第7話 とっておきの部屋の正体は……

 家の中を探索している間、驚きっぱなしだったと思う。


 裕福な家ほど物がすくないという偏見は正しかった。置かれている物は、どれもこだわりつくされている。


 名前はわからないが、高そうな絵画や美術品があり、格の違いを見せられた気分だ。


「びびりすぎないでいいよ」

「頭ではわかってる。リアクションを止められないんだ」

「慣れてくるのを気長に待とうかな」


 巡っていく中で、使用人らしき人物に遭遇した。


 設定上、知っていたことではあるが、実際の執事やメイドを見るのは初めてのことだ。いい経験だ。


「そろそろ私の部屋たちを紹介しようかな」

「ひと部屋だけじゃないのか」

「この広さだもん。あまり両親は帰ってこないから」


 実質、この屋敷は瑠璃子さんに貸し切られているようなものだ。


 俺も両親が共働きのため、夜遅くから早朝にかけて以外は、自由に過ごせる。恋愛作品の主人公っぽい状況だ。


「だから、『とっておきの部屋』もじっくり見せられそうかな」


 一階の散策は程ほどに、二階へと移ることになった。


 階段は使わず、備え付けのエレベーターで上がる。


 またしても感嘆の言葉が漏れそうになる。そこをぐっと堪えた。驚きの安売りを控えたかった。


「一階のメインはゲストルーム。二階はそれぞれの自室とかになるかな」


 案内されたのは、瑠璃子がよく使う部屋だ。


 音楽を演奏するための部屋。黒光りするピアノが鎮座している。ドラムにバイオリン、スタジオを想わせる環境だ。


「ここで『月光』を弾くと、感傷に浸れて最高なの」


 ドアを閉め切ると、瑠璃子さんは演奏を始めた。


 ピアノ、選曲、環境、技量。すべてがマッチしている。


 俺は音楽に疎い方だ。それでも、曲の中に取り込まれそうな迫力は感じられた。


「お見事」


 瑠璃子さんが指を離したところで、拍手を送った。


「ありがとう。小さい頃からやってるっていうのもあるし、この曲自体好きだしね」

「瑠璃子さんにぴったりの、透き通った曲だ」

「褒めてもなにか出ないよ? 今回は出るんだけど」

「出るんだ」

「とっておきがあるって話したでしょう?」


 メインディッシュは残っているのだ。ここを乗り越えなければいけない。


 ヤンデレはグラデーションなのだ。一見大丈夫だと思っても、アウトなラインと紙一重ということがある。


「いまからそこに連れていってあげる」


 ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。喉の渇きを強く感じる。


 瑠璃子さんの足取りは軽くなっていた。鼻歌まで歌っている。テンションが上がっている。


 それほどまでに、瑠璃子さんにとっては愉快なことなのだ。


「この部屋なんだけど」


 扉が閉ざされた部屋。ここに至るまで、長い廊下を渡った。明かりが減り、湿気は増していた。


 空気が変わった。間違いなく、ぴりついている。


 人の強い念を押し込めたような圧迫感で迫ってくる。扉は閉ざされていても、違和感までは隠せていない。


「開けるね」

「あ、ああ」


 間抜けな返事しかできなかった。それほどまでに扉の向こう側を意識していた。


 ――ガチャリ。


 開く。中が見える。


 暗い。が、物が極端にすくない、とわかる。


 窓のひとつもなさそうだ。じめっとしており、環境はあまりよくない。換気が行き届いていないのだろう。


「点けるね」


 光。


 見えたのは、四方を埋め尽くす文字と写真の集合だった。


 部屋の壁は、全面ホワイトボードだ。刑事ドラマの説明シーンを想起させる。留められた写真同士が、記号で結ばれている。


 留められているのは、闇病学園の生徒のもの。プロファイリングでもおこなっているかのようだ。


 ――やはり、ダメだったか。


 原作とほとんど相違はない。


「これは」

「私の研究成果」

「クラスメイトを調べ上げるっていう?」

「うん。人を知ることは大事だもん」


 人を知る大切さはわかる。が、こんな部屋をクラスメイトである俺に見せること自体、ふつうじゃない。


「特に一誠くんのは、気合い入れちゃったんだ」


 扉側の壁を見て、と瑠璃子さんに指示された。


 一面が、ぎっしりと埋まっていた。


 俺の写真を中心に、さまざまな情報が書かれている。


 性格、趣味、癖、好きなもの・こと。日々の行動、交友関係、家族関係、体調の良し悪しまで……。


 微に入り細に入り、情報が集結している。


 自分で書いたかのような正確さだ。俺よりも、俺のことを知っているんじゃないか?


 本来、主人公が「とっておき」を体感するはずだった。


 モブであると信じたかったさ。しかし、主人公と役割が入れ替わっているのは明白。


「これを見せて、俺になにを求めるんだ?」

「なんだろう……すくなくとも、失望じゃない。分析の結果、君はに実は抵抗がないんじゃないかと踏んだ」


 ヤンデレが嫌じゃない? そう解釈したのか。


 それもそうだ。この世界の俺は、まだ痛い目に遭っていないのだから。


 前世では、皐月というヤンデレ・サイコガールにに惹かれた。瑠璃子の発言は否定できない。


「一誠くんは、これまでも、風邪明けも同様に、私に惚れてる」

「いや、そんなことは。《《誠心誠意》、俺は瑠璃子さんを――」

「その口ぶり、嘘。一誠くんは、過去十回近く、誠心誠意という言葉を使ってて、そのすべてが嘘を発するときの合図」

「なっ」


 鋭い洞察だ。皐月、いやそれ以上かもしれない。


 前世でその言葉を口にしたのは、もっと数が多い。


 頭が切れるのは皐月と同様だが、瑠璃子さんは皐月ではない。属性が似ているという話だ。


「狼狽えても無駄だよ? 私を恐れても無駄。身の安全を図ろうとしても無駄」


 原作なら、ここから一度は逃げ出せる。原作ルートは今後が暗いだけであって、いまはどうにかできる。


 そのはずだ。


「まさか、逃げようとしてる?」


 咄嗟に動こうとしたところで、声をかけられた。


「だめだよ、ゆっくりお話がしたいな」


 制服の胸ポケットから取り出したのは、スイッチだ。


 瑠璃子さんがスイッチを押すと、カチャ、と無機質な施錠音がした。


「ここは窓も換気扇もない。そして、一度このスイッチを押すと、十分間は絶対に解除できない仕様」

「おいおいおいおいおい」


 聞いていない。こんな展開はあるはずがない。


「完全な密室の完成です」

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