、エメリーヌは戦いの恐怖を克服できているという自負があった。
しかし、今目の前にいる魔物は、今まで戦ったどの敵よりも強い殺意を向けてきて。
そんな魔物の発する圧に、足がすくみそうになって仕方がない。
「怖いか、エメ」
「――はい」
認めたくはない、だが本能的な何かが恐怖を直接エメリーヌに訴えかけてくる。
「情けないですわよね……ここまで来て」
互いに間合いをはかっている中、思わずそんな弱音が漏れる。
しかし、ナインはそんなエメリーヌの言葉に首を横に振る。
「お前のその感覚は正しい」
「えっ」
「覚えておけ、これがフロアボスだ」
そう言ったナインの表情は、まるで今まで何度も同じような体験をしてきた歴戦の剣士のそれにエメリーヌには思えて。
自然と、エメリーヌは尋ねる。
「ナインさんも、怖いのですか?」
常に自信に満ち溢れているようなこの少年も、自分と同じような弱さを抱えているのかと。
今度は首を縦に振って、ナインは答える。
「当たり前だ。ここは摩天楼、常に命の危機と隣り合わせなのだからな」
「では、どうして――」
そんなにあなたは常に堂々としておられるのですか?
「――決まっている」
ナインが安心させるような笑みを浮かべながら、エメの瞳をのぞき込み、告げた。
「今の俺は一人ではない。これがすべてだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中にあった冷たい不安が一瞬で温かい勇気に変わる。
そう、ナインの言う通り、今のエメリーヌは一人ではない。
今エメリーヌの前には、自分を圧倒的な技量で賊から救い出し、さらに第22階層のトロールすらも圧倒してしてしまう剣士がいる。
ナインと一緒ならば、絶対に負けない――私たちは強い。
「どうやら、正気に戻ったようだな」
「はい、ナインさんのおかげで大切なことを思い出しましたわ」
「なら行くぞ。向こうもそろそろ限界みたいだ」
目の前に佇むゴブリンの王は、戦闘開始早々に訪れた膠着状態に耐えかねたのか、部屋全体を揺るがす大きな咆哮と共に、巨大な棍棒を振り上げる。
「フロアボスであろうと、手順はホブゴブリンと変わらない」
「私が
「そうだ。行くぞ――っ!」
「はい!」
エメリーヌはすぐにナインに
その間に、ナインは剣を腰の鞘から抜き、ゴブリンキングへと一直線。
対するゴブリンキングは、棍棒を振り上げ、ナインへ向けてそれと叩きつける。
当然、ナインはそれを躱し、棍棒が地面に打ち付けられると同時に、一瞬ゴブリンキングの動きが止まる。
「今だ!」
「
天にかざした錫杖から、すさまじい強さの光が解き放たれる。
そして、そのあまりの眩しさにゴブリンキングは武器を手放し、その場に大きく尻もちをつく。
自分たちよりも大きい敵が見せた絶対的な隙――それをナインが見逃すことなど絶対にない。
ナインは支援魔術で強化された脚力で地を蹴ると、一気にゴブリンキングの頭上に到達。
そのまま剣をゴブリンキングの太い首元目掛けて振り下ろす。そして――
「終わったな」
鮮血と共に、ゴブリンキングの首が地面に落ちた。
第1階層攻略完了の瞬間だった。
※※※
「大丈夫ですかね、あの二人」
ナインたちがフロアボスの部屋に入ってから1分ほど経った頃、二人の挑戦を心配していた強面の衛兵は、何度目かになるかわからない不安を漏らす。
確かに強面の衛兵の言うことは最もだと、老齢の衛兵もわかる。
彼らが20歳そころらの成熟した者たちならば、まだ少数精鋭でも勝利を収めるビジョンは描ける。
だが、ナインたちはまだ成人である15歳になったばかり。
開拓者になる条件が15歳以上であるから、まだ出所してから3日も経っていないはず。
そんな少年と少女が、あの強大なゴブリンキングに勝てるのか。
正直、老齢の衛兵自身、それは定かではない。
「なあ、おやっさん。どうして二人を行かせちまったんだ?」
普段は自分を敬う強面の衛兵が、怒りをにじませた視線を向けてくる。
それに対して、老齢の衛兵は昔を思い出すように遠くを見ながら答えた。
「似ていたんだ」
「似ていた? 何に?」
「彼らの目が、ここにミレーユ一行が挑戦しに来た時のそれと」
老齢の衛兵は、この仕事を始めてすでに10年が経つ。
その間、ずっと彼はこの第1階層のフロアボスに挑む者たちを見てきた。
その中には、当然ミレーユ一行もいた。
今でも老齢の衛兵は忘れられない。
ミレーユ一行が最初に挑戦をしようとした時、老齢の衛兵は強面の衛兵と同じように彼女たちを止めた。
訓練所を出たばかりの三人で挑むのは無謀だと。
だが、彼女たちはそれを拒絶した。
自分たちは強い、そして上に行かなければならないと言って。
そう言った彼女たちの瞳には、今まで見てきた挑戦者たちにはなかった強い意志が宿っているように老齢の衛兵は感じられて、仕方なく彼は道を譲った。
それからフロアボス戦が終わり扉が開いたのは10分後。
7人組のパーティーでも、ゴブリンキングを倒すのには30分以上はかかる。
それより早く戦闘が終わるのは、大抵パーティーが全滅したときだけ。
老齢の衛兵は後悔した、自分のミスのせいで、前途有望な若者をと。
しかし、結果は老齢の衛兵の思ったものとは違った。
彼女たちはフロアボスに勝利し、第2階層へと昇った。
そして、さらに彼女たちは活躍し、今では世界最高峰の開拓者とまで呼ばれるまでに至っている。
それ以来、老齢の衛兵は人数や年齢といった表面的なものではなく、挑戦者の本質を見定めるようになった。
そんな彼だからわかるのだ。
ナインたちは、ミレーユ一行を超える。
老齢の衛兵が見たナインたちの瞳には、ミレーユ一行以上に強い意志の光が感じられたから。
「くっ、胃が痛いぜ」
フロアボス戦が終わるのを待つ間、何度も強面の衛兵がそう漏らす。そして――
「――っ、ほら言わんこっちゃない!」
5分ほどでフロアボス戦の終了を告げるように扉が開く。
すぐに強面の衛兵が部屋に入り、その後ろを老齢の衛兵がゆっくりと続く。
「ど、どうなってんだよ……これ」
「やはり、ワシの思った通りじゃったな」
部屋に男たちが入ると、そこには何もなかった。
フロアボス戦の終了は、挑戦者がポータルで次の階層に移動した場合か挑戦者が敗れたかのどちらか。
つまり、挑戦者の遺体がないということは――
「あいつら、勝ったのかよ……それもこんな短時間でよ」
「本当にすごい奴らが出てきたものよの。ほっほっほ」
フロアボスの部屋の中に、老齢の衛兵のご機嫌な笑い声が響き渡るのだった。
そして、それから開拓者の間に齢15の二人組がたったの5分でゴブリンキングを討伐したという噂が流れるのに、それほど時間はかからなかった。
【異世界豆知識:フロアボスの部屋】
広さは階層によって異なり、ゴブリンキングの場合は半径15メートルのドーム状の洞窟。挑戦者が勝利し次の階層に行くか、敗北し命を落とした場合に扉が開き、一定時間開拓者が無念に散った仲間の遺体を回収する時間が設けられている。また、戦闘終了後は勝ち負け関係なくフロアボスの体は一度魔素になり、約30分後に再生した後に、新たな挑戦者が再戦可能となる。
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