第7話 強大な敵
土御門くんが安部清明の生まれ変わりだと知ってから早1ヶ月が経過した。特に変わりがない、と言えば嘘になる。霊門が今まで以上に開くことにより妖の活動が活発化していた。十二天将の一角の封印が解け、霊門がそれに感化されたことによるものではないかと倉橋さんは予想していた。大結界の修繕もまだなので油断はできない状況だ。
不幸中の幸いか、出てくる妖は4級や3級ばかりで、少しずつ力のある妖が増えているとはいえ人数不足や力不足には陥っていない。だが任務が増えたことにより一人の負担が大きくなり体を壊したり、問題ない任務でも怪我をする陰陽師も増えて来たのも現実で。
私と真翔くんも疲労が溜まって来たのかかすり傷が多くなってきて。いつの間にか真翔くんと二人で組み、階級が上の任務をこなすことになっていて。いつかの日に2級の任務をこなした時は、流石に命の危機を感じた。
「最近忙しいな……」
「休み全然ないね。疲れは取れてる?」
「なんとか。桜香は?」
「少しずつだけどね。でも蓄積される分の方が多くて中々上手く行ってないの」
「俺もそう。2級の時本気で危機を感じてそっからは修行もしながらだからどうにもなぁ」
休憩室でばったり出会った真翔くんと近況報告を交わす。2級の任務以降二人で任務に出ることはなく、個人での任務が主となっていたので会うことがなかった。久々に見た真翔くんはあの時の傷は治っているが増えている傷の方が多く、やつれていて。心配してしまうけど彼も私のことを見てそう思っているのでお互い様だ。
「蘆屋さんは倉橋さんは家からの呼び出しも増えてるらしいけど、真翔くんはそうじゃないの?」
「土御門は今北星がいるからな。俺には低い階級の任務しか流れて来なくてあまり変わりない」
「そっか……」
「土御門は今万々歳状態だよ。何せ才ある者が出たからな」
あれから土御門くんは一挙一動すら噂されるようになって。遠い私の耳にも入って来るほど。
土御門家は土御門くんを持ち上げ、周りからはすでに次期当主に決定されているという声も少なくはない。月並家からも同級生ということで私に探りを入れられた。封印解除の同行、そして陰陽頭の部屋から一緒に出て来た所を目撃されていたらしくて。家はまだしも周りからも彼のことや、才について触れてくる声は後を絶たなかった。
だがそれは同い年で、同じ土御門本家の真翔くんもそうで。実際数だけでいえば彼の方が多いだろう。等級もまだ4級と下で、雰囲気も加味して話しかけやすいだろう。そして若いので探りやすい。色々な面で狙われているようで大変だと悩みを零していた。
だが彼は若くても土御門の陰陽師。のらりくらりと躱すのは上手くて、土御門くんのことに関して何も流れていないことから上手く躱せているのだろう。そういう教育を受けて来なかった私からすれば羨ましいもので、教えてほしいと懇願すれば笑われてしまった。
今だってこうやて気軽に話せているのは聴力障壁の結界が籠った札を土御門くんから貰っているからだ。真翔くんを積もる話もあるから、と渡してくれたそれは役に立っていて。不特定多数が多く立ち寄るここでそんな話をできるもの話の原因の彼だということは、なんとも皮肉なものだ。
「もうけじめつけるしかないな。俺も頑張るか」
「……何の?」
「さて、俺次の任務の時間だし行くわ! じゃ」
「気を付けてね」
話を逸らされ、任務の時間だと立ち去る真翔くん。その横顔は真剣そのもので、何かを抱えていることはすぐに分かった。だが躱されたことにより私では何もできないのだろう。深入りしないことに決めた。
そして私も彼と同様次の任務まであまり時間は残されていないので残っているご飯をさっと食べ部署へ戻った。
部署に戻ると任務内容の確認して、移動式神に乗るため部署を後にする。すれ違った時に挨拶をした同僚の目の下は濃すぎるほどの隈が居座っていたが大丈夫だろうか? それに交わした笑みはひきつっているように感じて。美しい花でも帰りに摘んでこよう。
今日の任務地は西都の更に西、大結界に近い場所。ここまで外れに行くことは中々なかったから周りを物珍しく見るのは仕方ないと思ってほしい。森林だらけのここは十二天将の一角、
そんな場所だけどただ1点だけは違うかった。霊門のある場所。そこにはこの空気には似つかない瘴気が漂っていた。今回の任務内容は瘴気を祓い、霊門を閉じること。瘴気は濃く時間がかかるものなので、本来なら3級任務だが少しずつ人手が不足しつつあるこの状況では4級である私に回って来た。
洞窟もなく、剥き出しの霊門は上から見ればすぐに発見できて。近くに降り立ち先に霊門を閉じるtまえ動作に移ろうとしたその時。霊脈が激しく乱れた。
妖が、こちらへ出てくる。
この乱れ方は尋常でない。4級はおろか、3級以上の妖が出てくる。急いで閉じねば間に合わない。
「安部清明よ。霊門を閉じ、我らの平和を取り戻すことを、お願い……」
早口にはなりつつも唱えている途中で霊門より強い風が吹き、体が宙に舞う。地面に叩きつけられる前に咄嗟に受け身を取るが衝撃はあまり緩和できず、狩衣が擦れて地肌が剥き出しなのだろうか。流血している感覚がした。だが流暢に考えている時間はない。
霊門より出てきている大きな手、肌に突き刺さる妖気。3級どころか、これは2級以上だ。私じゃ到底対処できそうにない。今すぐ対処しなければいけないのに、体が動かせない。
「久々こっちに出てくりゃ、目の前にヒトが転がってんじゃん。しかも陰陽師。ついてんなぁ」
流暢に喋りだすそれ。人に近い造形だが頭には大きな赤い角が2本あり、人とは違う。〝鬼〟だ。
妖は鬼であるだけで最低でも2級の等級がつけられる。私の予想は当たっていた。しかも2級どころか1級案件だろう。完全にこちらに姿を現した妖の妖気は今までとは桁が違う。
本能が私はここで負け、死ぬと警報を告げている。
私は陰陽師だ。人々を守り、平和を導くためここにいる。いくら相手が強くても投げ出し、逃げるわけには、最初から負けると決まっていても戦わないわけにはいかない。何もせず、死ぬわけにはいかないんだ。
私は鬼と自分の間に一線を引くように宙を割く。そして九字を発動させるため唱えた。
「〝臨〟《りん》」
九字は基本護身術として使われる。そのため卒業試験以降使う者は数少ない。だけどこうやって格上相手と戦う時のため、用心のために修行をし学ぶものには花開く。そんな術がこの九字だ。
鬼が攻撃に移るまでの時間は少ない。印は複雑で全て覚えているものの咄嗟に2つしか結ぶことができなくて。これじゃ効力は半減どころか大した結界にもならない。だけど今の私にはこれが精一杯で。震える手は収まらないし、恐怖で動くことができない。本当なら閉門のための呪文を唱え、扉を閉める一歩手前まで済ませておかねばいけない。人里が近くにある以上、二次被害は避けられない。これ以上妖が出てくるのも困るが、ここで逃げられるのが一番困る。
だが鬼は霊力を好むと文献を見たことがあるので、霊力の少ない人里よりも陰陽師である私を好むはずだ。私に釘付けになっているし伝達式神を陰陽寮へ放ったことにも気づいていない。
まだ、まだ私にはできることがあるはずだ。息をしろ、酸素を回せ。頭を正常に働かせろ。
余裕がないのに鬼には釘付けで。その口から出る言葉に私は動揺した。
「お前__だろ」
「え?」
何かを言っているのは聞こえる。なのに一部分だけ耳が拒否しているかのように聞き取ることができない。口元も動いているのに何を言っているか読めない。私に聞かれたら都合が悪い、と本能が悲鳴をあげているかのように感じた。
少しすると割れるように頭が痛くなり、九字を結びなおす余裕もなく地面に伏せてしまう。痛い、痛い。殴られた時よりも蹴られた時よりも、怪我とは比べ物にならないほど痛む。
「聞こえねえのか。なら仕方ないな。もう時間もねぇし」
余裕のない私ですら感じられる強い霊力。土御門くんだろう。もしかすると太陰が近いので異変を察知して伝達式神を放つ前にこちらへ向かってきたのかもしれない。最初から恐怖で動けなかったけど今は別の意味で動くことのできない私ではどうすることもできないので土御門くんが来てくれると安心だ。鬼も土御門くんを察知したのか、霊門へと戻るため足を進める。
「待、て!」
「俺の名は
そう言い、霊門の先へ跡形もなく消えて行った。強い妖気だけを残して。
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