トネリのササガキ

かとりせんこ。

トネリのササガキ

 ササガキは、伯母の舎人だった。

 大王の許へ伯母が嫁いできたのは私がほんの幼い頃だったが、その婚礼行列が大変な賑わいだったのは今もよく覚えている。丘の彼方が陽炎のように揺らめき、高台から目を凝らすと真昼にも関わらず焚かれた篝火が地平線を焦がしていた。人の姿も見極められないほど遠くから歌い騒ぐ声がまるで海嘯のように轟いて、私は父母の間で半ば怯えながらその到着を待った。瞬く間に国中を埋め尽くすばかりの勢いでやってきた、見たこともない服装と面相の人々に、泣き出す子供も多かったように思う。

 大王は父の兄に当たる人物で、私が生まれた頃には既に玉座の上にあった。私はほとんど面識もなかったが、父のために用意された宴の席は大王にほど近く、そのため異装の花嫁の姿がよく見えた。大王とは年が離れていて、母よりも遥かに若い女性だった。豪奢で美しい身なりをしていたので、おそらく婚礼装束なのだと云うことはうっすらと理解した。

 三日三晩続いた婚礼の後、伯母を運んできた行列は来たときと同じように賑やかに、そして速やかに立ち去った。後に残ったのは伯母と、ササガキと、それから巨大な石棺だった。華麗な色彩に彩られた石棺はつまり、まだ年端も行かぬ少女であった伯母が二度とこの地を去ることはないという決意の現れだったと、私は遠い後に知った。

 大王は妃となる伯母のために宮殿と十分な人数の従卒を揃えていたため、伯母の周りに侍るのは全てこちらの国の者ばかりで、その中で唯一彼女の国人だったのがササガキだった。聞くところによればササガキは伯母の異母弟か何かに当たるため、特に選ばれて彼女の従者となったと言われていたが、所詮は根拠のない噂話だった。伯母とササガキは言われてみれば、浅黒い肌に鮮やかな黥面、精悍で彫りの深い面差しがどこか似通っているようにも思われたが、それが彼らの国人全てに共通するものなのか、それとも二人だけのものなのかは遂にわからなかった。ごく稀にやってくる伯母の故郷の国人は、言われてみれば色黒の肌や強靭そうな筋骨はどことなく似ているような気もしたが、伯母やササガキのような肉食の水鳥と相通ずるどこか忌まわしい優美さとは程遠かった。

 伯母もササガキも口数の少ない人物で、たまに口を開いてもほとんど聞き分けられないほど強い訛りがあった。宴などでは伯母も歌を詠んだが、それは変わった節回しで、意味もよくわからなかった。ただ伯母は舞が得意で、特に宵闇の篝火の下で激しく足を踏み鳴らす舞踏は凄絶の一言に尽きた。大抵それはササガキの持つ鼓を供と従えており、普段寡黙な二人がその瞬間だけは饒舌に言葉を交わしているように見えた。きっと言葉の代わりに交わされているのは、懐かしい故郷への思いなのだろうと、月並みに私はそう考えていた。

 伯母は大王にとても可愛がられていて、二人で野辺へ遠乗りへ出ることも少なくなかった。そんなときにササガキは、従者として二人の姿が辛うじて見分けられるかどうかといった場所に控えていた。そんな場所にいて従者としての役割が果たせるのかと私は訝しく思っていたが、あるときササガキは伯母の光る髪飾りを盗もうと舞い降りた猛禽を、少し離れた竹林の中から美事に射落として見せた。大王はとても感嘆し、その不埒な猛禽の羽を用いた矢をササガキへ賜り、並ぶ者のない能射手よと褒めそやした。ただ、大王のどれほどの褒美よりも、ササガキの腕前をさも当然とばかりに眉一つ動かさなかった伯母の方がよく弁えているようだった。

 ササガキはそれほどまでの腕前を持つ割に、それを誇る性質ではなかった。春の野狩りでは、大王や男衆と共に鹿狩りに行くのではなく、必ず女衆の薬草狩りの供をしていた。大王には何度も供を命じられたが頑としてそれを断り、険悪になりかかったところを伯母が間で取り成したらしいという噂は広く知られるところであった。さりとてササガキは伯母の傍に侍るでもなく、やはり姿が見えるかどうかといった辺りでじっとしているのが常だった。

 私は無口で物静かなササガキを面白がって、大抵その傍でじゃれていたが、解くに邪険にするでもなく幼い私を適当にあしらいながら、彼はそれでもいつも伯母のことを見ていた。巌のように黙り込んだまま、ササガキが何を思っていたのか私は遂に知らなかった。

 ササガキはいつも国元の風を残した、少し異様な服装をしていたので、遠目でもよく目立った。そんな彼の姿を見かけて近寄ると、彼の視線の先にはいつも伯母がいた。伯母も闊達な性質で、割合外に出る機会が多かったので、身軽で腕の立つササガキは護衛にも役立つまさにうってつけの舎人だったのだろう。二人はほとんど言葉も交わすことはなかったし、隣り合っていることすらごく稀だったが、ササガキは伯母に矢の届かないほど遠くまで離れることなど、まずありえなかった。

 ところが、あるときからササガキの姿を見かけても、伯母を見つけられないことが増えた。聞けば伯母は大王の子を身篭ったとのことだったが、ほどなくその子が流れてしまい、彼女自身も身体を壊して床に就いているとのことだった。ササガキばかりは表情一つ変えなかったが、侍るべき主のないまま丘をぶらりと逍遥する舎人の姿はどこか物悲しげだった。

 やがて伯母は、少し寝付いた後で呆気なく身罷った。長い葬礼の肇として殯がとり行われることになった。大王の縁者として私も殯宮へ参内したところ、棺の傍らにいつもと同じ様子でササガキが控えているのが御簾越に垣間見えた。大王を始めとして伯母の死を嘆く声が遠近で響いていたが、平然としたササガキの姿に私はなぜか安堵した。

 大王の嘆きを映すかのように殯の期間は長く取られ、その間に冢墓の用意が行われた。伯母が嫁ぐときに持ってきた石棺に見合うよう、彼女の故郷の絵師が招かれ、とりどりの顔料で石室が彩られていた。大王がいずれ葬られるために用意されている陵の隣に、やや小ぢんまりとした、ただこの上なく優美で麗しい冢墓が用意された。伯母の棺は、その中に静かに封入された。

 それからしばらくして私は、ササガキを見なくなったことに気付いた。丘や宮殿の陰に彼の姿を探しながら過ごすうちに、彼が伯母の石室を守るために伴として埋められたと人伝に聞いた。そうした風習は大昔のものだと思っていたので私は驚いたが、考えてみれば、あの二人にとってそれはさほど不思議なことでもないように思われた。

 つまりササガキは、伯母がいずれ自分の死ぬときに備えて連れてきていた殉死者なのだと、私はそのときに理解した。死して尚、恒久に続く絶対の主従関係に結ばれている二人の眠る冢墓が、私にはひどく眩く見えた。

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